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不気味な看板

「ただいま」


 重い制カバンを抱えて、咲夜は帰宅した。


「おかえりー」


 リビングから聞こえる母親ののぼっとした声に、はぁとため息をつきながら靴を脱ぐ。


 リビングのドアを開けると、ソファーで寝転がったままお菓子をボリボリ食べながら、テレビをボーッと見ている母の姿が目に入った。


「またか」


「何よ」


 咲夜の方をチラ見して、母親が言う。


「働いてくれてるのはありがたいけどさ、流石にそうやって毎日毎日寝転がってるの見たら腹たつんだけど」


「ありがたいって思ってるなら我慢しなさいよ。あんたは学校行って授業受けたらいいだけでしょ? 楽なものじゃない」


「それが楽じゃないんですー」


 皮肉交じりにそう言うが、もう母親はテレビに夢中になっていて、咲夜の話を聞く耳も持たなかった。


 はぁ、とまたため息をついて二階に上がる。

 階段を上り終わった突き当たりにあるのが、咲夜の部屋だ。


 別に大して綺麗に整頓しているわけでもないが、散らかっていて足の踏み場がないという悲惨な状態でもない。


 回りくどい言い方をしたが、結局のところはごく普通の部屋だ。


 電気をポチッとつけて制カバンをドサっと床に置くと、肩が一気に軽くなる。


 大袈裟に言えば、重い制カバンから解放された気分になって少し清々しいのだ。


 勉強机の方に進み、引き出しから()()()()を取り出す。


 咲夜は()()をじっと見つめて机の上に置き、ベッドにダイブ。

 意味もなく天井を眺めている咲夜の頭に浮かんだのは、悠希の笑顔だった。


 どうして、悠希は自分に対してあんなに優しくしてくれるのだろう、という疑問が頭をずっと回っていた。


 どうせいじめられていることを話したら、適当な理由をつけて会うのを拒むだろうと思っていた。

 今までの人は、せっかく仲良くなっても咲夜がいじめのことを打ち明けた途端に、引きつったような顔をして咲夜に近づかなくなった。


 それがずっと続いていて、咲夜にとってはもはや当たり前のことだった。


 しかし悠希だけは______。


「お兄ちゃんだけだな……」


 そう、悠希だけは咲夜がいじめのことを打ち明けても離れていかず、それどころかアドバイスまでしてくれたのだ。


 これまでにもいろんな人に相談をしようとしたが、いじめのことを打ち明けた時点で皆、咲夜から離れていった。


 結局、本当に相談できたのは悠希だけだ。


「優しいなぁ、お兄ちゃん」


 相当心が広いのだと感心する。

 高校生ともなれば、なるべく厄介事には巻き込まれたくないと思うのが一般的だろう。

 だから離れられることは予想がついていた。


 だが、いざ離れられると、咲夜自体の存在も無くなったことにされた気がして、取り残された気がしてすごく寂しかったのだ。


 誰にも話せず、ただ自分の中で都合の良いように言い聞かせて、我慢して過ごしていくしかなかった。


 こんなこともあったので、咲夜は内心では諦めていた。

 どうせ『いじめ』という言葉を聞いただけで、この人も離れていくんだろうなと思っていた。


 それが今回は違った。


 咲夜が打ち明けても、悠希は真剣な表情で相談を最後まで聴いてくれた。

 アドバイスを求めても、嫌な顔一つせずに真面目に答えてくれた。


 今日、学校で試してみて効果はなかったが、それでも自分の中では少し変わることができた気がした。

 一歩前進できた気がした。


 それだけで嬉しかったのだ。


 しかし______。


「流石に()()は言えないな」


 咲夜は机の上に置いたモノを見る。それは、電気に反射して白く鋭く光っていた。


 今日も外に出る。日課を終えて悠希と話すために。()()を打ち明けるのはまた今度にしようと思った。


 いや、いっそのことずっと隠してもいい。むしろ言わない方がいいのかもしれない。


 打ち明けたら、今度こそ悠希が離れていくのは目に見えている。

 きっと、ものすごく残念なものを見る目で見られて蔑まれて、もう二度と会えなくなるに違いない。


 それは嫌だと咲夜は思った。

 せっかくできた相談相手を失いたくない。


 だが言えば、悠希は確実に咲夜から離れていくだろう。


 咲夜が相手の立場でも、間違いなくそうしているに違いない。


 でも、咲夜はやらないと自分の心を制御することができないのだ。


 そんな目的かと嘆かれてもいい。

 そうしないと心が落ち着かないのだから、もう仕方ないと自分に言い聞かせる。


 それに()()をしても誰も悲しまない。ちゃんとそれなりのことは考えてある。


 窓の外を見ると、いつのまにか日が沈みかけていた。

 夕陽が眩しく照りつけている。


 光を手で塞ぎつつ立ち上がり、咲夜は()()を持って家を出た。



 ※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※



「ふぅ、早く帰らないとマズイな」


 悠希は、落ちていくオレンジ色の夕陽を見ながら呟いた。


 今日は龍斗の買い物に付き合わされて、長い間拘束されていたのだ。買い物も終わり、やっと解放されてこの時間だ。


 腕時計を見ると、夜の六時半が迫っていた。まだ冬は遠いが、流石に六時半ともなると薄暗さを覚える。


 それに加えて、龍斗の行きつけだというショッピングモールが思ったより遠くて、ここまで帰ってくるのにも結構な時間を要してしまった。


 まだ家までの距離もある。

 このまま帰っていれば、おそらく着く頃には真っ暗だろう。


 因みに、龍斗は行きつけのショッピングモールの近くにある祖父母の家に泊まる、と言っていた。


 悠希も一緒に泊まるように龍斗に誘われたが、迷惑をかけてしまうと思って遠慮しておいた。


「近道して帰るか」


 悠希は進んでいた道を右に折れ、細い道に入っていく。


 この道を、昔は一度だけ入って家に帰ったことがあったため、うろ覚えだが家までの近道だと喜んだ記憶がある。


 道なりに進んでいくと、少し窪んだ場所にゴミ捨て用の緑ネットが放置されていた。


「______!」


 その窪んだ所の脇で、悠希は信じられないものを見た。


 そこにはこんな看板があった。


『命、貰います』

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