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破壊者の涙

 悠希(ゆうき)は不意に目を開けた。

 まだ焦点が合っておらず、目の前は少しくすんでいるようだがそれでも瞬きを繰り返して何とか視界を確保する。

 ゆっくりと身を起こし、辺りを見回す。


(あれ?)


 どこも痛いところがない。

 あれだけ強い爆風に吹き飛ばされたのだから生きていること自体が奇跡に等しいと思っていたのに、身体を動かしたらきっと痛いだろうなと思いながら起こしたのに、身体の痛みが全くないのだ。

 まるで何事もなかったかのような状態に悠希は戸惑った。

 自分の身に何が起こったのかすごく気になった。


「あ、もしかして異世界転生ってやつか? 今流行りの」


 とっさ頭に浮かんだことを口に出してみるが、そんなことが現実で起こるわけがない。

 あれは漫画だけの話だ。


「……そんなわけないか」


 夢物語にすがりつくのはやめた。

 ひとまずここがどこかもわからない状態でどうしようもできない。


「ていうか……ここどこなんだよ」


 爆風で吹き飛ばされたはずなのにどこか学校とは別の場所にいる気がする。

 辺り一面に灰色の霧がかかっている。

 ここがどこなのか確認したくても霧だらけで確認は困難に近い。

 何とも言えない不思議な空間のような場所に悠希はいた。

 異世界転生でもなければあとは……。

 可能性としてあるのはアレだけだった。


「もしかして、夢……とかか?」


 そうだ! 夢だ!

 悠希は自分で言って納得した。

 夢ならばこんな霧だらけの場所にいてもおかしくない。

 悠希の頭が勝手に作り出した妄想の世界だとすればつじつまが合う。


「いててててて……!」


 夢から覚めるために自分の頰を思いっきりつねってみたが、全く効果がなかった。

 ただ悠希が痛い思いをしただけ、骨折り損だった。



「え!? 何でだよ! 覚めないのか?」


 確かに悠希は信じられないほど寝起きが悪い。

 いつも毎朝怒りながら起こしてくれる母親の気持ちが痛いほどわかった。

 最低な息子だった。


(母さん、ごめんな)


