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破壊者への疑い

 早絵さえが刺されてからというもの、大雅たいがは学校に来なくなった。

 朝礼の時に呼ばれる欠席者の名が大雅だけ、という日々が当たり前のように過ぎていった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


(絶対、早絵を刺したから私たちに合わせる顔がないんだ……)


 あかねは大雅の席を見つめながらそう思った。

 あの日、早絵が倒れていたのは紛れもなく大雅の家だった。

 当然早絵は家にも帰っていないはずだが、茜は念のため早絵の家に電話をかけてみた。

 予想通り早絵は帰ってきていなかったという答えが、早絵の母親から返ってきた。

 早絵の母親はまだ早絵が刺されたことを受け止めきれず、早絵の名前が出ると嗚咽交じりに泣いてしまっていた。

 茜は辛い思いをさせてしまったと母親に謝罪して電話を切った。それが昨夜の出来事だった。


陰陽寺おんみょうじに会って聞いた方が早いよね)


 そう思った茜は、放課後になると職員室に直行し、月影先生に大雅の住所を尋ねた。

 先生は早絵と茜を重ねたのだろう、最初は住所を教えるのをどことなく拒んでいた。

 だが、早絵の仇を討ちたいという茜の強い意志に負けて、なぜ茜が大雅の住所を知りたがっているのか不思議がりながらも茜に住所を教えてくれた。

 茜はお礼を言って学校を出て大雅の家に向かった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


「なぁ、悠希ゆうき。茜、何かちょっと今日変だったけど何か知ってるか?」


 その頃教室で茜が足早に出て行ったのを不思議に思っていた龍斗りゅうとが悠希に尋ねていた。


「何でだろうな。俺も分からない」


「やっぱりそうか。早絵のことで参ってんのかな」


 龍斗は椅子にもたれながら、頭の後ろに両手を回した。


「一番はそれが原因だろうな」


「声かけた方が良かったかな。でもさ、さっさと行っちまったから声かける暇もなくてさ」


「別に良いんじゃないか? 今は多分気持ちの整理とかで忙しいだろうし」


 そう言って、悠希は軽く微笑んだ。


「そうだな」


 悠希の言葉に、龍斗も頷いて笑った。


 龍斗と話しながら悠希は昨日の茜からの返信を思い出していた。


(学校行く気になれないって来た時はびっくりしたけど、とりあえず今日は来れてたし一安心だな)


 それに茜は自分に心の余裕がなくてつい悠希たちに強く当たってしまったことを謝ってくれた。

 悠希自身、茜から強く当たられた気はしていなかったが、茜がそう思って謝ってくれたのは素直に嬉しかった。


「まぁ、俺たちがあいつのフォローしてやらないとな」


 龍斗が制カバンを肩に背負いながら言った。

 それを見て悠希も立ち上がり帰る準備をしたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 二人で帰りながら、ふと悠希は少し気がかりだったことを龍斗に尋ねた。


