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大雅と早絵

 突如転校生として、悠希(ゆうき)たちのクラスの一員になった男子高校生・陰陽寺(おんみょうじ)大雅たいが


 転校初日やその翌日など、クラスの生徒たちは彼に興味津々だった。

 どこの中学校だったのか、好きな食べ物は何なのか、モテていたのかなど質問を連発していた。

 そのため大雅の席の周りにはいつも人だかりができていて、大雅本人が見えなくなる始末だった。


 人だかりを避けるように悠希が龍斗(りゅうと)達の所へ向かうのも日常茶飯事だった。


 転校初日の昼休み。そんな状態から逃げてきた悠希に、龍斗が言った。


「あいつ、すげぇ人気だな」


「そうだな。おかげで俺は迷惑被ってるんだけど」


「まぁまぁ良いじゃねぇか」


「良くねぇよ!」


 悠希はすかさずつっこんだ。人だかりができる席の前なんて皆、悠希を邪魔に感じている様子が見て取れて、昼食中などはいささか気まずい思いをしたのだから。


「皆、ホント興味津々だよねー。そこまであの人面白いかなぁ」


 昼食を食べ終えて眠そうな(あかね)が、頬杖をついてのんびりと呟く。


 面白い、面白くないの問題ではないだろうと悠希は思いつつ、龍斗たちと一緒に大雅の周りの人だかりを眺めていた。


 ※※※※※※※※※※※※※※


 ところが、そんな時も長くは続かなかった。


 元々静かでクールな大雅は、誰に何と言われても首を動かすことしかしない。その上うんざりするほど質問攻めにされて、大雅も迷惑だと感じたのだろう。


 クラスメイトの質問に反応することなく、休み時間は常に窓を眺めたり席を外してトイレに行ったり、クラスメイトを避けるような行動をするようになった。


 そのため、ほんの数日後には大雅の周りの人だかりはなく、大雅が一人だけポツンと浮いた状態になってしまった。


 そんな日が何日か続いたある日。


 悠希たちはいつものように茜の席に集まって、世間話をしていた。


 すると、不意に龍斗が大雅の方を見て言った。


「そういえば、あいつの席なんか静かになったな」


「そうだね。前はみんなに囲まれてたのに」


 龍斗の言葉に早絵(さえ)が少し心配げに言う。悠希も茜も、大雅の方をじっと見つめた。


 大雅は頬杖をついて、ぼんやりと窓の外を眺めている。窓から吹き抜ける風が、かすかに彼の髪を揺らしていた。


 だが、窓の外を見つめる大雅のその横顔が、少し寂しそうに悠希には思えた。


「俺、ちょっと話してみる」


 悠希は大雅の方に向かった。自分の席に腰掛け、しばらく大雅を見つめてみる。


 悠希の視線に気づいたのか、大雅がこちらを向いた。


「何」


「いや、別に」


 咄嗟に適当な理由も思い付かず、悠希はそうとしか答えられなかった。


「だったら見ないでくれる」


 ぶっきらぼうに言い放つ大雅に負けず、悠希はこう提案した。


「良いじゃんか。あ、そうだ。何か喋ろうぜ」


「嫌だ」


「え……」


 しかしその提案も即座に却下されてしまい、悠希はその場に立ち尽くした。


「同情に来たんだったら消えて。一人の時間の邪魔」


 冷たく大雅にそう言い放たれ、悠希は仕方なく離れるしかなかった。


「お、おう、わかった。ごめん」


 すごすごと龍斗たちの所へ悠希は戻る。


「おい、何言われたんだ?」


 龍斗が尋ねた。


「同情に来たんだったら消えろって。全く、俺がせっかく心配してやったのに」


「上から目線になってんぞー。まぁ仕方ないんじゃねぇの? あいつ、人と関わるの嫌いそうだし」


「これでも一応月影先生に頼まれてるんだからな。そう簡単に無視できないんだよ」


 悠希は頭を抱えたい気持ちになった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 実は大雅が転校してきた日の放課後、悠希は月影先生に呼び出されていたのだ。


「急に呼び出してごめんね」


「いえ、大丈夫です。それでご用件は?」


 先生からの謝罪に首を振り、悠希は用件を尋ねた。


「陰陽寺のことで早乙女に頼みたいことがあるんだけど」


「何でしょうか」


「せっかく陰陽寺と席が前後になったことだし、早乙女に陰陽寺のお世話係、とまでは言わないけど、少しでも陰陽寺のことを気にかけてあげてほしいの」


 悠希は強いプレッシャーを感じた。


(もし引き受けなかったら先生が悲しむよな)


