白黒の名前
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「これって……」
思わず呟きが声に出てしまった花奈。
大雅がそれに気づき、畳に上がってくるいやいなや、目にも止まらぬスピードで花奈の手の中の新聞記事を奪った。
「……あ、ごめん」
反射的に花奈は謝ったが、大雅の険しい表情は変わらない。眉を潜めるその頰には汗の滴が流れていた。
「見た、よね」
尋ねられて花奈は少し迷ったが、コクリと短く頷いた。その後おそるおそる大雅を見上げる。
大雅は悔しそうに歯を噛み締めて自分も記事を見つめた。その記事には『陰陽寺大雅に次ぐデストロイヤー!? 百枝咲夜!』と書かれた大きな見出しが掲載されていた。
「デストロイヤーってなに? それに咲夜って私の弟の名前なんだけど……」
頭で状況を整理できないまま花奈は大雅に尋ねた。デストロイヤーはともかくとして咲夜のことがなぜ世間に知られたのかわからなかった。あのことは母親にも内緒にしていたし、姉弟だけの秘密にしていたはずだった。
それがどうして世間に公表されてしまったのか。
「とりあえず、今は授業受けに行こう。話は放課後だ」
大雅が何かを決意したように真っ直ぐ花奈を見つめて言った。いつにない大雅の鋭い視線に圧倒されそうになるがそこをぐっと踏ん張って花奈は頷く。
それから授業を受けたがどの授業も耳に入らなかった。花奈の頭の中はずっと今朝のことでいっぱいだった。
先生に当てられてもすぐに答えられなかったり、音読しなければいけないところでボーッとしていたりと今日の花奈の授業態度は最悪なものだった。
どれだけ振り払っても何かの拍子に今朝の出来事が浮かんでくる。それでも何とか集中しようと必死に努めた。大丈夫、大丈夫と自分に言い聞かせながら。
そしてようやく授業が終わった。花奈が教室を出たところで大雅が待ってくれていた。
2人でアイコンタクトを交わした後そのまま部屋に戻り、荷物も片付けずに向かい合って畳に座る。
ピンと張り詰めた空気感が花奈の緊張をさらに高めた。ゴクリと唾を飲み込み何を言われても大丈夫なように決意を固める。
「今朝のことだけど」
しばらく畳を見つめてじっとしていた大雅がようやく話を切り出した。
「うん」
と相槌を打つ花奈に大雅は
「どこまで見たの?」
と尋ねた。花奈は改めて今朝のことを思い出した。あの時は大雅のカバンからはみ出ていた新聞記事を何気なく見てそれから……。
「見たのは見出し。大雅くんがデストロイヤーだっていうのと私の弟の名前」
花奈の言葉に大雅が親指と人差し指を顎に当てながら
「それだけ?」
「うん」
「そっか」
花奈が頷くと大雅は納得したようにふむふむと何度も頷き、そして花奈から目を伏せて考え込んだ。
そんな大雅を見つめながらきっと全部知っているんだと花奈は察した。でも花奈にとって都合が悪いことがあって今まで内緒にしてくれていたに違いない。咲夜の名前が公に晒されたのがその一つだ。
「いいよ」
花奈がそう言うと大雅は顔を上げて考えこむポーズを崩さないまま花奈を見た。
「何言われてもしょうがないって思ってる。咲夜に関しては」
花奈は静かにそう言った。大雅はしばらく黙ったまま花奈を見つめると、その重い口を開いた。
「じゃあ君はどこまで知ってる? それによって僕の話すことも違ってくるんだ」
「私が知ってるのは、咲夜が殺人を犯してたことだけだよ。警察が来た時に私が身代わりになったの」
「それだけか。わかった」
大雅はそう頷いて続けた。
「じゃあここからは情報交換と行こう。君が知ってることを教えてほしい。僕が知ってることも全部話すから」
大雅の言葉に花奈は頷き
「咲夜はもともといじめにあってたの」
「いじめ?」
「うん。あまり周りと関わるのが得意じゃない子だったからそれで。あと、死のうと思ったって言ってた」
花奈は話しながらあの時の自分の弟の姿を思い出していた。
最初はそのいじめっ子に唆されて言っているだけかと思っていたが、自分が体験した事のように話す咲夜を見て花奈は本当にこの子がやったんだと確信した。そして咲夜が殺しをやっていた理由も本人の口から直接聞いていた。
「自分が死を決意した時に『他にも自分と同じ思いをしていて、でもなかなか勇気が出ない人がいるはずだ』って思い立ったからだって言ってた」
「なるほど。じゃあ何で君は弟を庇って自分が捕まったの?」
大雅に尋ねられて花奈は考えた。花奈が咲夜を庇った理由。それは言うまでもなく『咲夜のため』だった。
犯した罪が重過ぎるとは言え咲夜はまだこれからの中学生。絶望から始めた事でその人生を無駄にしてほしくないと思った。
咲夜が罰を受けるくらいならもう少しで大人になる花奈が罰を受けた方がいいと考えたのだ。それから偽装も怠らなかった。咲夜が使っていたというナイフを力一杯握りしめて花奈の指紋を上づけし、あたかも花奈が犯行に及んだかのように見せかけた。
偽装は大成功し、警察も押収した_____花奈の指紋がついた_____ナイフを証拠品として家庭裁判所に提出。見事に花奈は少年院に送検されたのだった。
「咲夜の、弟のため」
「やっぱりね」
花奈の答えに大雅は納得。花奈はなぜ大雅が納得しているのかわからなかった。
「何で『やっぱり』なの?」
「基本は庇った相手のためだけど、違う場合もあると思って聞いてみただけだよ」
大雅はそこで面白かったのか少し口角を上げた。悪戯そうな笑みが浮かんだ。
「ねぇ、何で咲夜のことがバレてるの? 警察でも咲夜が犯人だって見抜けなかったのに」
花奈が尋ねると大雅は
「誰かが調べ尽くしたからに決まってるじゃん。今時警察よりも一般人の方がすごい情報網とか持ってるんだから」
当然だろと呆れながら言った。
「そ、そうなんだ」
「偽装工作は難しいよ。そう簡単に出来るものじゃないからね」
しょんぼりうなだれている花奈にそう言う大雅。
「どうしよう。咲夜捕まっちゃうかな」
花奈が心配そうに尋ねると
「そのうちね。前に警察が家に来たことあるなら尚更早いよ」
大雅は言い放った。
「そんな……」
ついに恐れていたことが起こってしまい、花奈は手で顔を覆って泣き崩れた。花奈の偽装工作があまかったせいで本物の犯人が咲夜だとわかってしまった。
後悔で胸が張り裂けそうだった。
「弟くんに関して僕が言えるのはそれくらい。君が聞きたいのは『デストロイヤーって何か』だよね?」
大雅に尋ねられて花奈は畳に涙の染みを作りながらようやく頷いた。
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