紅の学び舎
「ハァ、ハァ、ハァ、ハァ……」
悠希は荒い息遣いをしながら懸命に廊下を突っ走っていた。
不思議とさっきまでの頭痛や体の動かしにくさは感じない。
ただ大雅を助けたい、その一心だった。
爆弾で崩れた天井の瓦礫はまだ残っていてあちらこちらに散乱している。
足の踏み場を取るのが難しいくらいだ。
それでも何とか瓦礫を飛び越えて悠希は教室の方へと進んでいく。
角を曲がったところで悠希は思わず立ち止まり、呆然となった。
そこには赤々と燃え広がった炎が廊下を塞いでいた。
「何だよこれ……! 教室に行けない……!」
この学校は木造校舎のため、火が燃え移るのが圧倒的に早い。
それに木だからこそ燃えやすいのだ。
これでもかというほどの火花がバチバチと大きな音を立てて飛び散っていた。
普通ならここまで大きな音がしていると一発で気がつくものだが、崩れ落ちた天井の瓦礫を飛び越えるのに精一杯でなかなか周りの音を聞くまでの余裕がなかった。
「マズイな……どうしたら……」
いくら大雅のために必死でたどり着いたとはいえ、この炎も大雅のために振り切れなんて無理な話だ。
悠希がハッと天井の方を見ると、炎の先が当たっていて少しずつ燃え移っていた。
「ヤバイ……まさかここも崩れたりしないよな……」
そう口には出したものの、現実はそう甘くない。
きっと炎が完全に燃え移って数分足らずでここの天井も崩れてくるだろう。
ひとまず大雅が生きているかを確認したい。
そう思った悠希は唾を飲み込み、ありったけの空気を吸って叫んだ。
「陰陽寺ー! 聞こえるかぁ! 俺だ! 早乙女だー! 聞こえたら返事してくれー!」
最後の方の声がかすれてしまった。
火花の音でわかりにくいが、教室はすぐそこだ。
少しでも聞こえているだろう。
悠希は大雅が返事を返してくれることを期待して耳をすませた。
だが、いくら待っても声は聞こえてこない。
バチバチと散っている火花の音がうるさいくらいに響いているだけだ。
「陰陽寺……まさか本当に死んだわけじゃないよな……」
悠希は不安になった。
炎が燃えている廊下から先には行けないため教室の状態はわからないが、少なくとも廊下で炎が燃えていることから考えて、その場に爆弾を落としたわけではないはずだ。
いや、そう信じたい。
だがこのままではこうやって考えを巡らせることしかできない。
悠希が消防士の服を着ていれば少しは炎の中を走って教室にたどり着ける可能性もあっただろうが、さすがに都合よく側に消防服があった、とか、天から消防服が降ってきた、なんて奇跡が起こるはずがない。
まだ大雅の声は聞こえてこない。
「陰陽寺ーーーーー!!!」
さっきよりも空気を胸いっぱいに吸い込んで精一杯の大声で叫んだ。
この声が、少しでも大雅に届けば……。
願いを込めて悠希は叫んだ。
メラメラ、バチバチ。
悠希は絶望的な気持ちになった。
耳をすませても沈黙が続き、その沈黙を打ち破るかのように、飛び散っている火花の音が少しずつ鼓膜を振動させて耳に届いてくるだけだ。
「おい、嘘だろ……?」
もうこうなったら死を覚悟してこの燃え盛る炎の中に飛び込んでいくしかないのか。
確かに服は燃えるだろうが、それを吹っ切ってすぐに教室の中に入れば、免れはしないだろうか。
(よし、こうなったら、行くしかない!)
悠希が覚悟を決めて、炎を見つめていた時だった。
ボーーーー!
頭上から唐突に音がした。
悠希が急いで上を向くと、天井一帯がメラメラと燃えていて、炎が凄まじい勢いで広がっていた。
「マズイ……もしかして崩れるのか……」
逃げないと。悠希はそう考えた。だが、遅かった。
悠希が逃げようと足を動かすより早く、ひび割れた天井が瓦礫となってバラバラに降ってきたのだ。
(もうダメだ……押しつぶされる……!)
悠希が瓦礫の下敷きになったら今度こそ大雅を助けに行ける可能性はゼロだ。
(すまない、陰陽寺……!)
悠希は顔を手で覆って、瓦礫が自分の上にのしかかってくるのに備えた。
ガッ!
顔の前で覆っていた悠希の左手が顔から外され、何かに掴まれる。
それと同時に身体が大きく左に傾く。
「うわっ!」
思わず声をあげた悠希だが、そのまま何かに引っ張られて下駄箱の前に倒れこんだ。
ガラガラガラ……ドン!!!
少し遠くで天井の瓦礫が崩れ落ちる音がする。
「痛っ…」
倒れこんだ拍子に身体全体を床に打ち付けてしまい、そのせいで身体中の至る所からじわじわと痛みがやってくる。
それでも何とか上体を起こした悠希の目に、崩れ落ちた瓦礫の山が飛び込んできた。
(……!!!!)
悠希は思わず言葉を失ってしまった。
あんなものの下敷きになったら即死だ。
考えただけでも身震いがする。
「ん?」
悠希はそこで疑問に思った。
(何で俺、生きてるんだ?)
