未来のための選択肢
「なぁなぁ、悠希! お前はどうするんだよ」
そう言って悠希にすがりついてきたのは龍斗だ。
一時間目のLHRでは、今後の進路についての説明があった。
ちなみに今は七月。
あと少しで夏休みも始まるが、それまでに生徒の進路に対する考えを聞いておきたいと思ったのだろう。
月影先生は授業終わりのチャイムが鳴った帰り際に、
「これ、宿題だからね」
と言って、小さな紙を配った。
進路について自分の考えを簡潔に書く紙だった。
秋に始まる文理選択でどちらを選ぶか、行きたい大学はあるか、なりたい夢などを書く枠が与えられている。
龍斗はその紙をペラペラさせながら涙ながらに悠希にすがりついているのだ。
「何なんだよ龍斗」
悠希は鬱陶しそうに龍斗を離そうとするが、意外にも龍斗の力は強くてなかなか離れてくれない。
「だって俺、将来とか知らねぇし!」
「知らないことはないだろ。お前だって何かしら夢とかあるんじゃないのか?」
「俺大学とか行きたくねぇし!」
「何でだよ。勉強しないとなれない職業だってあるのはわかってるだろ?」
「わかってるけど! 何で大学に入ってまで勉強しねぇといけねぇんだよ!」
何を言ってもこの繰り返しだ。
相当嫌いなのだろう。
「もうずっと高一でいいんだけど俺」
そう言って龍斗は深くため息をつく。
「いやいや、それは無理だから。……あ、留年でもするか? そしたらずっと高一だぞ?」
「……それは嫌だな」
「どっちなんだよ……」
悠希は呆れた。
もう高校生なのに、まるでおもちゃを欲しがる子供みたいに駄々をこねている龍斗を見ながら、悠希もため息をついてしまう。
(俺、こんな奴と15年間も幼馴染やってるのか……)
悠希が我ながらすごいと思ってしまったことは龍斗には内緒だ。
「別にずっと高一でもいいんじゃない? ず〜っと年下と勉強してたら?」
皮肉交じりに茜が悠希の横からひょいっと顔を覗かせて笑った。
「あ、そうか」
茜の言葉に龍斗は何かに気づいたように茜を指差した。
「何」
勿論急に指を差されて茜は怪訝そうな表情をしているが。
「ずっと高一のままだったら俺年下と勉強しねぇといけなくなるのか。それは嫌だな」
確かに、自分より年下の人間と何年も授業を受けるのはなかなかの屈辱だろう。
「ま、あんたの成績だったらそんなこと関係なしで留年なんじゃないの?」
ベーっと舌を突き出して茜は龍斗をからかう。
「うるっせぇな! お前だって同じようなものだろ!」
「龍斗ほど馬鹿じゃないし〜」
「指名補習かかってんじゃねぇか!」
「それは……そうだけど……」
事実なので言い返すこともできず茜は黙る。
「ふん! ザマァ見ろ!」
龍斗は勝ち誇ったように鼻を鳴らした。
「ていうか、俺からしたらお前らどっちも馬鹿だからな」
悠希は底辺で争っている二人に容赦ないツッコミをいれる。
「な、早絵」
悠希たちとは少し離れた席で本を読んでいた早絵に悠希は同意を求める。
悠希と目が合うと、早絵は興味津々でこちらにやって来た。
「え? なになに? 何の話?」
「別に。天才がバカをからかう話」
悠希のツッコミにふてくされた茜がツンとした態度で言う。
「悠希くん、また何か言ったの?」
「え、何で俺? 俺は事実を言っただけだぞ?」
「たとえそうでも、龍斗くんと茜ちゃんが傷ついちゃうでしょ」
「「そうだそうだ!」」
早絵の言葉に一斉に龍斗と茜が拳を上げる。
「何だよお前ら……」
「二人も!」
だが早絵の説教はその二人にも飛んできた。
「「え?」」
唖然とする龍斗と茜に、早絵は腰に手を当てて言った。
「そもそも勉強頑張らないでテスト中も寝てるからなかなか成績上がらないんでしょ? 頑張らなきゃダメ!」
まるで母親のような口調で早絵は諭す。
本当の母親みたいだと感心しながらも悠希は別のことが気になっていた。
(こいつら、テスト中寝てるのかよ!)
茜と席は隣だが、テスト中なんて問題を解くのに集中していて周りなど見ていない。
龍斗とも席は近いが、横目で見れる範囲ではないため、仮に見張るとしてもどうしても頭を上げなければいけなくなる。
当たり前だが周りを見たらカンニングだと疑われてしまう。
どうりで茜の点数がいつも1桁なわけだと悠希は一人で納得していた。
龍斗に関しては二桁の時もあるが、精々20点未満だ。
「「……はい」」
早絵の説教に龍斗と茜はうなだれた。
※※※※※※※※※※
「将来、か」
学校から帰った後、悠希は自分の部屋で机の上に例の紙を広げて悩んでいた。
龍斗にはあれほど言っておきながら、いざ自分の将来となると思ったより浮かばない。
人に役に立ちたいとは思っているが、その職業が自分に向いているのか、学力が足りているのかも調べなければわからない。
自分に向いている職業かどうかなんて体験でもしなければわからないだろう。
「にしても、早絵は看護師か」
帰り際の会話を思い出して悠希はポツリと言った。
帰りもやはり宿題の話になって、四人でペチャクチャと喋っていたのだ。
その中で早絵の将来の夢を聞いたところ、看護師だった。
悠希は早絵のナース服姿を想像する。
長髪にピシッと引き締まった淡い桃色のナース服。
なかなか似合うと思う。
働いている頃には成人もしているはずだから、早絵が髪を染めていてもしっくり来そうだ。
「茶色とかいいかもな」
勝手に髪を染める前提で色々と妄想してしまう。
「や、やめろ! これじゃただの変態だ!」
悠希は自分の頬を思いっきり叩き、心の中で早絵に謝罪した。
妄想はさておき、早絵は周りのこともよく見れるし、優しい性格の持ち主だ。
看護師として働いてもすごく優秀だろうと思う。
「きっといい看護師になれるだろうな」
すると、なぜか急に大雅の顔が浮かんできた。
(陰陽寺……)
心の中でそう呟く。
そして次に浮かんできたのは体育館での大雅の告白だった。
あんな孤独な思いをしてしまったからこそ、小学生から今までに至るまで残虐な行為を繰り返してしまったのだ。
もしその想いに誰かが気づいていたら被害はもっと抑えられたかもしれない。
幸い悠希たちの学校は全焼を免れたが、それでも大雅の心の傷は消えていないだろう。
いや、一生消えないはずだ。
悠希たちが大人になる頃にはそんな子供はなくしたい。誰もが幸せで笑っていられるような世の中にしたい。
「よし」
悠希はシャーペンを走らせ、プリントの枠を埋めていった。
そして電気を消し、布団に入る。
明日龍斗たちに報告しようと思った。
悠希の力強い決心を。