「そういえばお前は大丈夫なのか? 龍斗」


「ん? 何がだ?」


 ついさっき寄った自動販売機で買った炭酸ジュースを飲みながら龍斗が聞き返す。


「いや、お前は大丈夫なのかなって思って。……その、早絵のこと」


 早絵の名前を出してから、悠希はちらりと龍斗の様子を窺った。

 龍斗は少し考え込むように天を仰ぐと、


「あー俺? 大丈夫に決まってんだろ。確かに早絵があんな目に遭ったのは許せねぇけど」


「そうか……。なら良いんだ」


「それにさ、少なくとも茜の前では元気にしてねぇと、余計あいつの気持ちが沈むだろ?」


 炭酸ジュースの缶を見つめて、龍斗は静かに言った。


「うん……そうだな」


「そう言う悠希はどうなんだよ」


 龍斗が少しからかうように言った。

 悠希は少し考えて答えた。


「俺もお前と一緒だ」


「マジか。お前のことだから一人で背負いこんだりして内心超参ってるかと思ってたけどな」


 龍斗が歯を見せながらそう言うと、


「お前な……」


 悠希はそう言ってからかってくる龍斗に腹を立てながらも、本当にいつも通りの龍斗の様子に安堵していた。


 ※※※※※※※※※※※※※※


『少なくとも茜の前では元気にしてねぇと、余計あいつの気持ちが沈むだろ?』


 悠希は自分の部屋で、龍斗のあの言葉を思い出していた。


「あいつも結構やるじゃねぇか」


 龍斗の優しさを嬉しく思い思わず微笑んだ。

 幼い頃の龍斗といえば、自分の思い通りに事が進まないと暴れまわって地団駄を踏んで駄々をこねて、しょっちゅう周りの大人を困らせていた。

 性格も今以上に横暴でいわゆるガキ大将のような存在意義を、幼稚園内では常に維持していた。

 一方、悠希の方はおとなしい性格で、争いごとが嫌いだった。

 例えば龍斗が誰かと喧嘩をしていても割って入ることなど到底出来ず、遠くでそれを眺めているだけだった。

 幼稚園児の頃の悠希はそんな少し横暴でガキ大将で、でも自分の意思をしっかりと持っていてそれを貫き通そうとする、そんな龍斗に少なからず憧れを抱いていた。


 そんな龍斗だったが今では他人の気持ちを考えて自分の気持ちは考えずに振舞うことのできる気遣いが出来る青年になっていた。

 幼い頃からずっと側で龍斗を見てきた悠希にとってとても喜ばしいことだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 その頃、茜は大雅の自宅の前に来ていた。

 自分の目の前にそびえ立つ家を見上げて、何となく大雅の家を分析をしてみることにした。

 決して豪邸ではないものの造りはしっかりとしている。

 これまでの授業参観などで親の姿を見たことは一度もないが、特別貧乏な雰囲気も感じ取れない、ごく普通の家だった。


 ここに陰陽寺がいる。早絵を刺した本人が。


 茜は深呼吸をしてインターホンを押した。

 呼び出し音が数回鳴っている。


(緊張してうまく言えなかったらどうしよう)


 そんな考えが頭をよぎり、茜は慌ててその考えを消すように頭を振る。


(大丈夫、ちょっと会って話すだけだもん。本当に陰陽寺が早絵を刺したのか聞くだけだもん。何も怖くないよ)


 不意に呼び出し音が途切れ、大雅の声が聞こえた。


「はい」


 茜はドキッとした。

 だが早絵のためだと腹をくくって出来るだけ明るく接することを心がける。


「急にごめんね。岸です。同じクラス、早絵の友達の」


 しばらく沈黙が流れた。

 早絵の名前を出したらまずかっただろうか。

 もしかすると襲ってくるかもしれない。

 茜は恐怖で体が震えるのを感じた。


 大丈夫だと、一生懸命に自分に言い聞かせる。

 心を落ち着かせるべく、茜はもう一度深呼吸をした。


「何か用」


 再びインターホンから大雅の声が聞こえた。

 茜は少し声が震えながらも言った。


「ちょっと早絵のことで聞きたい事があって……。今、話せるかな」


「……良いよ」


 少し間があったが、大雅は承諾した。いよいよここからが本番だ。

 茜はもう一度深呼吸をする。ドアが開いて大雅が顔を出した。


「家、入る?」


「良い、かな?」


「良いよ」


 茜は意を決して大雅の家の中に足を踏み入れた。

 早絵のために何としても犯人を捕まえなければ……!

 焦る気持ちを抑えて茜は自分の先を歩く大雅の背中を見つめていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※


(俺もあいつらを悲しませないように振る舞わないとな)


 悠希は満天の星空を眺めながらそう思っていた。

 だがそれと同時に大雅のことも気になった。

 早絵が刺されてから今まで一行に姿を見せない。

 もしかしたら茜が推測していたように、本当に犯人が大雅なのか。


「でも待てよ。あいつには早絵を刺す動機がないはずだ。早絵だけはあいつに優しく接していたし、むしろ距離を置いていたのは俺たちの方だ。仮に犯人が陰陽寺だとして、俺たちのうちの誰かが恨まれて刺されるのはわかる気もするが、何で早絵なんだ?」


