友を救うために
「早乙女! 陰陽寺!」
テレビに二人の姿が映った瞬間、先生は思わず叫んだ。
「静かにしなさい! 君がいるのは病院だろう!」
校長先生の声に諭され、月影先生は口をつぐむ。
「す、すみません」
「まぁ、それはともかく。実は我々もさっきこのニュースを知ったばかりなんだ。具体的な解決策も見いだせていない」
「私もすぐにそちらに向かいます!」
先生は思わず椅子から立ち上がった。
「ダメだ」
だが、校長先生はきっぱりと否定した。
「どうしてですか!?」
月影先生の声がまた大きくなってしまう。
「だから静かにしなさいと言っているだろう!」
また校長先生から怒りの言葉が飛んだ。
月影先生は、自分の声が大きくなってしまったことにようやく気付き、我に返ったように椅子に腰をかけ直した。
「す、すみません」
「それに君には古橋の付き添いを命じているはずだ。ここに来るということはその命令に背くことも意味するがどうなさるおつもりかな?」
「で、でも、古橋なら今は寝ています! 起床時間は大体六時くらいですし、まだ間に合います!」
「ふむ……」
そこで校長先生が静かになった。
「あと30分……か」
また声がした。
どうやら時計を見て時間を確認していたようだ。
校長先生に言われて先生も壁に掛けてある時計を見上げる。
時計の針は五時半を指していた。
「30分だけでもそちらに行かせてもらえないんですか?」
月影先生は校長先生に尋ねた。
電話越しに校長先生の深いため息が聞こえてきた。
そのため息はどういう意味を持っているのだろうか。
月影先生は息を飲んで校長先生の答えを待った。
※※※※※※※※※※
「なぁ、早乙女もう疲れただろ? 大人しく僕の手にかかれば楽になれるんだぞ」
同じ頃、屋上では必死に逃げる悠希を追って、大雅が声をかけていた。
「誰が大人しく死ぬもんか」
悠希は依然として大雅の包丁から逃げ回っていた。
精一杯逃げてはいるが、大雅がドアの前をうろついているためになかなか校内に入ることができない。
構わず正面突破もできないこともないが、そうすれば一発で刺される。
包丁を持った相手に自分から向かっていくようなものだからだ。
(くそっ、どうしたら……)
悠希は懸命に頭をフル回転させた。
ここで死ぬわけにはいかない。
(こうなったら飛び降りるしか……)
ゆっくりと下を見下ろす。
(ん?)
そこで悠希は信じられないものを見た。
なんと下にはカメラを構えたたくさんの報道陣がいたのだ。
(報道陣!? 何で……)
誰かが通報したのだろうか。
でもだとしたらなぜ?
この状況を知っているのは悠希と大雅しかいない。
もちろん先生達には学校に残ることは伝えていない。
龍斗や茜にも言わないようにお願いしていた。
(ん? もしかしてあいつらか!?)
この状況を知っているのは悠希と大雅だけではなかった。
龍斗と茜も、悠希が学校に残ったことを知っていた。
いくら待っても帰ってこない悠希を心配して、あの二人が警察に通報してくれたのだろうか。
よく見ると、報道陣の群れから離れた場所に何台かパトカーも止まっている。
(警察沙汰になっちまったのか……)
悠希がパトカーや報道陣のカメラから目を離せないでいると、急に大雅の声がした。
「よそ見するな!」
声と同時に包丁を振り上げられ、悠希は身体をのけぞってすんでのところでかわした。
だが一振りだけでは終わらなかった。
悠希が避けることも計算に入れていたのか、大雅は続けざまに包丁を振り回す。
悠希は飛びのいて回避した……ように思えた。
「うっ!」
急に悠希の胸辺りを激痛が走る。
胸を押さえながら見下ろした悠希は血の気が引いていくのを感じた。
避けきれたと思っていた包丁はかすかに当たっていて、横に切られた跡から血が溢れていたのだ。
悠希は本気で死を覚悟した。
大雅は決して遊び半分でこんなことをしているのではない。
本当に悠希を殺すためにこんなことをしているのだ。
痛みに耐えきれず、悠希はしゃがみこんでしまった。
※※※※※※※※※※
病室で寝ていた早絵はふっと目を開けた。
外が明るい。
カーテンが開かれていて、朝日が病室を照らしている。
枕の近くに置いている目覚まし時計で時間を確かめると、5時45分と表示されていた。
起床時間よりもだいぶ早く起きてしまった。
身体を起こすと、昨日まで横にいた月影先生の姿がなかった。
「先生……?」
何かあったのだろうか。
不思議と嫌な予感が早絵の胸の中で渦巻いている。
早絵はゆっくりとベッドから降りた。
「うっ!」
突如、急激な痛みが早絵を襲った。
まだあの時大雅に刺された傷がズキズキと痛む。
お腹を押さえて痛みをこらえ、早絵は壁をつたって病室を出た。
左右を見渡すと、奥の隅の方のテレビの近くに月影先生がいた。
(先生、いたんだ)
早絵は一安心した。
先生の姿を見た安心感からか徐々に痛みも引いていく。
「大丈夫ですか?」
お腹を押さえながら歩いている早絵を見て受付の女性が不安そうに声をかけた。
「あ、はい。大丈夫です。ありがとうございます」
早絵は笑顔で会釈をし、先生がいる方へ足を進めていった。
かすかに声が聞き取れる程度で詳しいことはわからない。
何か話をしているのだろうか。
とりあえず挨拶だけでもしておこうと思い、早絵が月影先生の方に近づいていくと、何やらニュース番組がやっていた。
(こんな時間に、先生ニュースなんて見るんだ)
早絵は感心して、自分も一緒に見ようと思い、テレビ番組を覗いた。
(……え?)
