病室の犯人
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茜の声が聞こえたのか、その青いスーツに帽子を被った男性___警察官のうちの一人が入り口のドアの方に顔を向けた。
茜は思わず口を塞いでドアに隠れてしまう。
「あ、あの、すみません。どんなご用件でしょうか」
龍斗が代わりに尋ねた。
「あぁ、ごめんね。この子に殺人の容疑がかかってるから事情聴取をしてたんだ」
先に龍斗たちに気づいた警察官・丸山が笑顔を浮かべて答えた。
ずんぐりむっくりとした体型で、身につけている制服も若干シワが入っていて着にくそうだ。
それでも真ん丸とした顔から滲み出る笑顔には、どこか親しみやすい雰囲気を覚える。
動物に例えるなら熊。
でも笑顔になると目が線になるため顔はキツネのようだ。
「事情聴取……ですか?」
龍斗が聞き返した。
「うん。君たちは……この子の友達かな?」
丸山とは別の、彼より奥に立っていた警察官・細川が尋ねる。
彼は丸山とは正反対の体型でスタイルも良く、引き締まった身体が真面目そうな性格を印象付ける。
だが顔にはソバカスがあって口から大きくはみ出している前歯につい目が行く。
体型と顔を交換すればちょうどいい感じの男性になるのではないかと茜は思ってしまう。
少なくとも細川に関しては。
スタイルが良くて笑顔も素敵な男性はとても魅力的だ。
見ただけで一目惚れし、思わず「好きです!」と言葉が出てきてしまいそうになる。
(結構イケるかも!)
茜はそんなことを考えながら龍斗の横で笑っていた。
一方、龍斗はどう答えるべきか迷っていた。
そして考えた。
大雅は友達なのだろうか、と。
実際仲良く喋ったことなんて一度もないしむしろ警戒していて関わることすらしなかった。
龍斗が思わず茜の方を見ると、茜は警察官の方を見て満面の笑みを浮かべている。
(参ったな……)
龍斗は頭をポリポリとかいて気難しそうな顔をする。
茜の趣味が疑われるが今はそんなことを考えている場合ではない。
大雅のことを考えなければいけない。
(どうすりゃいいんだ……?)
ここは潔く「友達」と答えた方が良いようにも思えるし、答えれば自分たちも色々質問されて厄介なことになるから答えない方が良いようにも思える。
そう考えてから龍斗はふと思い止まった。
(ん? 俺たちが厄介になるからって答えないのは卑怯だよな……)
龍斗が大雅の方に視線を移すと、大雅は俯いて黙り込んでいた。
龍斗たちが答えるのを待っているのか再び警察官2人ともが大雅に話しかけている。
俯いていて表情はわからないが、大雅が困っていることは一目瞭然だった。
明らかに見過ごせる状況ではない。
そんな状況を見ていると急に大雅を助けなければという思いがふつふつと龍斗の胸に湧き上がってきた。
「と、友達です」
気付けばそう言葉を発していた。
丸山と細川が再び龍斗の方を見る。
茜も不安そうな表情を隠せずに龍斗を見つめていた。
本当に大丈夫なのかすごく気がかりだった。
「そうなんだ。じゃあちょっとお話聞かせてもらってもいいかな?」
丸山が満面の笑みを浮かべたまま龍斗と茜の方に向かってきた。
(まずい……! ダメだよ龍斗! せっかく悠希たちのお見舞いに来たのに! 警察に事情聴取とか絶対心配されるじゃん!)
