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告白

 パーティーを始めようとした直後、また呼び鈴が鳴った。


「はーい」


 不思議に思いながらも、悠希ゆうきが玄関に赴いてドアを開けると、そこには膝に手をついて息を切らした少女が居た。


花奈(かな)ちゃん!」


 悠希は驚きながら、目の前の少女____花奈を見つめた。


「ごめんなさい、遅れちゃって。終業式が終わってこちらに向かおうとしたら、カメラに囲まれちゃって」


 花奈は息を切らしながら、必死に頭を下げた。


「カメラ?」


 花奈がカメラに囲まれるようなことをしたのだろうか、と悠希は考えを巡らせた。

 しかし、そのような当てもない。


 花奈は悠希の問いに頷くと、


「何か森さん達が私を誘拐したこととか、高校に襲撃に行ったこととか、色々知られてるみたいですよ」


「え? 嘘だろ?」


 悠希は花奈の言葉に驚きの声をあげた。


「私もびっくりしたんですけど、何故だか皆さんご存じで」


 花奈は少し不安そうに言った。


「そ、そうなのか……」


 悠希は顎に手を当てて、その理由を考えた。

 あの事を知っているのは、最初から高校に居た者達か通りがかった者、あるいは大雅(たいが)咲夜(さくや)達のように途中から高校を訪れた者ぐらいである。

 おそらく、あの時体育館に避難していた生徒達がネットに書き込んだりして外部に情報を流したのだろう。

 悠希はそう見当をつけた。


「ま、まぁ、とりあえず中に入って」


「はい。お邪魔します」


 花奈はペコリと会釈をして、家に上がった。


「おっ、最後の一人も来たわね」


 ダイニングに入ってきた悠希と花奈に気付き、千里(ちさと)が振り向いた。


「さぁ、いらっしゃい、花奈ちゃん」


「ありがとうございます」


 花奈はお礼を言ってから、手招きしてくれた未央(みお)(りん)の隣に座った。


 悠希は花奈が席に着いたのを見届けてから、ジュースの入ったグラスを掲げた。


「じゃあ改めて、対決の勝利を祝して……」


「乾杯!!!」


 悠希のかけ声を合図に、全員の声が重なった。

 グラスがカチンとぶつかる音が響き、中の飲み物がたぷんと揺れた。

 悠希達はジュース、千里と黒川は生ビールである。


「皆、本当にお疲れ様だったわね。あんな酷い戦いだったのに誰一人命に別状がなかったなんて、正直私も驚いたわ」


 千里が全員を見回して、顔を輝かせた。


「結局、あいつらはどうなったんですか?」


 凛がフォークで鶏肉を突き刺しながら、千里に尋ねた。

 森達地下組織との対決が終わった後、悠希達はすぐに病院に行ったため、その後については全く知らないのだ。


 千里はコクリと頷いてから、


「全員確保したわ。裁判の結果次第だから、まだ刑罰は決まってないけどそのうち決まるはずよ」


「そうなんですね。良かったです」


 未央がにこりと微笑んだ。


「事情聴取もスムーズに進んでて良かったですね、先輩」


 黒川が言うと、千里はコップに口を当てた。


「黒川は被害者の方の事情聴取だからまだ良いじゃない。私なんて加害者側の事情聴取よ? 本当にもう、あいつらの動機を聞いてたらこっちまでおかしくなっちゃいそうだわ」


 ビールを飲んだ千里が、頬杖をついて額に手をやり、ため息をついてぼやく。

 千里は今、組織の代表である森二三男(ふみお)を始めとする地下組織のメンバー全員の事情聴取を行っているのだ。

 人によって組織の加入動機や経緯は違うものの、メンバーは森を崇拝している者ばかり。

 森をおかしな人間だと認識している千里にとって、頭が痛すぎる取り調べとなっているのだ。


「でも、森さんって元々は慈善団体の団長さんだったんですよね。誘われたときにそう言われたんですけど。それがどうして悠希さん達の高校を襲撃しちゃったんですか?」


 花奈が、森に未央を口実に組織に加入するよう誘われた経緯と共に、森に関する最大の謎を問いかけた。

 元々慈善団体として設立された組織が、どうして道を違えたのか。

 その疑問は、全員の胸の内にあった。

 そしてそれは森本人にしか分からない。

 つまり言い換えれば、森の事情聴取を行った千里なら分かるということだ。


「あー、それがね、いわゆる逆恨みってやつだったの」


「逆恨み?」


 聞き返す悠希に頷き、千里は続ける。


「そう。元々は彼も本気で犯罪を無くそうと思って、ああいう組織を設立したらしいのよ。でもやり方が乱雑すぎて、そのうち政府の方から組織を畳むようにって命令が下されたみたい」


