乱入
「「和泉!?」」
ドアを乱暴に開けて応接間に入ってきた眼鏡の男を見て、千里と黒川が驚きの声をあげた。
マスコミ達も背後を振り返り、突然現れた男に驚いていた。
「何でここに……拘置所に居たはずじゃ……!」
千里が声を漏らすが、和泉には聞こえていない。
和泉は床を力強く踏み鳴らして千里と黒川の方に歩いてきた。
「おい! 聞いているのか! 森さんが逮捕されたとはどういうことだと聞いてるんだ!」
「黒川、大雅くんと咲夜くんを連れてここから出て」
そっと黒川に耳打ちする千里の言葉に、黒川は思わず耳を疑った。
「ど、どうして……先輩はどうするんですか!?」
「こいつを押さえ込むから。早く!!」
「は、はい!!!」
千里の大声に、黒川は肩をビクッと上下させたがすぐに返事をして、大雅と咲夜の背中を押して応接間を出ていった。
応接間の中に居た警官が、戸惑ってざわめき出すマスコミを誘導して応接間から避難させる。
そうして応接間の中は、千里と和泉の二人だけになった。
※※※※※※※※※※※※※※※※※
一方、和泉が応接間に入ってくる直前の控え室では。
悠希達が用意された椅子に座ったまま喋っていた。
「陰陽寺と咲夜くん、上手くやれてるかな」
悠希がふと呟くと、
「さーあ、どうだろな。意外にすっげぇ緊張してたら面白いけどな」
いつも無口かつ無表情な大雅を思い浮かべながら、龍斗はツンツン頭の後ろで両手を組んで、悪戯っぽく笑った。
「大丈夫なんじゃない? マスコミに楯突くくらい……だし」
ポニーテールを揺らして小首を傾げる早絵は、そう言って苦笑した。
というのも去年の夏、大雅が『破壊者』だと発覚した際のこと。
単身で大雅を止めようと屋上に辿り着いた悠希と、屋上で校舎の爆破計画を調整していた大雅がマスコミのカメラに写ったことがある。
その頃、大雅に刺された怪我で入院していた早絵は、病院のテレビでそれを目撃したのだ。
その中で、大雅は相当苛立っていて、自分達にカメラを向けるマスコミにさえ警戒心を剥き出しにして楯突いていた。
カメラに写る大雅はそれはもうすごい形相で、カメラマンにも攻撃をし出すのかと思うほどの気迫だった。
「ていうか、悠希ママもよくこんな大胆なこと思い付いたよね。感謝状をただ渡すだけじゃなくて、マスコミも呼んで報道させるなんてさ」
白い長机に肘をつきながら、もう一方の手で短い三つ編みを弄る茜が感嘆の声をあげる。
「確かにそうよね。本当にすごいお母様よ、悠希くん」
部屋の壁にもたれかかっていた未央も、千里のことを褒めた。
悠希は照れくさくなって髪を掻きながら、
「い、いや、そんなことは……」
すると突然、部屋の外が一気に騒がしくなった。
「え!? な、なになに!?」
弾けるように凛が椅子から立ち上がる。
麗華は何事かと鋭い視線で身構え、花奈は未央の服の袖を掴んで恐怖感を露にした。
悠希が控え室のドアを開けると、ちょうど入ってこようとしていた黒川とぶつかりそうになった。
「うおぉ、ごめん悠希くん」
謝る黒川に首を振り、悠希は尋ねた。
「何かあったんですか!?」
黒川は眉を寄せると、
「和泉が何故か応接間に入ってきたんだよ」
「「和泉さんが!?」」
未央と凛は思わず声をあげ、それを聞いた麗華が目を見張る。
「すみません! 通してください!」
入り口に佇む悠希と黒川の間を塗って、麗華は飛び出していった。
「あ、麗華ちゃん!!」
悠希が止めようと叫ぶが、麗華はそのまま廊下の角を曲がって見えなくなってしまった。
「くっ!」
悔しげに歯を噛み締め、悠希も応接間へと駆けていった。
「悠希!!」
駆け出す悠希の背中に向かって龍斗が叫ぶが、
「皆はそこに居て!!」
悠希の声に、誰もその場から動くことは出来なかった。
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「おい! 何で森さんを逮捕したんだよ!」
