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マッチの火

 悠希ゆうきは苛立ちをできるだけ抑えながら、なおも舞台上で悠々と喋り続けている大雅たいがを見つめていた。


(それにしても、よくこんな作り話を他人に信じ込ませるために作ったな。もうちょっとで信じ込むとこだった)


 悠希は心の中でひっそりと安堵のため息をついた。


「それでその時に……」


 大雅はまだ話し続けている。

 悠希は今になってやっと自分の本来の目的を思い出した。

 こんなところで作り話を聞くためじゃない。

 大雅の爆発を止めさせるためだった。


「なぁ、陰陽寺おんみょうじ


「……ん? 何?」


 すっかり自分の世界に入っていたのか、少し反応が遅れた大雅が悠希に聞いた。


「お前、嘘ついてるだろ」


「嘘? なんで僕が嘘なんか……」


 大雅は鼻でフンと笑うような仕草を見せた。

 まだ本当のことを白状する気はないらしい。

 当然だ。

 一度嘘を見抜かれただけで白状しているような人間が学校を爆破しようだなんて考えるはずがない。

 一筋縄ではいかない。

 悠希だって充分承知の上だ。


「お前の母親が亡くなったのは三年前……お前が中一の時だ。確かにそこからは色々と苦しい思いもしたと思う。でも、茜が持ってきてくれた資料には、お前は自分の小学校も爆発させたって書いてあったんだ」


 悠希はそこで言葉を止めて大雅の反応を伺った。

 だが、大雅は顔色一つ変えずに何事もないような涼しい表情で悠希の言葉に耳を傾けていた。


(やっぱりそう簡単にはいかないな)


 悠希はこの時点で大雅を説得するのは諦めようと決意した。

 そして一呼吸置いてまた続ける。


「小学校を爆発させた時、当然お前の母親は生きてただろ」


「勿論」


 大雅は迷わず即答した。


「つまりお前が学校を爆破し始めたことと、お前の叔父さんが退職して年金生活になってここに転入してきたことは全く因果関係はない」


「何が言いたいんだよ」


 大雅が少しイラついている。

 髪の毛を乱暴に掻きむしり、いかにも不機嫌そうだった。

 悠希はそれでもひるまず大雅をまっすぐ見据えて言った。


「だからお前が嘘ついてるって言ってるんだ」


 その言葉を聞いた瞬間、大雅の顔色が変わった。

 舞台に立つ大雅との距離はあまり近くないため鮮明な顔色の変化はわからない。

 だが確かに今までの涼しい表情が消えたのは感じ取れた。

 目を見開いて呆然と立ち尽くしている。


 ついに白状する……!


 そう思ったのもつかの間だった。


 大雅は不意に口角を上げて白い歯を見せた。

 大きく見開かれていた目もいつのまにか元の大きさに戻っている。


(何でだ……?)


 悠希には理解できなかった。

 なぜ自分が嘘をついていることを見抜かれたのにまだ笑っていられるのか。


(まさか、この事態になることも想定していたのか? いや、これもあいつの計画の一部……?)


「そうだよ。お前の言う通りだ。叔父さんが退職したことと僕の破壊は何の関係もない」


 大雅は笑顔で言った。

 まるで悠希の言葉を、嘘をついているという言葉を待っていたかのようだった。

 今度は悠希の方が呆然となってしまう。

 わからなかった。

 舞台上にいる男が何を考えているのか、どんなことを企んでいるのか、何を望んでいるのか。


「でも、僕がここに転校してきた理由はそれだ。嘘なんてこれっぽっちもないよ」


 そう言うと、大雅は軽やかに舞台から地面に飛び降りた。

 大雅の両足が地面に着く音がドン! と体育館中に響き渡る。


「さっきも言っただろ? 僕がここを爆破させようって決めたきっかけだって」


 大雅は一歩ずつゆっくりと悠希の方へ歩いてくる。

 悠希は少しだけ身構えた。何をしてくるかわからない。


「そんなに怖がらなくてもいいのに」


 大雅はそんな悠希を見て笑った。


「さて、単刀直入に言う。僕がここを爆破したいって思ったきっかけはお前だ。早乙女さおとめ悠希」


 大雅に指をさされて、悠希はまるで指で心臓ごと突き破られたかのような奇妙な感覚を覚えた。


「もともと僕だって、学校を爆破させようとか思ってる人間じゃなかった。普通の小学生みたいに運動場で元気に走り回ってさ。いっぱいこけて。いっぱい笑って、いっぱい泣いて。普通だったんだよ。僕だって」


