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女子生徒の決意

 大雅たいがの自宅。

 電気も付いていない暗い部屋の中に、薄く開けたカーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。

 その床では早絵さえがうつ伏せの状態で血まみれになって倒れていた。

 遠くから救急車のサイレンが鳴り響いている。

 そこに大雅の姿はなかった____。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「突然ですが、皆に大事なことを伝えないといけません」


 朝礼の合図のチャイムが鳴るのもよそに、月影つきかげ先生はその『大事なこと』を生徒たちに伝え始めた。

 それを聞いた生徒達がたちまち騒然となる。

 先生は慌てて生徒達を制すように、


「古橋の意識は戻っていませんが、幸い命に別状はないという連絡は受けています。朝からこんなことを伝えてしまって申し訳ないですが、とりあえず皆は授業に集中してください」


 悠希ゆうきの隣ではあかねが顔を手で覆って号泣していた。

 悠希自身も信じられない気持ちでいっぱいだった。

 昨日、早絵が大雅の家に行くのを止めていればこんなことにはならなったかもしれない。

 悠希は自責の念に駆られていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 放課後。

 目を真っ赤にして泣きはらした表情の茜が悠希と龍斗りゅうとに言った。


「早絵の、お見舞い行かない? もしかしたらまだ意識は戻ってないかもだけど、顔だけでも……っ!」


 茜の目にまた涙が浮かんでくる。


「そうだな! その方が早絵も喜ぶだろ!」


 そんな茜を励ますように龍斗は元気よく賛同した。


「まず、先生に許可もらってくる。もし面会禁止とかなってたら困るし。お前らここで待ってろ」


 そう言って悠希は教室を出て行った。


「はぁ……。もう泣かないって決めてたのにな……」


 数滴零れた涙を手で拭いながら茜が苦笑する。

 今一番辛い思いをしているのは早絵だ。

 だから茜がここで泣くのは間違っている。

 しかしいざ、早絵のことを口にするとどうしても悲しさがこみ上げてきて涙が出てきてしまうのだ。


「別に、無理しなくてもいいんじゃねぇの?」


 龍斗は悠希の机にぴょんと飛んで座って言った。


 茜は涙でいっぱいの目で龍斗を見て聞き返す。


「何で? だって早絵が……」


「無理してたらしんどくねぇか?」


「今しんどいのは早絵だよ……」


「うん……、そうだよな」


 龍斗はそう言って天を仰いだ。

 茜の気持ちが痛いほど伝わってくる。

 茜は自分の悲しさよりも相手の悲しさの方が大きいと感じ、出来る限り我慢しようとしている。

 でも実際、茜の目は涙で潤んでいた。


「ホント、早絵の友達失格だ……。私。早絵が一番しんどいのに……。早絵が一番苦しい思いしてるのに……」


 また涙が溢れそうになったのに気づいたのか、茜は素早く顔を上げた。

 龍斗はそんな茜を見てポツリと呟いた。


「友達のために泣けるって、何かすげぇじゃん? ちょっと不謹慎かもしれねぇけど。俺は我慢して無理やりな笑顔作るより思いっきり泣いてその後早絵に本当の、いつものお前みたいな笑顔見せれた方が良いと思うけどな」


「龍斗……」


「ま、俺バカだからそんな細かいことはよく分かんねぇけど」


 茜は笑って涙を手で拭いながら龍斗に言った。


「ありがとう」


「お、おう」


 龍斗は思わず照れてしまい、少し頰を赤らめながら照れ臭そうに返事をした。

 するとそこに悠希が足早に戻ってきた。

 息を切らせながら二人に言う。


「許可もらってきた! 先生も一緒に行くって」

「おう! じゃあ行くか」


 三人はそのまま教室を出て早絵が眠る病院へと向かった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 月影先生の車から降りて廊下を一目散に駆け抜ける。

