目覚めた先に
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「とりあえず、3人とも処置が終わって良かったですね」
待合室の廊下で話している月影先生と校長先生。
月影先生の言葉に校長先生はそばにあったベンチに腰を掛けて頷いた。
「あぁ、そうだな。本当に一安心だ」
「あとは、意識が戻るかどうか……ですね」
月影先生も校長先生も思わず表情を暗くしてしまう。
「まぁ、大丈夫だろう。あんなひどい状態だったんだ。処置が成功しただけでも奇跡なんだ」
校長先生は立ち上がり、不安げな月影先生の肩にポンと手を置いて微笑みかけた。
「きっと意識も戻るはずだ」
つられて月影先生も少し笑顔を浮かべる。
「そうですね」
「ちょっと、公民館の方の様子を見てくるよ。校長の私があの場にいないんじゃ、色々大変だろうからな」
「わかりました。長時間すみませんでした」
「いやいや、君のせいじゃないよ。私は学校長として当然のことをしたまでだ」
「ありがとうございます」
そう言って校長先生は病院を出て行った。
月影先生はその背中を見送りながら、ずっと頭を下げていた。
※※※※※※※※※※
「悠希! 悠希!」
まだ龍斗の声は止まらない。
悠希はさっきから光の方へ向かって走っているが、予想以上に道のりが長く未だゴールが見えない。
霧からは脱出できたが今度はこの長くいつ終わるかわからない道のりから脱出できずにいた。
「いつになったらここから抜けられるんだよ……」
たまらず悠希は足を止める。
どれくらいの時間走っていたかはわからないが、とうとう体力が限界に近くなってきてしまった。
休めるときに休んでおかなければ、あとあと体力がもたなくなってしまう。
悠希は道の端に寄って座り込んだ。
額から流れる汗を手で拭い、息を整える。
自分が走ってきた方向を見ると、やはり霧がかかっていた。
あの空間の霧は永遠に晴れないのだろうか。
そんな考えが頭をよぎった。
「あ!」
そして悠希は気づいた。
あの場に大雅を置いてきてしまったことに。
「ヤバイ!」
反射的に立ち上がり、元来た道を行こうとするがふと立ち止まる。
「でもあれって本当に陰陽寺だったのか……?」
悠希に浮かんだ疑問はそれだった。
あのとき、悠希が大雅を連れて霧がかった空間から出ようと思い立ったとき、なぜか大雅の身体に触れることができなかったのだ。
まるで透明人間、はたまた幽霊を触ろうとしているかのような感覚だった。
触ろうと手を近づけた瞬間に大雅の身体を自分の手がすり抜けるのだ。
何度やっても同じだった。
それに何度呼びかけても反応はなかった。
悠希の声が聞こえていないかのように大雅は全く反応しなかった。
目の前に立っても顔を上げなかった。
悠希の姿が見えていないとでも思わせるような、そんな反応だった。
やはりあの大雅の姿は自分自身が勝手に作り出した妄想だったのではないか。
思わずそう考えてしまう。
でも、かと言ってほかに考えがあるわけでもない。
本当に妄想だとしても、大雅はなぜあの場に現れたのだろう。
あの霧がかった空間で大雅のことを考えているわけでもなかったのに。
今自分がいる場所が何なのか、どうすれば脱出できるのか、それだけで頭がいっぱいでとりあえず自分の勘を頼りに、それを信じて歩いた先に大雅がいたのだった。
でも当の本人は悠希のことを全く認識していなかった。
そしてあの幽霊のような現象が起こったのだ。
これらから推測するに、悠希が作り出した妄想と考えるのが妥当だろう。
「そうだよな……」
悠希はそこまで考えて、自分の考えに誰にともなく応えた。
あの場で大雅が悠希に対して謝ったのも都合の良い悠希の妄想に過ぎず、実際のところ大雅に反省の気持ちはこれっぽっちもないのかもしれない。
でも体育館で死ぬために悠希たちの学校を爆破する計画を立てて実行に及んだと彼は言っていた。
謝罪の気持ちはたとえ無くても罪悪感は持っているはずだ。
