破壊者の告白(後編)
「はい」
月影先生の言葉に返事をし、大雅は続きを話し始めた。
「古橋を刺した後、内心ホッとしたんです。これで僕に関わってくる奴はいなくなったって。……でも、家で刺したのが間違いでした」
「どういうこと?」
先生が尋ねる。
「僕が自分の家で古橋を刺したから、岸にバレたんです。古橋を刺したのが僕だって」
「だから……一晩監禁したの?」
「監禁なんて人聞き悪いですよ、先生」
大雅の顔に少しだけ笑みが浮かんだ。
「あの日本当のことを教えてほしいってあいつが僕の家に来たんです。勿論僕はちゃんと話しました。そのまま帰られると、早乙女とか西尾とか、先生にまで僕が話したことがバレるかもしれない。だから一晩だけ僕の家で過ごしてもらったんです」
「一晩だけ……家に閉じ込めても開放すれば話すかもしれないっていう予想はしてなかったの?」
「してましたよ」
もうさっきまでの胸の痛みはない。それだけで随分と心地が良かった。
「だから精一杯脅したんです。壁も蹴りました。そしたらあいつ、一発でビビっちゃって」
大雅が笑いを含んだ声で言った。
「何で笑ってるの」
月影先生が怪訝そうに尋ねた。
ついさっきまで自分のしたことを話すのでさえ苦しそうだったのに、大雅はもういつもの大雅に戻っている。
「岸の面白いビビリ方を思い出しちゃってつい。すみません」
大雅はぺこりと頭を下げた。
「……まぁいいわ。とりあえず全部話して」
「でもまさか、スマホも奪っておいたのに早乙女が僕の家を嗅ぎつけるとは夢にも思いませんでした。まぁ、古橋が刺されたって知った時点で僕が犯人だって予想が固まってたはずですけどね」
「その、古橋を刺したのだって立派な犯罪よ。わかってるでしょ」
「もちろんです。だから回復したら自首しますよ」
「自首する前に警察には頼んであるわ。今のそのあなたの態度からして警察に連れて行かれるのも計算済みのようだけど、今はしっかり反省しなさい」
「わかりました」
そう言って大雅は布団を頭から被ってベッドに横になった。
これ以上まともに話を聞いていてもらちがあかない、と先生は大雅がくるまっている布団を見つめながら思った。
それに誰もいない方が反省の気持ちが湧いてくる可能性もある。
(岸、大丈夫かしら)
同時に茜のことも心配になった。
「ちゃんと反省するのよ。いいわね」
大雅に釘を刺し、先生は病室を出て行った。
※※※※※※※※※※
「大丈夫か? 茜」
病院のロビーにポツンと置かれているベンチに座った茜は、龍斗の問いに頷いた。
柔らかくて座り心地がいい、まるでクッションのような弾力のあるベンチ。
少しだけ気持ちも和らいだ気がした。
俯いたままの茜の隣に、よいしょっと龍斗も腰を下ろす。
「ごめんね」
唐突に茜が口を開いた。
「え? どういうことだ?」
龍斗は驚いて聞き返す。
「だって、私があそこで倒れなかったらちゃんと陰陽寺の話聞けてたのに……」
「そんなこと気にすんなよ。急に早絵のこと言われたらみんなショックになるって」
龍斗の言葉に茜はまた俯く。
「それにあいつ、すっげぇ喋りにくそうにしてたしちょっとは反省してるんじゃねぇかな」
ぐーっと伸びをしながら龍斗が言う。
「そうかな」
茜はそう言いながらさっきまでの大雅の様子を思い出していた。
どこか苦しそうな面影を感じたが、あれは大雅なりの反省の現れと言ってもいいのかもしれないと思ってしまう。
(でも、本当にそうだったらやっぱりちょっと嬉しいな)
茜は少しだけ微笑んだ。
その姿に龍斗も安心したような笑みを浮かべた。
「龍斗、茜」
急に誰かに呼ばれて二人が顔を上げると、目の前に点滴の針をつけたままの悠希と早絵が立っていた。
悠希と早絵は驚いたように目を丸く見開いて龍斗たちの方を見つめていた。
※※※※※※※※※※
「そうか……。わかった。ご苦労様」
スマホの電話越しに校長先生が労いの言葉をかけた。
「ありがとうございます」
月影先生は会釈をする。
別に目の前に校長先生がいるわけではないが、咄嗟に会釈をしてしまった。
人気のないところに移動して良かったと胸をなでおろす。
もし電話しようと思った場所が病人の行き交うロビーだったらと考えるだけで恥ずかしい。
「聞いているか?」
「あ、はい! すみません」
そんなことを考えていたせいで校長先生の話に耳を傾けていなかった。
不意に問われて慌てて謝る。
「とりあえず休めるときに休んでおきなさい。きっと疲れが溜まってるんだ」
「いえ、陰陽寺を反省させないといけませんし。それに他の生徒のことも心配です」
「君は真面目だな。だが無理は禁物だぞ」
「はい」
「でも、自分が生きていられることも奇跡に等しいのに反省の気持ちが伝わってこないのは不思議だなぁ」
大雅の態度に疑問を抱いたのか、校長先生がボソッと呟いた。
「そうなんです。私たちにはわからないようにうまく隠しているだけなのかもしれませんが……」
「本当のところはわからないが、教師が生徒に首を突っ込みすぎるのもよくない。それも教育の一環だと言われればそれまでだが……。いつまでも陰陽寺ばかりを構っている余裕もない」
「そうですね」
「後のことは警察に頼んだ方がよさそうだ。もう話はつけているんだろう?」
「はい」
「仕事が早くて助かる。今回の陰陽寺の件は今までの行いからして常習だ。私たちだけの対応で済ませるわけにはいかないからな」
「もう一度陰陽寺と話はしてみようと思います。彼も私も冷静になって話をすれば少しは進展があるかもしれません」
「そうだな。よろしく頼む。私も仕事を早く切り上げて出来るだけそちらに向かえるようにしよう」
「ありがとうございます」
「いやいや、すべて君に任せてしまっている状態で申し訳ない。お礼を言われる筋合いなんてないよ。……あ、失礼。他の電話だ。またかけ直す」
「わかりました」
そう言って月影先生は電話を切った。そしてスマホをポケットにしまい、しばらく俯く。
(今までの話は大体わかった。なぜ爆発に手を染めるようになったのか、なぜ古橋を刺して岸を監禁したのか。でもどうして学校を爆破しようとしたんだろう)
大雅にその理由を聞きに行かなければならない。
月影先生は再び病室へ向かった。




