高まる疑惑
その頃、未央も教室で授業を受けていた。
と言っても普通の高校のような校舎があるわけではなく、院内にいくらか設置されている部屋を教室として使用しているのだが。
黒板の代わりにホワイトボードが前にはあって、まるで塾みたいな設備だ。
未央は授業を受けながらさっきのことを考えていた。
(まさかあの子がいるなんて……)
未央は訝しげに眉をひそめる。
(あんな奴の顔、見たくなかったのに何で……?)
疑問を持つがふと、
(まぁ、あれだけのことしたんだから当然だよね)
と思い直す。
高校二年の一限目は英語だった。
※※※※※※※※※※
一方、大雅と花奈達高校一年生の一限目は現代文だった。
先生が教室内を周回しながら教科書を音読していく中、花奈は大雅と未央の関連性について考えていた。
(先輩も何でもないって誤魔化してたし大雅くんも初対面って言ってた。でもあの先輩の顔、明らかに何かあった顔だよ。だって、初対面の人にあんな顔しないもん)
今朝の食堂で花奈がふと未央を見上げたとき、未央はまっすぐ大雅を見つめていた。
それも何となくではなくはっきりと、まるで獲物の狙いを定める肉食動物のように険しい眼差しを大雅に向けていた。
花奈に気付いて振り返った時の顔はいつもの未央に戻っていたが、あの険しい表情は花奈の目に焼き付いて離れない。
大雅は以前女を刺したことがあると言っていた。
もしかするとその刺された女というのが未央なのだろうか。
大雅に刺された後すぐに病院に運び込まれ、奇跡的に一命を取り留めたが何らかの罪を犯して少年院に入り、今になってその刺した本人である大雅を目の当たりにした……。
(そんなわけないか……)
未央は立てた仮説をすぐさま否定した。
大雅が刺した加害者で、未央が刺された被害者なら、少年院側も黙ってみているわけにはいかないと思ったからだ。
事前に入所する者の事も徹底的に調べているはずだし、大雅と未央の関係など大雅について調べた時点ですぐに明らかになることだ。
それでも大雅をここに入れたということは、少なくとも大雅と未央が直接関係した説の立証はあり得ないと言っていい。
(でも、だったら何で……?)
大雅が女を刺した件とはまた別で、何か間接的に二人が関わっていたのだろうか、と花奈は考えを変えた。
だとしたら……。
「……え」
「……もえ」
「百枝!」
「は、はい!」
花奈は三度目でようやく名前を呼ばれていたことに気付き、弾かれるように立ち上がった。
いつのまにか音読も終わっていてホワイトボードの前に立つ先生が怪訝そうにこちらを見ていた。
「あ、す、すみません!」
「寝てたのか? ちゃんと授業は受けろよ」
「は、はい……」
「今のところ、35ページの10行目から15行目まで読んで」
「はい」
急いで教科書を手に取り、花奈は立ったまま言われた箇所を読んだ。
大雅は花奈よりも前の席で、焦っている花奈を無表情で見ていた。
「はい、ありがとう」
言われた箇所を読み終わると先生がそう言ってくれた。
花奈は椅子に座り、深いため息をつく。
学校以外でこんな授業を受けたことは当然ながら一度もなかった。
少年院の授業だと思い少し甘く見ていたところがあったと反省する。
(これじゃ学校と一緒だよ……)
先生に注意され、生徒らの注目の的になってしまった緊張から気づけば大量の汗が吹き出ていた。
花奈は暑さに顔を火照らせながら机に突っ伏した。
そこからは花奈も真面目に授業を受けた。
10分ほど経ってチャイムが鳴り、生徒らがそれぞれの部屋へと帰っていく。
花奈はカバンに教科書やノートを入れながら大雅の様子を伺った。
大雅も花奈より三列ほど前の席で帰る準備をしていた。
花奈はカバンに荷物を詰め終わると、大雅を見つめ少し考えてから彼の方へ歩み寄った。
「ねぇ、大雅くん」
声をかけると大雅は花奈の方に顔を向けて「何」と問いたげな顔をした。
「あ、あの、一緒に帰ろう」
「うん」
花奈の誘いに大雅は頷いた。
花奈はというと、心臓の鼓動が早すぎて焦っていた。
自分から一緒に帰ろうと思い誘いに行ったわけだが、いざ大雅と目があうと急にドギマギしてしまう。
別に恋心ではないと自負しているが、異性だからというのもあるのか花奈が男慣れしていないからというのもあるのかはわからない。
だがしかし、とにかくいつも心が大騒ぎになるのだ。
胸に手を当てて必死に鼓動を抑えようと試みつつ、花奈は横に並んで歩いている大雅を見上げた。
今朝のことがあってからますます大雅がわからなくなってしまった。
個人的に悪い印象は今も抱いていないが、未央との間冷静によってはその印象が180度変わる可能性だってある。
それから同時に未央のことも気になっていた。
最初は優しく声をかけてくれて花奈の中でも好印象の彼女だが、大雅との関わりは謎に包まれていて、花奈にとって推測し難い。
何か厄介なことが起きる前に、あるならあるで二人のいざこざを止めなければ、と花奈は密かに覚悟を決めていた。




