覚悟の約束
ブクマ件数17件ありがとうございます!
平均文章評価が3から4に上がっていました!凄く嬉しいです!
「チッ! 痛いな! 何すんだ……って! お前……」
突き飛ばされた大雅は怒ろうとしたが、目の前に立っていて自分を突き飛ばしたのが早絵だとわかると驚きを隠せず目を見開いてしばらく固まった。
「早絵! 怪我大丈夫なのか? 病院で安静にしてないとダメだろ」
悠希は早絵に注意したが、早絵は平気な顔をして笑って流した。
「大丈夫だよ。悠希くんが死ぬより100倍もいいでしょ?」
「そんなことないよ。ここに来たら危ないってわかってて来ただろ」
「うん」
早絵は悪びれる様子もなく頷いた。
「何でお前がここにいるんだよ。死んだんじゃなかったのか!?」
まるで金縛りにでもあったように固まっていた大雅がようやく口を開いた。
大雅の言葉に早絵は笑顔で頷く。
「うん。何とか生きられたよ。病院の先生のおかげでね」
※※※※※※※※※※
「古橋……?」
その頃、月影先生はもぬけの殻となった病室にいた。
あれから走って早絵の病室に向かったのだが、来てみると早絵の姿がなかった。
もうとっくに起床時間は過ぎている。
慌てて腕時計を見ると6時10分をさしていた。
トイレかと思い確認しに向かったが、早絵の姿はなかった。
一体どこにいるのだろう。受付の人に確認してみようか。
先生がそう考えていた時だった。
「あ!」
先生は早絵が寝ていたベッドの上に信じられないものがあるのに気付いた。
そこには早絵の腕に刺さっていたはずの点滴の針がたらんと垂れ下がっていて、針先がベッドの上に置かれていたのだ。
手に取ってみるとかすかに針先に血がついている。
それはつい20分ほど前にニュースを見た早絵が悠希を助けに行こうと無理やり引き抜いたものだった。
だがそんなこととは知らない先生は早絵が針を抜いた理由を懸命に考えていた。
病院内を移動するだけならわざわざ点滴を抜く必要もない。
それにもかかわらず抜いているということは……。
先生はハッと気付いた。
「まさか、病院にいないの!?」
※※※※※※※※※※
「へぇ。それで僕たちが報道されてるのを見て走ってきたってわけか」
大雅は早絵の腕に視線を落とした。
「大事な点滴まで引きちぎって」
「早絵!」
悠希は叫んだ。
突然早絵が来たことで気が動転していて気付かなかったが、大雅に言われて早絵の腕をよく見てみると点滴の針が刺さっていた痕があり、そこからかすかに血が滲んでいた。
「大丈夫」
早絵は急いで傷痕を手で覆う。
そしていたって平気な表情で悠希の言葉を制した。
しかしそれでも悠希は早絵に向かって叫ぶ。
「大丈夫なわけないだろ!」
「大丈夫だよ。こんなちょっとの血だよ? 何にもならないって」
「だからって……。普通の状態だったらそれくらい何ともないかもしれないぞ? でも早絵は怪我してるだろ? 退院許可も出てないくらいだしまだ安静にしておかないとダメなんだよ」
悠希はそこで言葉を切った。その先を言うのが嫌だった。
口に出したくない。
でもそれが自分の思いなら、早絵に伝えなければならない。
「もう二度と、あんな思いはしたくないんだよ」
早絵が刺された満月の日。
初めて早絵のお見舞いに行った日。
夜、ベッドに入ると自然と涙が流れてきた。
怖かった。
出来れば考えたくなかったことが次から次へと浮かんできた。
もしこのまま早絵が意識を取り戻さなかったら死んでしまうのではないか。
最期に死ぬほどくて苦しい思いをしてその生涯を終えることになってしまうのではないか。
そんなことばかりが頭に浮かんで離れなかった。
龍斗や茜の前では平気そうに振る舞ったが、やはり不安でたまらなかった。
そんな思いをようやく言葉にして吐き出した。
うまく言葉にできているかはわからない。
でももう二度とあんな思いはしたくない。
これが悠希の思いだった。
早絵は悠希の声にハッとして、ずっと大雅を見ていた目を悠希に移した。
悠希は座り込んで膝に拳を置いていた。
その拳が震えていた。
最初早絵は悠希が怒りで震えているのかと思ったが違った。
俯いて垂れ下がった悠希の前髪の隙間からポタポタと涙が流れてきたのだ。
悠希は怒って震えているのではない。不安でたまらなくて怖いのだ。
突然、早絵も不安な気持ちになった。
まるで伝染病のように悠希の不安が移った。
不安で怖くてたまらない。
何か、何か言葉を発さないとこの感情を抑えきれない。
「悠希……くん」
早絵は声を絞り出して悠希の名前を呼んだ。
少しだけ安心した。
でも名前を呼ばれた相手はまだ泣いていた。
「なぁ! 何なんだよ古橋! いきなり殴り込んできて! 僕たちの邪魔するな!」
茶番に苛立った大雅は勢いよく立ち上がって言った。
そして今度は早絵に包丁を向ける。
