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涙の気持ち

「俺、もう一回聞いてきます」


 肩を震わせ泣いている月影先生の横で悠希ゆうきは決意を固めた。


「でも、何も話したくないって……」


「そうやって逃げてても警察に連行されたらいずれ全部話さなきゃいけないことです。甘やかしたらダメですよ、先生」


 悠希の言葉に月影先生は目尻を拭いながら俯く。


「俺が行きます」


「悠希くん」


 病室の方へと足を進めた悠希の背中に早絵さえが呼びかける。

 悠希が止まると、早絵はおそるおそる尋ねた。


「私も、一緒にいいかな。陰陽寺おんみょうじくんの話最後まで聞きたい」


 悠希はしばらく立ち止まったまま黙っている。

 沈黙が流れる。


「わかった」


 その沈黙を破るように悠希は一言そう言った。


「ありがとう」


 早絵の不安そうな顔が笑顔に変わった。

 悠希も少しだけ微笑み返す。

 そうして二人は病室へと足を運んだ。

 中に入ると、看護師が心配そうな表情でこちらを見ていた。

 驚いている悠希たちに駆け寄るとその看護師は二人の肩を掴んで言った。


「どこに行ってたの! 心配したのよ! 急にいなくなるなんて……」


「すみません。ちょっと……」


 悠希は横のベッドで本を読んでいる大雅たいがを見る。

 大雅がそれに気づき、顔を上げる。

 二人の視線が重なった。


「ちょっと、友達のことで話してたんです」


「ごめんなさい」


 早絵も頭を下げる。


「そう……。何があったかは知らないけどどこかに行くときは必ず伝えてね」


「はい」


 新しい点滴を持ってくるわね、と言ってその看護師は病室を出て行った。

 悠希と早絵がドアの方を見つめていると、不意に大雅が口を開いた。


「また余計なこと考えてるのか」


「余計なことじゃない。ちゃんとお前を正しい方向に導くためだ」


「偉そうに言うな。……何の用だ。僕に用があって来たんだろ」


「ああ」


 返事をして悠希は大雅のベッドへと足を運ぶ。

 早絵も不安そうにその後をついていく。

 悠希はパイプ椅子に腰をかけて大雅の側に移動した。


「本当のこと話してほしいんだ」


 そして大雅の目を見てまっすぐ言う。

 大雅は一瞬悠希の方を見たがすぐに目をそらした。


「またか。あいつらに話したけど」


「あいつらって?」


 悠希が尋ねる。


「先生とか西尾とか岸とか」


 大雅がそれに答える。


「それなら知ってる」


「は? じゃあもういいだろ」


 大雅は訳がわからないと言うふうに悠希を見て眉をひそめた。


「陰陽寺くん」


 早絵が口を開いた。


「何」


 大雅が早絵の方を向いて表情を変えることなく問う。


「お願い。私も聞きたいんだ。結局龍斗くんたちも先生も最後まで聞けてないって言ってたし」


「嫌だ」


 大雅は布団に視線を落とすと迷いなくそう言った。


「本当に話す気はないのか?」


 悠希が真剣な表情で尋ねる。

 大雅は俯いたままコクリと頷いた。


「そうか……」


 悠希はそう呟いて視線を落としたが、決意したようにもう一度顔を上げて言った。


「じゃあ、正直に言うぞ」


「何を」


 依然として大雅の表情は変わらない。無表情のままだった。


「今、警察が動いてる」


「警察」という言葉に大雅が少し動揺した気がした。

 悠希は続けて言う。


「多分、これまでの校舎全焼事件の犯人はお前だっていう目星はついてるはずだ。でも証拠がない以上逮捕状も出せない。だから今必死でお前が犯人だって証拠をかき集めてると思う。それで証拠が揃ったらきっとまたここに来る。お前を逮捕するためにな」


「別に」


 大雅が口を開いた。


「いいよ」


「警察に捕まるっていう話を……」


「いいって言ってんだろ!」


 悠希の言葉を遮って大雅が叫んだ。


「ちょっと、ここ病院だから」


 そう言ってなだめようとする早絵を睨みつけ、大雅は再び悠希に視線を移す。

 大雅に睨みつけられた早絵はその目力に圧倒され思わず怯んでしまう。

 大雅の目が怒りの炎で燃えていた。


「警察が来るからって僕を脅してるんだろ」


「いずれ来るのは本当だ」


「だから! 何で警察が来るからって僕がお前らに話さなきゃいけないんだよ! お前らには関係ない」


 大雅が拳で布団を叩く。

 その激しい音に早絵がビクッと肩をすくめた。


「まともに話したことなかったけど、一応俺たちだってクラスメイトだしさ」


 悠希が口調を緩めて言った。


「出来ればこれからもずっと学校にいてほしいんだ」


「何言ってるんだ。僕は殺人者だぞ。そんな奴を学校に置き続けるなんてあり得ない。先生が許すもんか」


 悠希の言葉に大雅が呆れたような笑いを浮かべながら反論した。

 だがその言葉の裏には諦めの色が表れているように悠希には感じられた。


「確かにお前のしたことは許されることじゃない。もし俺も友達とか亡くしてたらお前なんか一生牢屋に入って暮らしてろって思う。でも」


 悠希は大雅を見つめた。

 大雅の浮かべる微笑がどこか切なく感じる。

 もう諦めたような、どうでもいいと投げ出しているような、そんな表情だった。


「お前さ、嘆いてただろ? あの時。何でこんなことになったんだろうって」


 悠希はそう言いながら体育館での大雅の姿を思い浮かべていた。

 あの時の大雅は悠希たちに真実を暴露しながらも道を外して間違った方向に進んでしまった自分を嘆いていたのだ。

 決して演技などではない、本当の大雅の言葉が聞けたと悠希は確信した。


「お前がそうやって言ってるのを見て思ったんだ、俺。お前ならまだやり直せるんじゃないかって」


 悠希の言葉に大雅の目が大きく見開かれる。

 早絵も両手を握りしめて大雅を見つめていた。


「もしかしたらこれから何年かは少年院で暮らさなきゃいけないかもしれない。でも俺は、ううん、俺たちはお前の社会復帰を待ってる。心から願ってる。お前ならやり直せるって信じてるぞ」


 そう言って悠希は大雅に笑顔を向けた。

 悠希の笑顔を見た大雅の目から一筋の涙が頬を伝って流れ落ちてきた。


「あれ、僕、何で泣いてるんだ。バカみたいだ」


 大雅は微笑しながら目尻を必死に指で拭っている。


 コンコン。

 不意にドアをノックする音が聞こえた。


「はい」


 早絵が返事をしてドアに近づき開く。

 するとドアの向こうには警察官が二人立っていた。

 丸山と細川だった。

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