応接間に飛び込んだ麗華が目にしたのは、千里に向かって拳銃を構えて叫ぶ父の姿だった。
「お父さん!」
「麗華……? ふん、何だ、生きてたのか」
麗華を一瞥してから、和泉は薄く笑った。
その笑みに、麗華の体を悪寒が駆け上がっていく。
ゾクリ、と全身が震えるような寒さを感じながらも、麗華はそれを何とか抑え込んで、
「勿論です。皆さんのおかげです」
「父親にも敬語とは、相変わらず他人行儀な奴だな」
言いながら、今度は娘に拳銃を向ける和泉。
「麗華ちゃん!!」
今まで和泉の拳銃の標的となっており、たった今それから解放された千里が、新たな標的となった麗華を見て顔を青くする。
そして和泉の拳銃を奪おうと足を踏み出した千里に、和泉の怒号が飛んだ。
「動くな!!!」
「____っ!」
思わずその足を止めてしまう千里。
「分かってんのか? 動いたらこいつの頭がぶち抜かれるんだぞ?」
自分の頭を指で軽く突きながら、和泉は千里の方に顔を向けて笑う。
千里を見つめる和泉が浮かべていたのは、狂ったような笑みだった。
瞳が粒になるほど目が見開かれ、口元は小刻みに震えながら不自然につり上がっている。
「母さん! 麗華ちゃん!」
再び入り口から声がして、千里がその方向を向くと、
「悠希……!」
肩を揺らして息を切らした千里の息子____悠希が腰を低くして膝を曲げ、身構えた姿勢で入り口に居た。
「和泉さん、ですよね」
「あ? 誰だ君は」
悠希の言葉に、和泉が眉を寄せる。
今初めて見る少年を和泉は一瞥したが、すぐに興味を失ったように視線を外した。
「部外者は引っ込んでいてくれ」
和泉の意識は再び娘の麗華に向けられた。
彼女の頭が拳銃でポイントされており、それを示す赤い点が麗華の前髪を照らしていた。
「なぁ、麗華。お前がパパを裏切ったこと、覚えてるか?」
和泉の問いに、麗華は表情を引き締めたままコクリと顎を引く。
「勿論です。裏切ってはないつもりですが、結果的にお父さんを騙すことになってしまいました」
「裏切ってはないつもり? ふん、そうか。パパはこんなところに閉じ込められてからも、その事が夢に出てきて堪らないんだよ」
麗華の言葉を鼻で笑って流し、和泉は目を見開く。
怒りに任せたままの形相で麗華に向けた拳銃を下ろすことなく、
「どう責任取ってくれるんだ? なあ!!」
その言葉に明らかに麗華の表情が揺らいだ。
本当に父を傷つけ今も苦しめてしまっているという事実が、麗華に自責の念を持たせていたのだ。
それを見て、悠希は以前麗華が病室で話していたことを思い出した。
麗華はあのとき病院で、実の父に手を上げられたのは残念だが、森が手を上げるよりは自分が上げた方が良いと思ってくれたに違いない、と言っていた。
父である和泉を庇う発言をしていたのだ。
和泉を心から信じ、自分自身の答えとして胸に留めていた麗華。
あの時、悠希はそれが麗華の本心だと思っていた。
しかしそれは誤解だった。
今の麗華と和泉を見れば一目瞭然だ。
麗華はちっとも本心をさらけ出してなどいなかった。
自分のことを殴ったり蹴ったりしてボコボコにして傷つけた、そんな父親____唯一の家族を正当化するために、半ば自分自身に言い聞かせていたのだ。
本当は麗華も傷ついていたのだと悠希は悟った。
でもその悲しみを誰にも悟られまいとして、父親を正当化することで自分の本当の気持ちを封じ込めていたのだと気付いた。
娘がそんな苦しみを味わいながらも因縁に立ち向かっているのに、その父親は何と無様な姿を晒しているのか。
娘である麗華に裏切られた____自分の思い通りに動いてくれなかったことを根に持って、復讐だと言わんばかりに物騒なものを向けている。
あの引き金が引かれれば、そんな尊いはずの娘の命は消えてしまう。
それなのに____。
「答えろぉぉぉお!!!」
喉の奥から、全身に閉じ込めた怒りを爆発させるように、和泉は叫び、そして。
バンッ!
その引き金を、引いてしまった____。