だが、早絵の目に飛び込んできたのは、自分が通っている学校の玄関に群れている報道陣の姿と、屋上にいる二人の姿だった。
(悠希くんと陰陽寺くん!?)
早絵は驚きを隠せなかった。
なぜこんな時間に二人が学校にいるのか。
(そういえば、点呼の時に悠希くんと陰陽寺くんだけいなかったって先生が言ってたっけ。まさかこのこと?)
しかもテレビに映っている二人は激しく動いている。
悠希は懸命に大雅から逃げようとしていて、大雅がそれを笑みを浮かべながら追っている。
その大雅の手に握られている「ある物」に早絵は衝撃を受けた。
(包丁!? なんで陰陽寺くんが包丁なんて持ってるの!?)
大雅が包丁を持っている姿……。
前にも見たことがある。
振り返りざまに大雅に刺されたあの日。
満面の笑みと光る刃先が早絵の脳裏をよぎった。
あの時と同じように悠希のことも殺すつもりなのだろうか。
だが悠希が殺される理由などないはずだ。
でもこのまま何もしないでいれば、確実に悠希は刺される。
(助けに行かなきゃ……!)
すぐ目の前にいる先生は、電話の相手と真剣な顔で話している。
とても話しかけられる状況じゃないことを察した早絵は、一人で病院を抜け出して学校へ向かった。
(悠希くん、陰陽寺くん、二人とも死なないで……!)
傷の痛みなどを気にしている余裕はなかった。
※※※※※※※※※※
一方、病院内では早絵が出ていったことなど知るわけもない月影先生が校長先生の答えを待っていた。
「いや、やっぱりダメだ」
「そんな……」
校長先生の答えは変わらなかった。
月影先生は予想していなかった答えに絶望した。
30分もあれば余裕で病院と公民館を往復できる時間だってある。
それなのに、なぜダメなのだろう。
「どうしてダメなんですか? 私はあの子達の担任です! 担任の私が何もしないなんてあり得ません!」
「いい加減にしろ」
校長先生は厳しい言葉を穏やかな口調で言った。
「あの子達の担任だからこそ、君には彼らを守るという責任がある」
「責任……ですか?」
「ああ、そうだ。君は今どこにいる?」
「病院です」
「何のために病院にいるんだ?」
「古橋の付き添いのため……です」
「ほら、守るべき人間がいるじゃないか」
電話越しの校長先生の表情が緩んだ気がした。
守るべき人間。
今、月影先生自身が守る責任のある人間。
「古橋……」
先生はゆっくりと呟いた。
次の瞬間、テレビからどよめきが聞こえてきた。
先生がテレビの方に目を移すと、屋上の様子がアップで映し出されていた。
包丁を振り回している大雅とその奥でうずくまっている悠希の姿があった。
電話越しに教師達のざわめきも聞こえる。
「早乙女!」
月影先生は思わず叫んだ。
と同時に画面に表示されているデジタル時計の数字が目に入った。
6:05
早絵の起床時間を過ぎていた。
病室にいなければ早絵が不安に感じてしまう。
先生は電話越しの校長先生に叫んだ。
「すみません! 校長! 古橋の起床時間なので古橋を見てきます!」
「ああ、わかった! くれぐれも古橋をしっかり守るんだぞ」
「はい!」
返事するやいなや、先生は電話を切るボタンを押して早絵のいる病室へと走っていった。
早絵が学校に向かっていて、もう病室にはいないということも知らずに。
読んでいただきありがとうございました!
次回、あの現場に早絵が現れます!
どのように発展していくのか、ハラハラドキドキしながら読んで頂けると嬉しいです!
今回の屋上でのシーンはなるべく情景が浮かびやすいように頑張ったつもりです!伝わっているといいな。
引き続き、感想、評価、レビューなどもよろしくお願いします!これからが書く意欲、励ましになります!
次回もお楽しみに!