一瞬のことでまだ自分の状況が掴めない。
(あ、そういえば……!)
悠希は思い出した。
倒れてくる瓦礫に身構えていたら、何かに手を引っ張られて気付いたらここに倒れていたのだ。
「馬鹿」
悠希のすぐ後ろで声がした。
(え?)
驚いた悠希が後ろを振り返ると、なんと……。
(え!?)
そこには大雅が立っていた。
(え!? ……え!?)
悠希は混乱で頭がいっぱいだった。
なぜかここに大雅がいる。
教室にいるわけではなかったのか?
(どういう事だ……?)
悠希はまだ混乱してぐるぐるしている頭をさらに回転させて、今の状況を把握しようとした。
「誰が教室にいるって言ったんだよ、全く」
呆れた表情で大雅がため息をつく。
「お前、教室にいたんじゃなかったのか?」
悠希は驚いて体勢を整えながら尋ねた。
大雅は怪訝そうな表情で眉をひそめて言う。
「何でだよ。邪魔者がいなくなったからずっと燃やしてまわってた。それで思入れのある教室を最後に爆破しただけだ」
「お、おう……」
悠希は思わず頷いてしまう。
「でも待て。お前、心中するって言ってたよな」
「勿論だ」
「じゃあ、何で」
「誰がこんな中途半端に壊した学校の中で死ぬんだよ。ちゃんと全部ぶっ壊してからに決まってるだろ」
(こ、こいつ、やっぱり心変わりしたわけじゃなかった……)
大雅のことを勘違いしていた自分を悔しく思いながらも、悠希は一安心した。
「ありがとな。助けてくれて。それにお前が生きていてくれて本当に良かった」
悠希は今の素直な気持ちをそのまま伝えた。
大雅をまっすぐ見つめて微笑みかける。
なぜかとても清々しい気持ちだった。
「は? 意味わかんないんだけど」
大雅はわけがわからないと言うふうにため息を漏らしていたが。
これでハッピーエンド! と都合よく事が収まるわけがない。
大雅は怪訝そうな表情を一瞬で無表情に変えて、そこから眉を釣り上げて怒ったような表情をした。
(ん?)
悠希は少し嫌な予感がした。
あまりにも清々しい爽やかな気分になっていたため、爆風で吹っ飛ばされる前に何があったかをど忘れしていたのだ。
「勘違いしてるのかもしれないけど、僕はお前を助けようと思ってあそこから引きずったんじゃない」
大雅は悠希にひどい憎しみを抱いていたのだ。
憎んでいる相手を理由もなく助ける人間はおそらくいないだろう。
何かしら深〜い理由が……。
「僕がお前を助けたのは、お前を殺すためだ!」
大雅はそう叫ぶやいなや、ズボンのポケットから包丁を取り出して悠希の方へ向けた。
鋭い刃先が炎の光に照らされて眩しく光りを放っている。
「全部僕の計算通りだ。お前はちゃんとここに来てくれた」
大雅が急に笑顔になった。
コロコロと変わる大雅の態度に悠希は少し寒気を覚えながら、体勢を低くして身構える。
「全部、俺を誘き出すための罠だったのか!?」
「うん、そうだよ」
大雅は悠希の言葉に平然と頷く。
悠希は信じられない気持ちだった。
いや、今までは大雅がこう言う人間だということは重々わかっていた。
だが大雅が命を捨てようとしていると思い、大雅を助けるのに必死で、なおかつ大雅が自分のことを助けてくれたことで、大雅に対する気持ちが変わっていたのだ。
「覚悟しろ! 早乙女!」
悠希が何か言葉を発する間も与えず、大雅は叫びながら包丁を向けて突進してきた。
(逃げないと殺される!)
悠希はすんでのところで包丁をかわし、その勢いで全速力で階段を駆け上がっていく。
だが続く廊下は炎で覆われていて進むことができない。
「無駄だよ。全部燃やしてるもん」
大雅の声がした。
(追ってくる!)
悠希は諦めて、また階段を駆け上がった。
だが三階の廊下も炎が燃え広がっていた。
「だから燃やしてるって言ってるだろ」
大雅が笑いながら、ゆっくりと階段を上ってきている。
「くそっ!」
悠希は追いつかれまいと急いで四階へと駆け上がる。
だが当然四階にも火の手が上がっていた。
「そこもダメ」
悠希は階段を上ろうとしてハッと立ち止まった。
この階段を上れば、屋上に行ける。
だがそこからはもう逃げ場がない。
かと言って、ここで立ち止まっていても追いつかれればいずれ刺される。
(逃げれるだけ逃げよう)
悠希はそう考えて屋上へと続く階段を駆け上がっていった。
大雅は笑いながら包丁を片手に、悠希を追って階段をゆっくりと上っていた。
90pt、ブクマ件数13件!ありがとうございます!
拙い文章でストーリーも面白いのかわからないままとにかく完結を目指して1話1話心火を燃やして書いています!
終盤はどんでん返しな展開になっていましたでしょうか?
まだまだ破壊者との戦いは続きます!
これからも楽しみにしてくださっていると嬉しいです。
引き続き、少しでも良かったと思っていただけたら感想やレビュー、評価もお待ちしております!
皆様からの感想、レビュー、評価が書く意欲になっています!
これからもよろしくお願いします!
次回もお楽しみに!




