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咲夜の家出

 百枝咲夜は目を覚ました。目を開けても視界の暗さは変わらない。本当に暗闇の中にいるのかと思ったが、徐々に記憶が頭に入ってきた。


 母親に、咲夜の名前が新聞の掲載されているのを知られて、さらに咲夜の殺人についてもバレてしまった。

 散々叱られた後に殺人をしてきた理由を尋ねられ、いてもたってもいられなくなって二階の自室へ駆け込み、ベッドにダイブしたのだった。


 ____きっとそのまま寝入ってしまったのだろう。


 枕元を手探りで確かめ、リモコンのスイッチを押して部屋の明かりをつける。不意に目の前が明るくなって目が眩み、咲夜はしょぼしょぼと瞬きをする。


 時間が経っても重く沈んだ気持ちは変わらなかった。


 咲夜はゆっくりと体を起こし、紺色の布団を意味もなく見つめる。


 じっとしていてもつまらないと思い、髪の毛をくしゃくしゃといじってベッドから出た。


 今頃警察が家に来ているだろうか。だがそれにしては一階が静かすぎる。


 母親が一人でいる時と何も変わらないほど静まり返っているのだ。


 罠かもしれない___。


 とっさにそんな考えが頭をよぎったが、まさかないだろうと取り消す。


 目覚まし時計で時間を確認すると、十八時二十分と表示されていた。

 いつもなら母親の作る夕食が出来上がる時間だ。

 だが今日はそんな料理の音さえも聞こえない。


 当然のことだ。


 あんな記事___実の子供が人殺しだったという事実___を見た後で、何事もなかったかのように日常に戻ることなど出来るわけがない。


 きっと母親も考えているのだろう。


 なぜ咲夜が殺人を犯すような真似をしたのか。

 その経緯について。

 もしかして自分に非があったからでは……?


 などなど色々と考えを巡らせているはずだ。


 だとしたらまだ警察は呼んでいないのだろうか。母親の気持ちの整理がまだだったら、警察を呼ぶという選択肢の方にすんなり頭も動かないかもしれない。


 これはラッキーかもしれない、と咲夜は思った。


 母親が警察に通報していないのなら、咲夜だけがどこかに行けば母親が迷惑を被ることもない。


 咲夜がこの家を出ていけば全ては丸く収まる。

 家出の途中で警察に補導されればおしまいだが、それがなければ一切母親に迷惑をかけることなく警察に捕まることができる。


 だが、一つ問題点があった。それは咲夜が未成年であるということだった。


 未成年ならば警察に補導されても捕まっても、結局保護者が後で呼ばれる。


 そう、最終的には母親に迷惑をかけてしまうことになるのだ。

 それでは家出しても意味がない。何とかして母親に迷惑がかからないように、母親がこの件に一切関与しないようにしなければならない。


 果たして可能だろうか。理論上は上手くいける。だが実際は違う。


 仮に咲夜が家出したとしても、真っ先に母親が気付いて探し歩くかもしれない。

 彼女が一人で無理だと思えば当然警察に行く。そして警察も含めた大人数で大捜索が行われるだろう。


 警察が相手なら流石に咲夜も巻ききれない。

 いずれ見つかって母親にこっぴどく叱られる運命が待っているのだ。


 予想は簡単だ。


 それをどう切り抜けるかが問題だった。


 だが咲夜は特別頭が賢いわけでもないごく普通の中学生だ。

 家出して隠れていても、警察や母親ではない第三者に見つかった場合の対処法をすぐに思いつくことができるだろうか。


 おそらく思いつかない。

 その場で思いついた適当な理由を並べて怪しまれ、その人に警察へ連れて行かれる可能性もゼロではないのだ。

 相当頭がキレないと逃げ続けることは不可能だ。


 咲夜はそう考えつつ長い廊下をゆっくり歩き、階段の近くまで足を進める。


 出て行くなら今しかない。母親はきっとテレビかスマホに夢中で咲夜には気付かないはずだ。


 いつもそうだった。

 母親はそういう(たち)で、熱中していると周りのことが視界に入らなくなるのだ。


 母親も咲夜と同様に暗い気持ちだとは言え、テレビかスマホは触っているはずだ。


 それにリビングのドアは閉まっている。季節は冬に近づいていて、室内にいても少し凍えるほど寒くなってきた。


 寒さに弱い母親は、すぐに部屋を閉め切って暖房をつけるだろう。足音さえ気を付ければ家出は楽勝だ。


 咲夜は意を決して、ゆっくり音を立てずに階段を一歩一歩下りていく。


 そして曲がり角に差し掛かったところで、柱の陰からゆっくり下を覗く。

 案の定リビングのドアは閉められていて、ドアの窓から電気の明かりの帯が真っ暗な廊下に伸びていた。


 これなら家出できる。


 咲夜はいよいよ胸をドキドキさせながら階段を下り切った。


 そして歩く時も足音を立てずにゆっくり歩き、靴も音を立てることなく履き、玄関のドアを静かに開ける。


 少しだけガチャっと音がしてしまってビクッと肩を震わせる。ひょっとしたら聞こえてしまったかもしれないと思ったのだ。


 ゆっくり後ろを振り返ってしばらくドアノブに触れたままの体勢でいたが、母親は現れない。


 気付かなかったのだ。


 咲夜は小さくガッツポーズをして、そのままドアを開けた。


 小さな音を立てつつドアが開き、外からの冷たい風が髪の毛をかき乱す。


 風の音が予想以上に強かったため、すぐに家を出てまたゆっくりドアを閉めた。ドアが閉まるときに少しだけ音を立ててしまったがおそらく問題はない。


 だが強く冷たい風が吹き付け、思わず身震いする。


「寒い……。上着くらい持っていけばよかったな」


 さっき自分で閉めたドアを見つめて後悔するがもう遅い。

 再びドアを開けて見つからないように上着だけ取れば済む話だが、どうしてももう一度危険を侵す勇気が出なかった。

 家に入った時に、万が一にも母親に見つかってしまったら、と考えるとなかなか実行に移せない。


「まぁいいか」


 仕方ないので、上着は諦めることにした。


 こうなると、凍死しないためにも外で野宿をするのではなく、誰かの家に泊めてもらう必要がある。

 だが不運なことに、咲夜には誰一人として頼れる友達がいなかった。


 普通の中学生なら、こういう時でも友達の家に駆け込めば一件落着なのだが、咲夜にはそれができない。


「どうしよう……」


 咲夜は必死に考えた。考えて考えて、そしてある人物の顔が思い浮かんだ。


「そうだ! お兄ちゃんに頼もう!」

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