 その場に立ちすくんでいる悠希をあざ笑うかのような笑顔を浮かべながら、大雅は過去の思い出話を聞かせているかのように体育館中を歩き回っている。

 その姿はまるで推理をしている探偵のようだった。


「でもマッチに出会ってさ、僕の人生は変わったんだ。マッチって綺麗だよね。赤とかオレンジとか黄色とかいろんな色の炎が出てくるんだもん。今もそうだけど、小さい頃なんてもっと興味が湧いてたからそのマッチの炎を付けまくってたんだ」


 そしてその結果、両親が建てていた別荘を焼いてしまったらしい。


「その時のなんとも言えない爽快感と言ったらなかったよ。火をつけるまでそこにあった建物が、火が消える頃には綺麗さっぱりなくなってるんだもん。家の大掃除をしてる感覚で何だか気持ちよかったんだ」


 ※※※※※※※※※※


 赤々と燃えている別荘を見ながら、あの頃の大雅は目を輝かせていた。

 不思議と燃やしてしまったという罪悪感は湧き上がってこなかった。

 もちろん両親は嫌というほど大雅を叱った。

 だが大雅の頭は綺麗な炎と掃除をしたような達成感に支配されていた。

 両親の声も聞こえなかった。


 ※※※※※※※※※※


「またやりたいって思ったんだ、僕その時。燃やしたらあんなに綺麗な炎が見られるんだって感動したよ」


 悠希は信じられない気持ちだった。

 初めて誰かの大切なものを燃やしてしまったにも関わらず、大雅は燃えていた炎に心を奪われたのだという。

 罪悪感も感じず、自責の念にかられることもなく、ただ炎が綺麗だと思った。


(やっぱりこいつ、ただ者じゃない)


 悠希は心の中でそう確信した。


 ※※※※※※※※※※


 炎に対する大雅の憧れは何年経っても収まらなかった。

 やがて小学校に入学する時期になった。


「でも、この世の中で小さい頃から火が好きな小学生とかいないでしょ? だから小学校でどんどん浮いてきてさ。いじめにも遭ったんだよね」


 最初の方は持ち前の好奇心と明るさで、周りにはたくさんの友達がいた。

 大雅の周りにはいつも人があふれていた。


 しかしそんな楽しい日々は急に終わりを迎えた。

 周りのクラスメイトがなぜか大雅が両親の別荘を燃やしたことを知ってしまったのだ。

 それからというもの、大雅の周りの友達は徐々に減っていった。

 その中でもガキ大将のような子がそれを何度も何度も掘り返しては大雅に悪口を言っていた。

 次第にクラス全員から無視されるようになり、学校にも行きたくなくなった。

 担任はただの喧嘩だと聞く耳も持たなかった。

 そのまま六年間新しい友達もできないまま、卒業した。


 中学校に入学しても周りの大雅に対する態度は変わらなかった。

 中学では小学校以上に友人との絆が固く結ばれるため、一旦グループが出来るとなかなか新しく友達になる子は出てこない。

 集団の波に乗り遅れたら、誰とも話さず相手にもされず存在を認知してくれているのかもわからない。

 そんな地獄のような中学校生活を送った。


 ※※※※※※※※※※


「なのに叔父さんが働けなくなったから居心地が良かった高校も中退して転入しないといけなくなったんだ」


 いつのまにか大雅の顔からさっきまでの楽しそうな表情は消えていた。

 嫌な過去を思い出し、腹わたが煮えくりかえるような腹立たしい感情が顔に表れていた。


「それで転入の手続きのために初めてこの学校に来た時にお前を見かけたんだ」


 大雅の冷たく鋭い視線が容赦なく悠希の心を刺してくる。


「地獄の毎日を過ごしてた僕と違って、君は毎日幸せだったんだろ? 周りの奴らとつるんで幸せそうにしやがって。悔しかった、何で僕だけがこんな目に遭わなきゃいけないんだって。こいつだけが幸せな思いをしなきゃいけないんだって。そんなのずるいだろ!」


