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あの日の微笑みがないままで

75pt達成しました!ありがとうございます!

「なぁやっぱりおかしいだろ! あいつ全然帰って来ねぇよ!」


 狭い公民館で龍斗りゅうとが苛立って言った。

 狭いと感じるのは生徒があまりにも密集しているからかもしれないが。

 一瞬だけ大広間に静寂が訪れるが何事もなかったかのような会話ですぐに打ち破られる。

 龍斗は床をバン! と力強く叩いて明らかに怒っていた。


「ちょっと龍斗……」


「何だよ!」


 止めようとしたあかねの言葉を遮り、龍斗は怒りをむき出しにする。

 龍斗に怒鳴られた茜はビクッと肩を縮めて俯いた。


「ごめん……」


 龍斗はそんな茜をしばらく見つめた後、髪の毛を乱暴に掻きむしった。


「やっぱりあの時、俺達が先に逃げたからだ……くそっ!」


 龍斗は過去の自分の行動に腹が立っているのか、何度も何度も床を拳で力強く叩いている。

 それとも帰ってくると言ったにもかかわらず、いつまでも帰ってこない悠希ゆうきに腹が立っているのだろうか。


「交渉に時間かかってるだけかもしれないし……」


 茜は怒っている龍斗に怯えながら言った。


 茜の言葉を聞いて龍斗は少し黙った。

 俯いていて顔はよく見えないが、一瞬だけ目が潤んだ気がした。


(もしかして、泣いちまったのか……?)


 悠希が帰ってこない不安と焦りを知らず知らずの間に周りにぶつけてしまっていた。

 その事にようやく気付いたのだ。

 龍斗は決まりが悪そうに茜から目をそらしながら頰をポリポリと搔いて小さい声で言った。


「悪い。ちょっと焦りすぎた」


 龍斗の突然の謝罪に、茜は少し驚いたが懸命に首を振った。


「ううん、大丈夫。不安とかあるのはみんな一緒だし。龍斗だけが悪いんじゃない」


「……ありがとな」


 そう言う龍斗の顔が徐々に赤くなっていく。


「ヒューヒュー! 青春だねー」


「は!?」


 龍斗の隣に座っていた男子に冷やかされ、思わず茜の顔も赤くなってしまう。

 龍斗に至っては耳まで赤くなる始末だ。


「そんなんじゃねぇよ! 別に……」


 龍斗は照れながら茜をちらりと見た。

 茜も顔を真っ赤にして変な汗をかいていた。

 隣の仲がいい女子に「え? 本当なの?」と聞かれて慌てて否定している。

 周りに龍斗との関係を聞かれるたびに茜の顔の赤みがどんどん増しているように見える。


(熱中症になるかもしれねぇレベルだな……)


 でもそんなところが可愛い。

 悠希のことは絶えず心配しているが、茜が熱中症にならないかも心配になり、心配事が増えた龍斗は一人で苦笑していた。


「ねぇ」


 茜が龍斗の肘を小突く。

 龍斗が茜の方を見下ろすと、茜は顔を真っ赤にしたまま消え入りそうな声で言った。


「本気でそんなんじゃないよね、私たち」

「……!」


 龍斗は予想以上の質問に戸惑い、何と返事をすれば良いかわからなくなった。


「まぁ、ないんじゃねぇの?」


 龍斗まで変な汗が吹き出てしまう。


(ったく……茜のせいで俺まで照れてるみたいになっちまったじゃねぇか……)


 茜のことを少々恨みながら、龍斗は合宿オリエンテーションの時の悠希との会話を思い出していた。


 ※※※※※※※※※※


 学校以外の宿に宿泊といえば必ずと言っても過言ではないほど夜は恋バナの話になる。

 当然ながら悠希と龍斗の部屋でもその話になったのだが、そこで龍斗は悠希にこんなことを聞かれたのだった。


『なぁ、龍斗』


『ん〜?』


 うつ伏せの状態から身体を動かそうと仰向けに体勢を変えながら龍斗は反応を返す。


『お前って好きな奴とかいるの?』


『は、は!? 何言ってんだよ!』


 仰向けの状態から飛び跳ねるように身を起こし、龍斗は思わず叫んでしまう。


『あ、ごめん。別に特に意味はなかったんだけど。そんなに怒られたら逆に気になるけどな〜』


 悠希が白い歯を見せてにしっと笑う。

 まるで龍斗をからかっているようだ。

 いや絶対にからかっている。


『別に……いることもないわけでもねぇけどそんな気がしなくもない』


『いや、どっちなんだよ。わかりにくいな』


 悠希は思わず吹き出していた。

 他人事だと思って軽い気持ちでポンポン言いやがって……。

 龍斗は笑っている悠希を歯ぎしりをしながら睨みつける。


『……いるって言ったら、どうなるんだよ……』


 試しに聞いてみた。

 顔が火照っているのか急に暑くなってくるのを感じる。

 幼馴染の前でこんな醜態は晒したくなかったが、せっかくの恋バナタイムだ。

 龍斗の気持ちは悠希になら好きな人を教えてもいいのではという気持ちに変わっていた。


 やっと本音を言ってくれそうな龍斗を見て悠希は安心したように微笑む。


『別にどうもしないけどさ、ちょっと気になっただけだよ。お前って好きな奴いるのかな〜って』


『……絶対誰にも言うなよ?』


『おう』


『絶対だぞ?』


『分かってるって』


『もし言いふらしたら絶好だぞ。特に茜とか……』


 そこまで言って龍斗はハッとなった。

「好きな人」の名前を言ってしまった……!