 半ば乱暴にドアを開けると、そこには白い大きなベッドが一つ置いてあった。

 心臓モニターの音が規則正しく鳴っていて、早絵がその大きなベッドに横たわっていた。

 早絵の口にはめられた少しばかり大きく感じる酸素マスクに息が吹きかけられ、曇ったり乾いたりを繰り返している。

 腕につけられた点滴も規則正しくポタポタと容器に滴り落ちている。

 お腹には何重にも包帯が巻かれてあって、拭き取りが不十分だったのか、刺された傷口があまりにも大きく処置に長時間を費やしたからなのか、顔には所々血が付いていた。


「きっと、すごく怖かったよね」


 不意に月影先生が言った。

 悠希が振り向くと先生は目に涙を溜めて早絵を見つめていた。

 時折溢れ出て頰に伝った涙をハンカチで拭きながら先生は泣いている。


「教師なのに、この子の担任なのに、異変に気づけなかった。あの時、先生が届けに行くからってすぐに帰らせていれば……」


 気づけば龍斗も茜も泣いている月影先生を見ていた。

 先生はハッと気がつくと、


「ごめんなさい」


 と言って病室を出て行った。


「やっぱり先生も相当参ってるな……」


 龍斗が先生が出て行った出口を見つめながら言った。

 悠希も龍斗に言葉を返す。


「ああ。自分の担任してる生徒がこんな目にあったんだ。すごく辛い気持ちのはずだ」


「そうだな」


 悠希と龍斗が出口の方を見つめていると、不意に茜が声を発した。


「早絵ってさ」


「ん? どうした?」


 悠希がそれに気づいて声をかける。同時に龍斗も茜の方を見た。


「早絵ってさ、陰陽寺おんみょうじの家で倒れてたんだよね」


「確か先生が言ってたな」


 悠希は朝礼での月影先生の言葉を思い出す。

 あの時大雅の名前が出てきて悠希は嫌な予感がしたのだった。

 ただ自分の考えすぎだと思って封じ込めていた。

 だが次の瞬間発せられた茜の言葉を聞いて、悠希は自分の予感に少なからず確信を持った。


「陰陽寺の家で倒れてたってことは、早絵を刺したのって陰陽寺以外にいないよね」


 それを聞いて龍斗が驚きの声を上げる。


「嘘だろ!? いくらあいつでも流石に人は殺せねぇだろ……」


「じゃああいつ以外に誰がいるの!? 早絵を……こんなに酷い目に合わせて……傷つけた奴!」


 茜が声を荒げた。

 瞳にも怒りがほとばしっている。

 唇をわなわなと震わせ、拳を強く強く握りしめる。


「許せない……。許せないよ……私……」


 茜の突然の剣幕に悠希も龍斗も黙るしかなかった。

 茜は大粒の涙をこぼしながらベッドに横たわる早絵を見つめている。


「絶対、陰陽寺がやったんだよ」


 茜は思わずその場にしゃがみ込んだ。


「茜! 大丈夫か?」


 龍斗が慌てて駆け寄る。茜は、『大丈夫だから』とだけ言った。


「私の心配するくらいなら、早絵のこと心配してよ」


「おう、悪い」


 それっきり病室を出るまで茜が口を開くことはなかった。

 今日の茜は、瞳に怒りの炎を燃やしながら、でもあくまでも冷静さは感じられる、そんな表情をしていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 茜にとって早絵は唯一無二の存在だった。

 中学の頃から寝てばかりで自分でも直そうと思っているのにそれを周りの大人からしつこく言われ、一時期は不登校寸前までいくところだった。

 そんな彼女を信じて一緒に歩いてくれたのが早絵だった。

 彼女は周りが茜のことを何と言っても自分の強い意志を貫き通し、どんな状況でも茜を守ってくれた。

 その分、周りから怒りを買うことも少なくなかったため、高校に入学した時から、今度は自分が早絵を守る番だと心に誓い、今日まで暮らしてきた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


 だが実際そうはいかなかった。

 冷たい態度を取り続ける大雅を嫌うあまり、早絵の優しさに甘えてしまった。

 そして結果的に早絵を傷つけてしまった。

 命の危険に晒してしまった。

 悔やんでも悔やみきれない。

 早絵に申し訳ない。

 早絵が目を覚ましてもどんな顔をすればいいのかわからない。


(このまま友達じゃなくなったらどうしよう……)