 出来れば大雅のことは疑いたくなかった。

 距離を置いていたとはいえせっかく転校してきて同じクラスになった仲間だ。


「でも他に誰だ? 早絵を刺す動機がある人間って」


 悠希には心当たりがなかった。

 もしかすると大雅を気にかける早絵をよく思っていなかったクラスメイトの誰かによる犯行だったのだろうか。


「それで陰陽寺に罪をなすりつけるために家に侵入して早絵を置いて自分は逃走した……」


 だがその日、大雅は学校を休んでいた。

 だからよほどの用事がなければ家にいたはずだ。

 仮に出かけていたとしてもドアには必ず鍵をかける。

 特に知識もないであろう高校生が鍵のかかった家に侵入するのはきわめて不可能に近い。

 それに早絵を移動させるのにも困難が生じる。

 早絵を刺した時間帯は分からないが、どの時間帯に移動させても必ず近隣住民に目撃されるか、大雅本人に怪しまれるかだ。

 親に手伝ってもらったという犯行も考えられないこともないが、まずそんなことに手を貸す大人なんていないはず。

 そうなると外部犯による犯行に可能性は低い。


「だったらやっぱり陰陽寺か……」


 悠希は再び大雅に焦点を当ててみることにした。

 もし大雅が早絵を刺したのなら全て簡単につじつまが合う。

 あの日宿題やプリントなどを家まで届けに来た早絵を言いくるめて家に上がらせ、気づかれないように背後から包丁を突き刺す。その後は包丁を現場から隠し、自分もどこかに身をひそめる。

 犯行はいたって簡単だ。でも大雅には動機がない。


「もしかしたらあの日何かトラブルがあって言い合いになったりしたのか」


 考えられるとすればその動機だった。

 早絵の優しさを鬱陶しいと思った大雅が思わず刺してしまったのだろうか。

 もしくは学校で早絵にしつこく心配されてムカついていてとうとう家まで押し寄せてきたのかと怒りを行動に移した。

 どちらにせよ真偽は迷宮入りだ。


「こうなったら直接陰陽寺の家に行って聞くしかないか」


 悠希は心を決めた。明日、大雅に会いに行こう、と。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


「で、聞きたいことって何」


 礼儀正しくお茶を出してくれながら大雅が尋ねた。

 茜は大雅の気遣いを意外に思いながらも言った。


「あ、えっとね、早絵のこと」


「うん」


「早絵が……刺されたのは知ってる、よね?」


 ちゃぶ台のような机に綺麗な緑色のお茶が入ったコップを置きながら、大雅は答えた。


「うん、知ってる。月影先生から聞いた」


「そっか……」


「それだけ?」


「ううん! 違う!」


 茜は必死に首を振った。

 大雅が犯人だと疑っていると言ったら、目の前の男はどういう反応をするだろうか。

 もしかしたら隠していた本性をあらわにして襲いかかってくるだろうか。

 自分も刺されるのだろうか。

 そんな不安を押し殺して、茜はおそるおそる大雅に告げた。


「それでね、今、私、早絵を刺した犯人を探してて……。早絵、陰陽寺の家で発見されたって聞いたから、ひょっとして……」


「僕かもって思ってる?」


「う、うん……ごめんなさい……」


 つい怖くなって小声になってしまった。

 それに大雅は茜の言いたいことは全てお見通しなのか、茜の言葉を遮って聞いてきた。


(エスパーか何かってことはないよね……)


 茜は俯きつつも目だけで大雅を見ながらそう考えた。

 だが問題はこの後だった。

 果たして大雅は自分が早絵を刺したと素直に白状するだろうか。

 断固否定するかもしれない。

 そうなると茜が今日ここに来た意味がない。

 最初から犯人を大雅だと疑うこと自体間違っているのかもしれない。

 しかし早絵が大雅の家、つまりここで発見された紛れもない事実が大雅が早絵を刺した犯人である可能性を支持していた。


 大雅はお茶を飲んで黙っている。

 茜は大雅の答えを息を飲んで待っていた____。

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