 大雅は急に叫んだ。

 叫び声が体育館中に響き渡ってモワモワと反響している。


「それで思ったんだ。ここも僕にとって地獄になりそうだなって。だったら早いとこ燃やした方がいいなって」


「だからってこんなことしたのか」


「こんなことって何だよ」


「お前がさっき爆発させたせいで、天井が崩れて何人か怪我人も出てるんだぞ」


 実際、大雅を探して学校中を歩き回っている途中に悠希はたくさんの怪我人を見かけた。

 幸いなことに意識不明者や重症者は見かけなかったが、痛ましい怪我をしていて辛そうだった。

 胸が強く締め付けられるようだった。


 だが怒りに震えている大雅にはそんな悠希など眼中にない。

 まるで聞こえていないかのようにひとりごとをブツブツと呟き始めた。


「そうだ。早いとこ燃やせばいいんだ。何でこんな奴に長い間構ってたんだろ」


「おい! 陰陽寺! やめろ!」


 悠希がそう叫んだ瞬間だった。


 パチパチパチ、パチ。


 後ろから何かがパチパチと弾けているような音がした。

 そして少しだけ悠希の背中が温もっていく。

 嫌な予感がして悠希が振り向くと、何と炎がすぐ近くまで来ていた。


「何でだ、もう爆発は起こってないはず……」


 すると今度は舞台上から笑い声が聞こえてきた。

 悠希が瞬時に振り向くと、大雅が天を仰ぎながらお腹を抱えて笑っていた。


「なんで笑ってるんだ!」


「ん? あー、ごめんごめん! アハハ! 本当にこんなに上手くいくと思ってなかったから」


「どういう事だ!」


 大雅はなおも笑い転げていた。

 笑い過ぎて涙までこぼれている。


「あのさ、何も僕は爆弾を使って学校を燃やそうだなんて思ってないよ」


「なに?」


「鈍感だなぁ。さっきも言っただろ? マッチだ」


「……まさか!」


 悠希はやっと気づいた。

 これは茶番だった。

 大雅の計画を成功させるための時間稼ぎに過ぎなかったのだ。

 悠希を校舎から離れた体育館に連れていくことで確実に校舎を燃やすことができる。

 こうやってつまらない話で時間を引き延ばしていれば自ずと炎はこちらにやってくる。

 そういう計算だった。


「逃げなくていいの? 死んじゃうけど」


 大雅は、呆然と火花を散らしている炎を見つめている悠希に平然な顔をして尋ねた。

 悠希はどうするべきか悩んだ。

 死にたくはない。

 だがここで大雅を見殺しにする訳にもいかない。

 それにここで終わらせなければまた大雅の犯行は続くだろう。

 何としてでも阻止したい。


「ああ。逃げない。ここで逃げたらお前に逃げられるからな」

「え? どういうこと?」


 大雅は呆れ笑いをしながら尋ねた。


「こっちの話だ」


「へぇ。じゃあ心中だね」


 大雅が誰にともなくそう呟く。


「心中……? 心中ってどういう……」


 パチパチパチ……。


 悠希の言葉を遮るように炎が弾ける音がした。

 悠希が慌てて振り返ると、もう火は悠希の側まで来ていた。


(逃げないと)


 悠希はそう思い、火花が散っている炎を見ながら言った。


「なぁ、陰陽寺。ここは危ないからとりあえず逃げよう……」


 言いながら振り返って、悠希は驚いた。

 さっきまでそこにいた大雅の姿がない。

 悠希は慌てて四方八方を見渡したが、人の気配もない。


「どこ行ったんだ、あいつ」


 悠希は大雅を探そうと舞台の方に足を運んだ。

 次の瞬間、大爆発がしたかと思うと、悠希の身体はたちまち吹っ飛ばされた。

 それほど強い威力の爆弾だったのか、悠希の身体は近くの窓を突き破り、爆風で学校の外まで飛ばされてしまった。

 だがその時、既に悠希の意識はなかった。


 炎に包まれた校舎が横たわる悠希を見下ろしていた。

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