 そう思いながらも、悠希の心の中にはある不安があった。


「でも、俺に務まりますかね、そんな重要な役割。早絵とかの方がよっぽど合ってると思うんですが……」


 悠希の言葉に、月影先生は優しく微笑んで首を振った。


「ううん、そんなことないわよ。確かに古橋もとても頼りになるわ。でも異性同士だとお互い気を使わないといけなくなっちゃうでしょ?」


 たしかに月影先生の言う通りだった。悠希が断ったせいで早絵に余計な負担を負わせたくない。


「わかりました。俺、やります」


 悠希のその言葉を聞くと、月影先生の顔がぱあっと輝いた。月影先生は、まるで無邪気な子供のような笑顔で、


「ありがとう! 早乙女! 助かるわ」


 先生の笑顔を見て、悠希も嬉しい気持ちになった。


「では、これで失礼します」


「うん。本当にありがとう、早乙女」


 月影先生は明るい笑顔でお礼を言った。


 その笑顔に少しばかり満足感を抱きながら、悠希はぺこりとお辞儀をして職員室を後にしたのだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※


(引き受けたからには責任持たないとなぁ)


 悠希は先生に頼まれた日のことを思い出しながら、窓の外を眺め続ける大雅を見てため息をついた。


「まぁ、先生に頼まれてるとしても、絶対悠希くんだけがやらないといけないわけじゃないし。私も何か手伝えることがあったら手伝うよ」


 早絵が、ため息をつく悠希を心配するように言った。


「ありがとな、古橋」


「うん!」


 悠希と早絵は微笑みあった。


 悠希には、そういう早絵の優しさが素直に嬉しかった。


 早絵は本当に優しい。周りのこともしっかりと見ていて、自分のことより相手のことを優先させるタイプだ。その分、自分のことを疎かにしてしまいがちなのが、悠希にとって少し心配なところでもある。


「もう、早絵は優しすぎるよ。どうせ悠希暇なんだから一人でやらせとけばいいんだって」


 茜が悠希をからかうように言った。


「暇じゃないよ! 俺にだって事情って物があるんだからな!」


「そんなの知らないし」


「お前なぁ」


 悠希は、そんな他人事な態度を取っている茜に呆れながら言った。

 確かに暇な時は多いが、悠希は悠希なりに部活や補修など勉強や家事と両立しながら頑張っているつもりだ。


「いつも寝てばっかりの茜とは違うんだよ」


「は? 何その言い方。殺すよ」


「あ、すいません…」


 悠希は慌てて謝った。


 茜を怒らせるととても怖い。低い身長と可愛らしい愛嬌。モデル顔負けの美貌を持ちながら、怒るとものすごく怖い。


 絶対に茜を怒らせてはならないのだ。


「まぁまぁ二人とも落ち着いて。あ、次、移動教室だから行こう」


 早絵が、あからさまにイラついた表情の茜をなだめるように言う。


「あ、そ、そうだな」


 悠希は茜から逃げるように、教科書やノートを片手に足早に教室を出て行った。


「おい! 一人で行くのかよ!」


 悠希を引き止める龍斗の声も無視して。


 気づけば教室は、龍斗と茜と早絵、そして今も窓から目を離さない大雅しかいなくなっていた。


「早く行かなきゃ遅刻する!」


 茜は走って教室を出て行った。


「あ、おい! 茜、俺と一緒に行こうぜ!」


「嫌! ついてこないで変態!」


「変態って何だよ。良いじゃねぇか!」


「嫌!」


「えぇー? ……あ、早絵! 先に行っとくぞ! 遅れねぇように来いよな!」


「あ、うん!」


 窓の外を見つめ続ける大雅をぼんやり眺めていた早絵は、ハッと我に返ったように頭を上げ、龍斗に向かって返事をした。


「先に行ってて! すぐ追いつくから!」


 いよいよ、教室は早絵と大雅の二人だけになった。


 なおも窓の外を見つめ続ける大雅に、早絵はそっと声をかけた。


「陰陽寺くん」


 大雅からの返事はない。


 窓の外に何があるのだろうと気になった早絵は、窓の外をのぞいてみた。だが何もない。砂だらけの殺風景なグラウンドとその奥にある道路を車がせわしなく走っているだけだった。


「何か、見えるの?」


 早絵は大雅に声をかけた。


「別に何も」


 大雅がポツリと言った。


(大雅くん答えてくれた!)


 嬉しくなった早絵は、また声をかけた。


「次、移動教室なんだ。陰陽寺くんが教室の場所分からなかったら困るし、みんな先に行っちゃったし、私と一緒に行かない?」


 少し沈黙があった。


 大雅は窓の外を見つつも、早絵の誘いをどうしようか考えているように早絵には思えた。


「……良いよ」


 しばらく経って大雅が声を発した。


 早絵は優しく微笑んで、


「行こう」


 大雅はコクリと頷いて早絵の後について行った。チャイムが鳴る三分前だったため、二人は走って教室に向かった。


 早絵は大雅と走りながら、こんな些細なことでも大雅と一緒に体験できることの喜びをかみしめていた。走っていくうちに教室が見えた。


「あ、陰陽寺くん、あそこだよ」


「うん」


 早絵は大雅に声をかけた。そして思った。これから大雅と共に受ける初めての授業が始まるのだ、と。期待に胸を膨らませ、早絵は教室へ向かう足を少し早める。


 そんな早絵の後ろ姿を、大雅はあの冷たい視線で見つめていた。

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