茜は心の中で必死に龍斗に忠告をした。
だが当然龍斗には伝わっていない。
このまま警察署に連れて行かれるのだろうか。
そんな不安が茜の頭をよぎった。
その時。
「すみません」
後ろで声がして龍斗と茜が振り向くと、そこにはいつの間に来ていたのか、月影先生がいた。
「はい」
丸山の足も止まる。
細川は奥でキョトンと首をかしげ、何が起こったのかという風にドアの方を見つめていた。
月影先生は笑顔を崩さないで目の前の丸山に、そして奥でこちらの様子を心配げに見ている細川に言った。
「警察の方ですよね? この子達に何かご用ですか?」
「あ、実は彼の事情聴取をしていまして、その子達が彼の友達だと言ってくれたものですからついでにお話を伺おうと……」
丸山が言った。
「そうなんです。急に押しかけてしまってすみません」
奥からやってきた細川がぺこりと頭を下げる。
「そうなんですか」
月影先生は何故か丸山と細川を交互に見比べた後、きっぱりとした口調で言った。
「すみませんが、陰陽寺もまだ万全な体調ではございません。体調を理由にするのはいささか傲慢かもしれませんが、今日のところはお引き取りして頂いてもよろしいでしょうか」
「え、あー、えーっと……」
「そう……ですねー」
予想外の月影先生の言葉に丸山も細川も動揺を隠せない。
しどろもどろで言葉を濁している。
二人としては事情聴取をして大雅の体調が回復した時点で少年院に送検し、保護してもらった方が良いと考えていた。
帰ってくれと言われるとは思っていなかったため、困ったような表情で彼らはお互いを見やっている。
「すみません。お願いします」
そう言って月影先生は深々とお辞儀をした。
「あ、頭を上げてください」
最初に声を発したのは丸山だ。
慌てた様子で月影先生のお辞儀をやめさせようとしている。
「わかりました。今日のところはお暇させていただきます。失礼しました」
そう言って細川がまたもぺこりと下げた。
こうして二人はすごすごと病院から出て行った。
二人の姿が見えなくなると、月影先生はため息にも似た息を軽くふぅーと吐いた。
そして龍斗、茜、大雅の順に視線を移していき、それぞれに微笑む。
「あれ? 早乙女と古橋は?」
病室に入ってからようやく悠希と早絵が病室にいないことに気づき、月影先生がキョロキョロと辺りを見回す。
「二人とも検査です」
大雅が先生の目を見るわけでもなく、ただ足元にかけられた布団を見つめて言った。
「そうなのね。よかった」
月影先生はホッと胸をなでおろした。
「あの、何で警察が来てたんですか?」
茜がおそるおそる尋ねると、月影先生は少し口角を上げてから言った。
「予想は、ついてるのよね?」
そう、大雅に聞く。
大雅はしばらく黙っていたがやがて絞り出すように小さな声で
「はい」
と返事をした。
「どういうことですか?」
龍斗が尋ねると、月影先生はゆっくりと話し始めた。
「今回、何故かはわからないけれど陰陽寺と早乙女、途中から古橋の三人が報道されたでしょう?」
「はい」
そう相槌を打ったのは茜だ。
月影先生は茜の方を見て頷いてから話を続けた。
「それでネットの掲示板のような場所の書き込みに陰陽寺を特定するための情報が共有されてね。最も、あの出来事が起きたのが学校だったからそれは別として。今までの生い立ち、家族構成、そういう赤の他人が知らないような情報まで全部出回ってたの」
そう言って月影先生は一枚の紙をカバンから取り出した。
「それがこの写真。これはインターネットから引っ張ってきて印刷したものだけど」
龍斗や茜がその写真を見ると、そこにはありとあらゆるアカウントから情報が寄せられていた。
中には誹謗中傷のような表現の書き込みもあり、あの報道をリアルタイムで見ていたのか、あの時悠希たち三人が取った行動も事細かに書かれてあった。
「こんな情報……何で?」
茜は思わずそう声に出した。
月影先生は少し俯いて暗い表情になり、そっと言葉を紡いだ。
「その中にはね、うちの学校の生徒もいたの。最初は匿名だし全然分からなかったんだけどネット関係に詳しい先生に確認したら……そうだって」
そして月影先生はため息をついた。
「それを警察が見つけたんでしょうね」
龍斗も茜も思わず俯く。
大雅は依然として表情を変えなかったが、明らかに無関心ではなかった。
じっと、先生の話に耳を傾けているようだった。
「あと、そこにもう一つ情報が載っていたの」
そう言って月影先生はカバンの中からもう一つ紙を取り出した。
渡された紙を龍斗たちは見る。
そこには今まで大雅が爆破してきた小学校、中学校、そして高校の名称がずらっと並んでいた。
「私も何度もニュースで目にしてきたわ。連続校舎全焼事件」
そして月影先生は大雅をじっと見つめて言った。
「あなたが犯人だったのね」