「わざわざここに来たってことは死ぬ覚悟あるんだよね」
不吉な笑みを浮かべて立つ大雅を早絵はじっと見つめた。
死ぬ覚悟。
それがここに来た意味なのかはわからない。
でもあの時は衝動的に悠希を助けたいという思いで飛び出してきた。
実際二人のところに行ってどういう結末が待っているかなど想像もしていなかったが、その衝動が死ぬ覚悟なのだろうか。
もしそうなら早絵にはある。
決意が、死ぬ覚悟がある。
だが、もし自分が死んだら悠希はどう思うだろう。
もう一度振り返って悠希を見る。
悠希はまだ震えていた。
※※※※※※※※※※
「申し訳ありません。そのような方は見てないですね」
病院の受付の女性が言った。
「そ、そうですか……」
月影先生はうなだれた。
その姿を見て女性が声をかける。
「すみません。朝の担当の者だったら知っているかもしれないので聞いてきますね」
「あ、ありがとうございます」
女性の言葉に先生はパッと顔を上げた。
女性は微笑んで少しお待ちください、と告げると奥へと消えていった。
先生は安堵のため息をついた。
これでもし早絵がどこに行ったかがわかれば探しに行ける。
すると、スマホのバイブレーションが鳴った。
急いでスマホをポケットから取り出し、着信を見ると「校長」と表示されていた。
何か進展があったのか。
先生は急いで電話に出た。
「もしもし」
「もしもし、私だ。先生、今病院にいるね」
「はい」
「すぐにテレビをつけてもらってほしい」
「え? わ、わかりました!」
先生はすぐに隅の方へ走ると、机の上に置いてあったリモコンでテレビをつけた。
学校の実況はまだ続いていた。
屋上がアップで映されている。
「え? 古橋!?」
そこに立っているのは昨日まで病院にいたはずの早絵だった。
いつのまに病院を抜け出したのだろうか。
「君がいながら何でこんなことになったんだ? この子はまだ絶対安静だろう」
スマホから校長先生の声が聞こえてきた。
「はい、そうです。すみません。二人のことでいっぱいいっぱいで……」
「とりあえず古橋が学校にいるとわかったんだ。私も向かうから先生も来てくれ」
「わかりました!」
先生は校長先生の言葉に大きく頷くとテレビと電話を切って病院を飛び出した。
「あ、あの……」
受付の女性が出てきて声をかけようとしたが、それには気づかなかった。
※※※※※※※※※※
早絵は屋上で、悠希のさっきの言葉を思い出していた。
もう二度とあんな思いはしたくない、と悠希は言った。
誰かが死ぬかもしれないという恐怖を抱くのが嫌なのだ。
怖くて怖くて眠れなくて、不安で押しつぶされそうだったあの数日間の夜。
早絵には計り知れないほどの不安と悠希は闘っていたに違いない。
なのに、自分が死んだら悠希はまた同じ思いをしなければならなくなる。
止まらない涙が悠希の拳を濡らしていた。
その涙を見て早絵は決意した。
この人が助かるなら、自分はどうなってもいい。
そう思った。
二人で一緒に大雅に殺されるくらいなら、悠希に生きてほしい。
「あるんだよね、死ぬ覚悟」
大雅はもう一度言った。
早絵はその言葉に力強く頷いた。
「うん、あるよ」
「早絵!」
急に腕を掴まれ、早絵が後ろを振り向くと、悠希が目にたくさん涙をためて早絵の方を見ていた。
「お願いだから死なないでくれ! もう嫌なんだ!」
悠希は涙ながらに訴えた。
その涙の意味が、早絵には痛いほど伝わってきた。
悠希が誰かに死なれるのを恐れているように、早絵も自分が死んだ後相手に辛い思いをさせてしまうのを恐れている。
その気持ちは悠希と同じだった。
でも今は、そんな気持ちよりも悠希を守りたいという決意の方が勝っていた。
「おおおー!」
突然どよめきが聞こえてきた。
三人が下を見ると、早絵の決意を聞いた報道陣たちがまたカメラを回していた。
「チッ! またかお前ら! やめろって言っただろ!」
大雅が叫ぶが、報道陣はそれを無視してカメラを向け続ける。
フラッシュがたたかれていて目がチカチカした。
これは大雅の計算外だった。
誰がマスコミに通報したのかわからないが、もうここでは限界だ。
「おい! 場所を変えるぞ!」
悠希と早絵にそう告げると、大雅は足早に校内へ入っていった。
「悠希くん。大丈夫?」
早絵はうずくまって泣いている悠希に声をかけた。
「ああ。悪い」
悠希は鼻をすすりながら涙をぬぐい、立ち上がった。
「絶対、自分の命は無駄にするなよ」
「うん」
「約束だ」
こうして二人は大雅の後を追って校内へと姿を消した。
ご一読くださりありがとうございました!
最新話の下にある評価ボタンを押してくださると嬉しいです!
率直な意見で構いません。一点でもPVが増えるとやる気に繋がります。
今後ともよろしくお願いします!




