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少年の日課

 朝。


 目を覚まして身体をゆっくりと起こす。眠い目をこすりながら立ち上がり、洗面所で手と顔を洗う。


 そして制カバンを肩にかけて学校に行く。


 昼。


 授業を4時間受けた後に親の手作り弁当を食べて気力温存。午後の授業に備える。


 放課後はまっすぐ家に帰ってゲームしたりテレビ見たりお菓子食べたりゴロゴロして時間を潰す。


 夜。


 親にバレないようにそっと家を抜け出し、始める。


 これが咲夜の日課だった。


 だが今日は少し違う。夜、終わった後に悠希と会って喋るという楽しみができた。


 昨日会って少し話した、というか、一方的に注意されて素直に帰っただけだったがそれでも楽しかった。


 生きていると感じられて胸のあたりがポカポカした。


 咲夜にはこの胸のポカポカ感が何なのかわからないが、とにかく悠希とのお喋りを、夜が来るのを楽しみにしていた。


 学校での授業はいつもに増して集中できた。普段は先生の言葉が意味のわからない外国語に聞こえる咲夜だが今日ばかりはちゃんとした日本語、強いて言えば咲夜にも理解できるほどの日本語となって耳に入ってきた。


 驚くほど簡単に理解できた。自分がこんなにも賢かったのかと勘違いしてしまうほどだった。


 きっとそれは日課を楽しんでいるようでそろそろ飽きてきた自分への「ご褒美」が待っているからだろう。


 周りのクラスメイトも「なんか、今日あいつご機嫌じゃね?」といった具合で、変にニコニコしている咲夜を遠巻きに違和感を感じていた。


 皆さまご察しの通り、咲夜に友達はいない。なぜなのか。それは単純だった。


 咲夜が「子供っぽすぎる」から。


 わかりやすく言うなら幼いからだ。


 背も低く声変わりもしていない高い声。眩しいくらい鮮やかな水色の髪。クリクリとした大きな目、輝く瞳はまるでこの世の闇を知らない幼稚園児のような、そんな印象を抱かせた。


 と言っても咲夜の本質はそんなものではない。むしろ自分自身がその闇と言った方が正しいくらいだった。


 当然クラスで浮いている人間というのは無意識に下を向く習性があるとかないとかで、咲夜も学校、特にクラスでは大人しく俯いたまま、用で呼ばれたら適当に返事して流すくらいのことしかしない。


 周りから醸し出されているオーラは当たり前にもそんなに明るいものではない。


 学校という小さな小さな社会の「浮いた存在」だった。


 そんな咲夜が今日はご機嫌でニコニコと笑みを浮かべているのだから、周りはたまったもんじゃない。


 いきなりニコニコと笑いだした「浮いた奴」を見てすんなり受け流せる人間がどこにいるだろうか。


 咲夜とクラスメイトの間にできている距離が今日は一段と遠かった。


 だが当の本人である咲夜はそんなことを気にするそぶりも見せない。彼の頭の中にあるのは夜のお楽しみのことだけだ。


 学校でもこんなに浮きまくっている自分に嘘偽りない明るい笑顔を向けてくれた悠希。


 当然悠希は咲夜の学校での姿なんて知らないし知る由もない。


 何せ昨日は初対面だったのだから咲夜に対して明るく接するのもごく自然なことだが、普段周りから避けられて相手にされない咲夜にとってはすごく嬉しかった。


 悠希が突如目の前に現れた神のように感じられたのだ。


 だからこそ午後の授業のやる気も出て咲夜は無事に帰宅した。


 それからは宿題を済ませ、テレビを見たりとゆっくり時間を過ごした。


 そうこうしているうちに母親が帰ってきた。


「ただいまー」


 相変わらずののぼっとした言い方に咲夜は呆れながらも短く


「お帰り」


「あんた、宿題やったの? ご飯食べる前に終わらせときなさいよ」


「もう終わった」


 咲夜の冷たい態度に母親はツンとした。


「あっそ。せっかく人が親切に言ってあげたのにー」


 母親の言い方にため息をつき、咲夜は小さく


「うるさいな」


 と呟く。幸か不幸かその声は母親には届いていなかった。


 母親はカバンを置いてリビングに入ってくるとソファーにどさっと身を投げた。


「はぁあ、疲れたー」


 そう言ってビールを一口飲む。


 咲夜は心の中で「またビールかよ」と呆れながらも時間を潰すため、テレビに集中した。


 そして刻々と時間は過ぎていき、いつもの時間になった。


 見ていたテレビ番組も終わり、咲夜がテレビを消して横を見ると母親が空になったビールの缶を手に寝息をたてていた。


「よし、今なら行ける」


 咲夜はそう独りごち、酔っ払いのように寝ている母親を起こさないように外に出た。


 暗闇の中いつもやっていることを始めた。今回は少しばかり手間取ってしまったが、結果的には難なく成功した。


 やはり事を終えた後のゾクゾク感は気持ちの良いものだった。時間を要すれば要するほど達成した時の爽快感は格別だ。


 日を重ねるごとにその気持ちはヒートアップしていった。成功すればまた次、またまた次へとハードルを上げていく。まるでゲームをしているような感覚と成功するか否かのドキドキハラハラを味わえるのが咲夜にとっては楽しいものだった。


「ふぅ、今日もこれくらいかな」


 ひと仕事終えたところで額の汗を拭い、咲夜は側に建っている時計を確認する。


 昨日悠希と出会った時間がもうすぐ迫っていた。


「よし、あとちょっとだ」


 咲夜はワクワクしながらその場で悠希がやって来るのを待った。昨日と同じ方向をチラチラと見ながら悠希が来るのを今か今かと待ちわびる。


 その数分後。日も沈みかけた頃、悠希は咲夜の前に姿を現した。


「お兄ちゃん!」


 咲夜は叫んで悠希に向かって駆け寄った。


「おお、咲夜くん!本当に待っててくれたんだ」


 悠希は咲夜が本当に自分を待っていた咲夜に驚いていたが、その表情は満面の笑みであふれていた。


 悠希の笑顔を見て咲夜も素直に嬉しくなる。


「ねぇ、お兄ちゃん」


「ん? 」


 咲夜は悠希に声をかけた。


「ボクの話聞いてくれる? 」


「あぁ、いいよ」


 悠希の言葉に咲夜は嬉しそうに話し始めた。


「ボクね、友達がいないんだ」


「え?」


「何でかわからないんだけどいなくて。どうやったらできると思う? 友達」


「えーっと」


 咲夜の質問に悠希は戸惑ったような表情をして一瞬固まったが、すぐに微笑んだ。


「自分から話しかけてみるのはどうかな? いきなり喋るのは無理でも挨拶とかやってみたらどうだ? 」


 咲夜は悠希の答えにふむふむと頷きながら目を輝かせた。


「すごい!すごいね!お兄ちゃん!ボクやってみるよ!」


「おぉ、頑張れ」


 そう言って悠希は拳を咲夜の方に向けた。


 咲夜も見よう見まねで拳を出すと、悠希の拳は咲夜の拳をトンと優しく押した。


 咲夜が顔を上げると、悠希の眩しい笑顔がそこにはあった。


 何だかこれから悠希と2人だけの秘密が始まる気がした。咲夜の日課も1つ増えた。


 それだけで咲夜にとってはすごく嬉しかった。

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