 悠希は気付いているのだろうか。

 龍斗は氷のようにその場に固まった。


『ん? どうした?』


 固まっている龍斗を見て悠希が尋ねる。

 どうやら気づかれていなかったようだ。

 龍斗は胸をなでおろし、口を開こうとした。


『にしてもお前って茜が好きなんだな』


『………!!!」


 龍斗の顔が一瞬で真っ赤になった。

 顔から湯気が吹き出てしまう。


『ん?』


 悠希はなおも不思議がっている。


(自覚ねぇのかよ! 今お前とんでもねぇこと言ったんだぞ!? しかもサラッと!!)


 龍斗は頭の中が真っ白になった。

 と同時にどこまでも鈍感な悠希に少し呆れる。

 龍斗の脳内を占めている10%がそれ。

 後の90%は以下。


 バレていた。

 完全に聞こえていた。

 何事もなかったかのように心配していた様子からはとても考えられなかったが……。

 ちゃんと聞いていたのだ。

 茜を好きだと……。

 どうしよう、絶対からかわれてバカにされて本人の前でバラされるんだ……!


(よし! もうこうなったら堂々としてやる! 何言われたって構うもんか! さぁ来い!)


 龍斗は密かに身構える。

 悠希をじっと見つめるが、悠希は龍斗の方ではなくただひたすら前を見てボーッとしていた。

 からかってこない……。

 悠希は他の奴と違うみたいだな…。

 龍斗はそう思った。


『か、からかったりしねぇんだな……』


 顔を真っ赤にしながら龍斗はボソッと呟く。

 とても悠希の顔なんて直視できない。


『おう。別に。何となくそうだろうなって思ってたしな』

『……!!!!!!』


 最後の言葉が聞こえてバレてしまったのではなく、最初から勘付かれていた!

 高二からは本格的に受験勉強を開始しなければならない。

 龍斗は告白するなら高一の間だと腹をくくっていた。

 今まで告白なんてしたこともないし、第一ドラマや漫画の告白シーンを真似しようと思ってもうまくできる気がしない。

 告白する時は悠希に打ち明けて一緒に告白の言葉を考えてもらおうと思っていたのに……。


『安心しろ。本人には言わないからさ』


『お、おう、サンキューな』


 まだ顔の火照りが続いている。


『はい。やるよ』


 声がして龍斗が悠希の方を振り向くと、悠希が保冷剤を差し出していた。


『お、おう……サンキュ』


 龍斗は素直に両手で受け取る。


『冷てっ!』


 ジーンと指中に広がる何とも言えない冷たさに、龍斗は思わず保冷剤を投げ出しそうになってしまう。

 急いでおでこに当てて少しでも顔の火照りを無くそうと試みる。

 悠希はそんな龍斗を見て安心したように笑みを浮かべていた。


 ※※※※※※※※※※


(そうだ。あいつ大丈夫か?)


 悠希の微笑みを思い出して龍斗は悠希の身が心配になった。

 時計を見ると針は午前六時を指していた。


(もう2時間も経ってるのか……)


 爆発が起こったのが放課後終礼が終わって少し経った4時ごろだった気がする。

 辺りもすっかり暗くなっている。

 するとそこへ、丸々太った熊のような生徒指導部の先生、通称「熊先生」が入ってきた。

 大広間は一瞬のうちに静寂に包まれる。


「えー、今先生たちで話し合ってみんなを一人一人家に返すことに決めました。もしまた万が一学校で爆発が起こっても被害に遭わないように、学校から離れたルートを探しています。家が近い人から送ろうと思っているので担任の先生方は生徒名簿の住所を確認して生徒を送ってください。生徒の皆さんはしばらく待機しているように!」


 熊先生のテキパキとした指示の声が響く。

 それを合図に名簿を片手に持った各担任の先生たちがそれぞれのクラスの方へ赴き、順番に名前を呼んでいく。

 生徒たちは歓声をあげて喜んだ。


「やっと帰れるぞ!」


「もうどうなることかと思ったね」


 さっきから大広間にいなかった先生たちはずっと生徒一人一人の家と公民館の距離を考えてどうやったら学校の近くを通らずに家に送ることができるか考えてくれていたのだ。


(悠希……間に合うのか……?)


 龍斗が心の中で悠希に問いかける横で茜は両手を握って必死に祈っている。

 そんな二人をよそに、次々と各学年、各クラスの生徒が先生に連れられて大広間を出て行く。

 その広間の窓から見える月は鋭く眩しい光を放っていた。

 まるで、あの日の三日月のように。

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