 ふと、そんな考えが頭をよぎって茜はブルブルと頭を振る。

 気がつくと茜は自分の部屋のベッドに座っていた。

 自分でも気づかないうちに家に帰っていたのだ。

 それから悠希たちのことが頭に浮かんだ。

 今日一日自分はどれだけ相手を不快にさせるような言動をしただろうか。

 早絵を傷つけてしまい彼女を守れなかった自分と早絵を傷つけたであろう大雅への怒りが募るあまり、悠希や龍斗にまで酷い言葉を発してしまっていたかもしれない。

 そう考えて茜はまた後悔し、大きくため息をついた。

 また、自分のことが嫌いになりそうだった。


 ピロリン!

 音が鳴ってハッと我に返ると、スマホが光っていた。

 机の上から取り上げてメッセージを開く。


『よう、茜。今日は大丈夫だったか? お前の気持ちに気付いてやれなくてごめん。明日も学校あるけど無理しなくていいぞ。ひょっとしたら先生も休んでるかもしれねぇしな(笑)』


 悠希からのメッセージだった。

 茜は助かったと胸をなでおろした。

 明日学校に行くような気分にはなれないし、かと言ってこのまま日が空くと余計に悠希たちと気まずい関係になってしまう。

 それだけはどうしても避けたかった。

 だからこうして気を遣ってでも謝る機会をくれて嬉しかった。

 茜は少し緊張して手を震わせながらメッセージを返した。


『私こそずっと怒ってるみたいになっちゃってごめん。ただ陰陽寺のことが許せなくてそれで悠希たちにも当たっちゃった。本当にごめん。明日は学校休むね。ちょっと行ける気分じゃないから。わざわざありがとう』


 長い深呼吸をして送信ボタンをタップする。

 いつもなら何も気にすることなくメッセージを送りあっていたが、今日ばかりは気まずく、目の前に悠希がいるわけでもないのに緊張してしまった。


『送信が完了しました』


 この表示を見てこんなにも安心したのは初めてスマホでメッセージを送って以来だろうか。


 どうであれ自分の気持ちは悠希に伝わったに違いない。


 そう思って茜はスマホを机に置いてベッドに潜った。

 しかし、またベッドで横たわっていたあの早絵を思い出してしまった。

 早絵を刺した犯人は大雅ではないのだろうか。

 それとも茜の推測通り大雅なのだろうか。

 早絵が大雅の家で発見されたというのは動かぬ事実だし、その事実から紐解いていくと、明らかに犯人は大雅一人だった。


 茜は少し考えてスマホをもう一度手に取り、メッセージを書いた。


『悠希は、早絵を刺した犯人、誰だと思う? 私は陰陽寺だと思ってるんだけど』


 そこまで書いて送信ボタンを押した。

 すると間髪を入れずに悠希から返信が届いた。


『やっぱり茜もそう思うか? 実は俺も陰陽寺じゃないかって思ってたんだ。早絵が見つかったのが大雅の家だったし、もし真犯人が早絵を移動させたりしてなかったら、陰陽寺としか考えられないからな』


「悠希も同じだったんだ」


 茜は呟いた。

 病室でそのことを伝えた時は悠希も龍斗も少なからず疑っていた。

 龍斗に関しては反論までしてきた。

 でも悠希は犯人が陰陽寺だと目星をつけている。


(だったらやっぱり……?)


 そして茜はなにかを決意したように威勢良く立ち上がった。

 これから早絵の目が醒めるまでは自分で犯人を見つけ出そう。

 そして早絵の意識が戻ったら早絵に直接聞けばいい。

 やっぱり明日も学校に行こう。

 行って色々聞き込みをすればいい。


 そう茜は考えた。

 最悪の場合、自分の命を捨てることも覚悟した。

 早絵が刺されたのだ。

 茜が大雅の家に行ってもその可能性は十分にある。


(これで早絵を守れるのなら……)


 茜は強く決意を固める。

 その瞳にもう怒りの炎は見えなかった。

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