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偶然見つけたもの

「ごめん、姉ちゃん……」


 まどろみの中で、ふとそんな声が花奈の耳に届いた。


 これは誰の声なのだろう。少し幼くて、でもどこか強さがあって、懐かしくて……。


 そう考えているうちに、小鳥のさえずりがチュチュチュチュチュと聞こえてきた。


 花奈がゆっくりと目を開けると、目の前には白い天井が広がっていた。

 窓から差し込む朝日で、天井の一部が道のように細く光る。


 さっきの声は何だったのだろう、と不思議に思いながら、花奈はゆっくりと身体を起こした。


 まだ眠い目を擦りながら、ふわぁぁと年頃の女の子には似合わない豪快なあくびをかます。


 改めて部屋の中を見ると、横にはスースーと寝息を立てて眠っている大雅がいた。


 その寝息が何だか可愛く感じられて、花奈は思わず頬を緩めてしまう。


 普段はクールでどちらかと言えば無口な大雅だが、こういうところを見ると、可愛げがあるなとも思う。


 ふと、さっき聞いた声を思い出して花奈はハッとする。


 よく考えたら少し高めのトーンだった。高めで幼くて懐かしい感じの声……。


 ひょっとしたらただの夢かもしれないが、花奈は何故か気になって仕方がなかった。


 どこかで聞いたことのあるような声。


 耳を澄ますが、その声はもう聞こえてこない。


 __やっぱり夢だったのかな。


 頭をポリポリと掻くたびに髪が上下するのを感じながら、花奈はゆっくりと立ち上がった。


 まだ寝ている大雅を起こさないように、慎重に進んで押し入れに向かう。


 そしてカバンから着替えを取り出しながら、あの時のことを思い出していた。


 あの時__すなわち、花奈が大雅の裸体を見てしまった時のことだ。


 あの日は大雅の方が先に起きていて、花奈が目を覚ますと大雅の綺麗な上半身が目の前にあったのだ。


 引き締められた筋肉にバッキバキの腹筋。

 女子なら絶対に惚れてしまう綺麗な上半身だった。


 あれ以来恥ずかしくて、頑張って大雅よりも先に起きて先に着替えを済ませていた花奈。

 しかし、今日は特に意識することもなく目を覚ましたため、いつ大雅が起きるかわからない。


 もしもあの時の逆バージョンになってしまったら、と思うと背筋が凍り、顔が真っ赤になってしまう。


 そんなのは死んでも嫌だと首を振り、花奈は着替え用の服を持ってトイレにこもった。


 便器に腰をかけてふぅーと長いため息。

 ひとまず安心だ。なぜかトイレに入ると安心する。

 単純に狭い個室のような場所が好きなだけかもしれないが。


 そんなことを考えていると、ドアの外から布団が動かされる音が微かに聞こえてきた。

 大雅が起きたのだろう。


 早めにトイレに入っていて正解だった、と花奈はガッツポーズ。

 これでお互い見ることも見られることもなく、平和に朝の準備をすることができる。


 花奈は上機嫌に小さく鼻歌を歌いながら着替えを済ませた。これでもう大丈夫だと自分に言い聞かせて、トイレの引き戸をガラガラと開ける。


 すると、目の前の洗面所で上半身裸で顔を洗っている大雅が見えた。


「あ……」


 花奈は小さく呟き絶望した。

 せっかく平和な朝の準備ができる喜びをかみしめていたのに。頭が一瞬フリーズしてしまう。


「ん?」


 顔を洗い終わって、備え付けのタオルで顔を拭いていた大雅と目が合う。


 __大雅くんに気付かれた!


 花奈は、再びこの世の終わりを見た気がした。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



 少年院にたくさんある部屋。その一つ屋根の下。


 『トイレのドアを開けっぱなしにして、上半身裸の男の子をトイレの個室に入ったまま見つめている女の子』というシチュエーションが出来上がってしまった。


 そもそもそんな姿を見つめている時点で、大雅には間違いなく変な奴だと思われたに違いない。


「あ、ううん、何でもない! ご、ごめんね!」


 花奈は我に返ると、早口で謝ってトイレから飛び出した。


「うん」


 大雅は、どうして花奈が謝るのかわからないと言いたげにキョトンとしながら、畳へ走る花奈を洗面所から覗いていた。


 一方、絶望の底にいる花奈は、カバンを置いた押入れの前にしゃがみ込んで荒い呼吸を繰り返していた。


 外に漏れそうなほどドクドクドクと大きな音で波打っている心臓を抑えながら、何とか息を整えようと試みる。

 だが花奈の心臓は、一向に静かになってくれなかった。


「朝ご飯、行くよ」


「う、うん!」


 大雅に呼ばれて花奈は瞬時に立ち上がり、急いで後を追いかけた。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「なるほど。それで花奈ちゃんはこんなに息が上がっているってわけね」


 食堂にて。朝の大惨事を花奈から聞いた未央が納得したように笑った。


「アハハハ……」


 花奈も苦笑い。未央とのテンションの差は一目瞭然だ。


 当然、花奈からしてみればものすごく恥ずかしいことなのだ。

 でも未央になら言える。どれだけ恥ずかしいことや愚痴、嫌だったことを言っても、未央は優しく受け答えしてくれるから。


 花奈と未央が話している正面で、大雅は一人黙々とおかずを口に運んでいた。


「へぇ〜。大雅くんってムッキムキなんだね」


 急に未央に話を振られるが、何も喋ることなく首を傾げる大雅。


「……そうですかね」


 大雅はやがてポツリと言った。


 あまり自分に腹筋があるとは思っていないような口ぶりだ。


「そっか。自分のことだったらそんなにすごいって思わないか」


 アハハと笑う未央に、さりげなく頷く大雅。


 花奈は、そんな二人を微笑ましく見つめていた。

 実際、部屋で大雅が筋トレをしているのをよく見かけるし、大雅の腹筋があるのも当然のことだ。


 だが、これを知っているのは花奈だけ。もちろん未央にも教えたくない。

 何となく、自分だけの秘密にしておきたかった。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「じゃあ、またね」


 朝食も終わり、食堂を出たところで、未央が花奈と大雅に手を振ってくる。花奈もそれに倣って手を振り、その横で大雅は浅い会釈をした。


 未央は微笑むと、二人に背を向けて自分の部屋へと戻っていった。


「美味しかったね」


 未央と別れて部屋に向かいながら、花奈は大雅に話しかけた。


「毎日言ってるじゃん」


「え、そうだっけ」


 呆れ笑いをする大雅に言われて、恥ずかしい気持ちになりながら花奈は頬を人差し指でかいた。



「先、どうぞ」


 部屋に着いて大雅に言われて、


「ありがとう」


 と、言われるがまま先に部屋に入る花奈。


 授業の準備をしようと押入れに向かい、カバンを開こうとしたその時。


 隣に置いてある大雅のカバンのポケットから何かがはみ出しているのに気がついた。


 引っ張ってみると、それは新聞記事の切り取りで、大きい見出しには見覚えのある名前が記されていた。


「これって……」


 花奈は思わず目を見張った。

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