「よし、もっと早く起きよう」


 心の中で母親に謝罪の言葉を述べ、早起きを決意した悠希。

 だが決意は固まってもここがどこか一向にわかるはずもない。


「夢だったら早く覚めてくれ! 夢じゃないんだったら……終わりだな。ていうか、誰かいないのか?」


 ずっと同じ場所にいても拉致があかないと思い、悠希はおそるおそる一歩を踏み出した。


 トン。


 地面と同じ感覚だ。これで歩ける。

 悠希はそのまま適当な方向に歩いていった。

 どれだけ方向音痴でも霧がかかっていたら音痴も何もない。

 自分の勘を頼りに進んでいく。

 すると、遠くの方に何やら影がうっすらと見えた。


「誰かいる!」


 悠希は思わず叫ぶ。

 だが遠くにいる影は悠希の声が聞こえていないのか、ピクリとも反応しない。

 悠希はそんなことには気にも留めない。

 こんな所に迷い込んだのは自分だけじゃなかったという喜びで胸がいっぱいになり、思わず涙まで溢れさせながら歩いていく。

 その影に向かって必死に足を進めている頃には、悠希はついさっきまで夢だと確信を持ち、この夢が早く覚めるようにと願っていたことはすっかり忘れていた。

 その影はだんだんと鮮明に見えてきた。

 悠希の胸はさらに高鳴った。


 ※※※※※※※※※※


「おい! ……おい! 悠希!」


 学校のグラウンドで龍斗(りゅうと)は力の限り叫んで、意識がない悠希を起こそうと試みていた。

 実は龍斗と(あかね)が学校に向かっている途中、それもあと数キロで到着すると思われる頃に爆発音が聞こえた。

 そのため二人はここまで急いで駆けてきたのだ。

 二人が見たのは粉々に散らばった窓ガラスの破片と校舎の壁の残骸が至る所に転がっているグランドだった。

 そこで悠希たちを探したところ、やっと今悠希が見つかってこうして起こそうとしているのだ。


 だが、悠希は一向に目を覚まさない。

 爆風で吹き飛ばされた影響で体の至る所怪我をしていて、ひとまず大丈夫とも言い難い状態だ。


「くそっ! 全然起きねぇ!」


「ていうかまず病院に運ばなきゃでしょ! もしくは先生呼んでくるか……」


 悠希を起こし続けてばかりの龍斗に茜が注意をする。


「あ、そっか!」


 龍斗は何かを思い出したかのように、茜の言葉に頷くと急にもたもたし始めた。

 茜はそんな龍斗を横目で見ながらため息をつき、とりあえず救急車を呼ぼうとスカートのポケットからスマホを取り出した。


西尾にしお! きし!」


 その直後に月影(つきかげ)先生の声がして、二人が声のした方を見ると月影先生が走ってこちらに来ていた。

 数メートル先からドタドタと校長先生も走ってくる。

 もう歳なのか、月影先生より走るのは遅い。

 校長先生はやっとの事で月影先生に追いつくと、ハァハァ言いながら文句を言った。


「こ、こら……! 先生は……ハァ、校長の……私を……置いてけぼり……に……して……ハァ、ハァ……全く……」


 何か続きを言おうとしているが、荒い息遣いのせいでうまく話せていない。

 だが月影先生の方は無我夢中で走っていたため、校長先生を置いていってしまったことに気づいていなかった。


「えっ!? そ、そうだったんですか!? 申し訳ありませんでした!」


 急いで頭を深々と下げる。


「まぁいい。……ふぅ、今はそれより早乙女さおとめの処置だ。急いで病院に運ぼう」


「はい!」


 龍斗、茜、月影先生の声が重なる。


「早乙女には私が付き添うから、君たちは古橋ふるはし陰陽寺おんみょうじを探すんだ。きっとまだどこかで倒れているはずだ」


「わかりました!」


 三人は勢いよく返事をしてそれぞれを探して走って行った。

 校長先生は3人を見送り、ポケットからスマホを取り出し、慣れた手つきで電話をかける。


「救急をお願いします。はい、そうです。よろしくお願いします」


 校長先生はそれだけ言うと、通話を切り悠希の横にしゃがみ込んだ。

 校長先生が救急を頼んだ病院は高校のかかりつけの病院だ。

 そのため、現在地を知らせなくても校長先生の声だけで学校に来てくれるという何とも有難いシステムになっていた。


「辛かったよな……。ごめんな……」


 そう言って校長先生は悠希の頭を撫でた。

 撫でた拍子に前髪が持ち上がり、おでこから流れている血が校長先生の手についてしまう。

 それでも構わず撫で続ける。

 この高校の校長である自分が生徒を守れないなんてことがあってはならなかった。

 何もできず、ただ眺めていることしかできなかった自分の不甲斐なさが情けない。

 意識はなくても悠希がなんとか無事でいてくれたことが救いだった。


「ありがとう、早乙女」


 涙が一粒、悠希の頰に落ちた。


 ※※※※※※※※※※


 悠希は影に向かってひたすら走っていた。

 予想以上に影との距離が遠く、未だに追いつけていない。

 それでも悠希は足に力を込めて懸命に走る。

 一刻も早くここから出なければいけない。

 同じように爆風で飛ばされたであろう早絵や大雅のこともずっと気になっていた。

 早く戻って二人の無事を確認したい。


「陰陽寺……?」


 悠希は不意に足を止めた。

 俯いて座り込んでいたのは大雅だった。


「お前もここにいたのか。よかった! 一緒にここから出よう!」


 そう声をかけるが大雅は振り向かない。


「どうしたんだよ、陰陽……」


 大雅の前に回り、顔を見ようと膝を折って腰を下ろした悠希は言葉を失った。

 目の前で座り込んでいる大雅が泣いていたのだ。


「陰陽寺、どうした? 何で泣いてるんだ?」


 心配になりもう一度声をかけてみるが反応はない。

 大雅はまるで目の前の悠希が見えていないかのように泣きじゃくっていた。


「俺が……」


 不意に大雅が言葉を発した。


「俺があんなことしなきゃよかったのに」


 短い言葉を次から次へと独りごちている。


「素直になればよかったのに」


 鼻をじゅるるっとすすって続ける。


「あいつがいなかったらどうなってたか」


(あいつ……?)


「それって誰なんだ? 陰陽寺」


 今度は聞こえるかもしれないと思い、悠希はもう一度だけ声をかけた。

 だが、大雅は何も反応しなかった。

 もしかしたらこれは、幻想なのかもしれない。

 悠希はそう思った。


「ごめん」


 また大雅が呟いた。

 あとから溢れて止まらない涙をボロボロと流しながら、目をつぶってもう一度言った。


「ごめん……早乙女」


 自分の名前が呼ばれたことに悠希は驚きを隠せなかった。

 大雅が自分に謝ってくれた。

 これがたとえ悠希が作り出した妄想、幻想だとしてもいい。

 大雅が申し訳ないと思ってくれているに違いないと思った。


 大雅はそこまで言うと、顔を伏せて膝にうずめた。

 もう二度と言葉を発することなく、ただただ涙で膝を濡らしながらずっと、ずっと、泣き続けていた。

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