自分が今までやってきた罪を死をもって償うしかないと決意を固めていた。
悠希と早絵がいることなど気にもとめず爆弾を落として自爆しようとした。
表面にこそ出していないが内心では反省しているのではないか。
今までの大雅の行動を振り返ってみてそんな考えも浮かんできた。
「どっちなんだ……」
悠希は頭を抱えた。
たしかに大雅がしてきたことは決して許されることではない。
今間でも爆破事件として処理されてきたが、あれは立派な大量虐殺だ。
今回マスコミにも報道されたことで警察も動きを見せた。
大雅の容体が回復すれば、おそらく少年院に送検されるはずだ。
だが一方で大雅は深い孤独を抱えていた。
そんな中で燃やす楽しみを覚えてしまい、これまでの犯行を企ててしまった。
もし大雅が孤独でなければこんなことにはならなかったのではと考えると、一方的に大雅を責めることも悠希にはできなかった。
「悠希!」
また悠希を呼ぶ龍斗の声が聞こえてきた。
悠希は声のした方へ顔を向ける。
ひとまずここから脱出しなければ。
大雅について考え込んでいて気づかなかったがだいぶ休めただろう。
さっきより疲労も少なくなっている。
「よし、行くか」
悠希はまた光の射す方へと走っていった。
※※※※※※※※※※
「ねぇ、龍斗。もうやめなよ。迷惑だよ」
病院内で何度も悠希の名前を叫び続ける龍斗に、茜が呆れたように言った。
「だって、もしかしたら起きるかもしれねぇじゃんか」
龍斗は少しだけ強気で反応を返す。
茜もあくまでも優しく言い返した。
「いくらここが集中治療室で他の棟と離れてるからって、やっぱり礼儀は礼儀だと思うよ」
そう、今茜たちがいて、悠希、早絵、大雅が横たわっている場所は集中治療室。
この病院の設計上、集中治療室は他の棟と離れたところに建っているため多少叫んでも迷惑にはならない。
だが茜はそれでも礼儀は礼儀だと思って龍斗を止めた。
茜に止められて若干不満そうな龍斗だったが、叫ぶのをやめてボソッと言った。
「お弁当、ありがとな」
「あぁ、あれはいいよ。別に対したことじゃないし」
「でも俺たちの分も取ってきてくれたから」
「うん」
茜は笑顔で頷いた。そして、
「お礼を言うのは私の方だよ」
「何でだよ」
龍斗は聞き返す。
「だって、先生たちにも龍斗にも私のわがまま聞いてもらっちゃったんだもん」
「わがままじゃないだろ。俺だって残ってる奴と弁当取りに行く奴って分かれた方がいいかなって思ったし」
「そう?」
「おう」
「そっか」
龍斗の言葉に茜は安心して窓の方を見て一言呟いた。
「良かった」
夕焼けが綺麗なオレンジ色をして輝いていた。
その夕焼けを見ると茜はなぜか大丈夫だと思えた。
何が大丈夫なのかはわからないが、それでも心強い気持ちになれた。
「おーい、起きろよー悠希ー」
今度は叫ばずに普段通りに起こすような感覚で龍斗が言った。
病室で寝ている悠希たちにも夕焼けの光が優しく注ぐ。
「それにしても処置成功して良かった」
茜がそう呟くと、龍斗もそれに笑って応えた。
「そうだな」
※※※※※※※※※※
「ハァ、ハァ、ハァ……」
まだ先の見えない道を悠希は走っていた。
もう龍斗の叫び声は聞こえない。
かわりに「おーい、起きろよー」とのぼけた声が聞こえてくる。
「ったく、何なんだよあいつは」
思わず吹き出してしまうが、諦めずに呼んでくれる龍斗の優しさが素直に嬉しかった。
早く龍斗たちに会いたい。そう思った。
不意に光が鋭くなった。
「うっ!」
目を焼くような光の強さに悠希は思わず目を瞑る。
うっすら映った残像にとても暖かいものを感じた。
しばらくするとようやく光が収まってきた。
これで目を開けられる。
悠希はゆっくりと目を開けた。
※※※※※※※※※※
「悠希!」
二人の声が重なる。
ゆっくりと目を開けると最初は霞んでいた景色が徐々にはっきりと見えてくる。
徐々に、徐々に……。
悠希の目の前に安心したような表情の龍斗と茜がいた。