 聞けば、森のあまりに道理を外れたやり方が政府の目に止まって、一度注意を受けたという。

 しかし自分の信念を貫き通そうとした森は、政府の命令を破ってまで組織を継続させようとした。

 頻繁に都の役員から電話が入っていたが、それも全て無視。

 挙げ句の果てには、役員自ら赴いて注意を促したそうだ。


「じゃあ、あたしが聞いちゃったのは、役員の人との会話だったんだ」


 凛が納得したように拳で掌をポンと打った。

 森に脅された凛は一応盗み聞きしたことを謝罪したものの、その相手が誰だったのかずっと気になっていたのだ。


「しつこい役員の注意のせいで自暴自棄になって、あろうことか道を違えてしまったってことだな」


「だからメンバーもそういう奴等ばっかだったのか」


 悠希に続いて、龍斗りゅうとも納得の声をあげた。

 そもそも赤の他人相手に平然と暴力を振るう大人が、正常なわけがない。

 それは自暴自棄になった森が、同じような境遇に立たされた男達を集めた結果だろう。

 だからメンバーの男達も大袈裟と言って良いほどに、森を崇拝していたのだ。

 彼らにとって、森という男は新しい生き方を与えてくれた聖人。

 たとえその道が最初から踏み外された道だとしても、男達は森についていく以外になかったのだろう。

 それをはねのければ、待っているのは道端でのたれ死ぬ最期だけなのだから。


「あ、そうそう! それでね」


 重くなった空気を一新するかのように、千里がパンと両手を叩いた。

 皆の視線が集中するなか、千里は大雅と咲夜に目を向けた。


「明日、警察署で二人に感謝状を渡したいの。ちょうど明日から春休みだし、二人の予定さえ合えば警察署に行ってほしいんだけど」


『それに』と千里は人差し指を立てて、


「マスコミも呼んで大胆に行えば、『破壊者』と呼ばれていたあなた達が人助けをしたってことで大きな話題になるわよ。勿論そんなことで罪が軽くなったり少年院の入院期間が短縮されたり、ってことはないと思うけど、少しでも汚名返上の役に立てばと思って」


 大雅と咲夜は顔を見合わせ、


「良いですよ。ありがとうございます」


「ボクも大丈夫です」


「良かった」


 二人の返答を聞いた千里は、嬉しそうに頬を緩めた。


「あ、あの、それなんですけど」


 花奈が手を挙げて言葉を紡いだ。


「今日、私、悠希さんのお宅にお邪魔しようと思って学校から向かってたら、カメラに囲まれたんです」


「カメラ?」


 玄関先での悠希と同じように聞き返す千里。

 花奈はコクリと頷いて、


「理由は分からないんですが、私達のことがもう知れ渡ってるみたいで」


「うぇ!? マジか!!」


 驚いて、思わず鶏肉を食べようとしていたのを止めた龍斗。

 しかしその顔は明るいものだった。


「お前、絶対テレビに映れるって思っただろ」


 悠希が呆れていると、龍斗は勢いよく悠希の方を振り向いて、


「当ったり前だろ? テレビだぞ、テレビ! TV! TV!」


 有頂天のあまり、わざわざ英語も使って喜ぶ龍斗に、悠希は吐息してから現実を突きつけた。


「あのな、うじゃうじゃ居るマスコミに囲まれて色々立て続けに質問されるんだぞ? 鬱陶しいだけだろ」


「えぇ~? そうか? 俺、一回で良いからテレビに映ってみたいなぁ」


「じゃあ、もし私達がマスコミに囲まれたら身代わりになってよね」


 あかねの言葉に、龍斗は親指を立ててみせた。

 勿論、龍斗はごちゃごちゃした物だとも考えずにテレビに出られるという理想だけで身代わりを引き受けたのだが。


「本当に大丈夫かな、龍斗くん」


 早絵さえが不安そうに眉尻を下げて呟いたが、


「しーっ、現実は甘くないってのを分からせる良い機会じゃん」


 茜は口に人差し指を当てて、悪戯っぽく片目を瞑った。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「楽しかったね~、お疲れ様パーティー」


 寝間着に着替えた凛は、布団を広げながら上機嫌だった。

 凛は自分の布団のみならず、せっせと他の皆の分の布団も敷いていく。

 この部屋で寝ることになったのは、未央と凛と麗華と花奈の女子四人だった。


「流石、こういう支度は手早いのよね」


 まだ少し濡れた長い黒髪を丁寧にブラッシングしながら、ため息混じりに言う未央。


「ありがとうございます、凛さん」

「ありがとうございます、凛先輩」


 麗華(れいか)と花奈が同時に凛にお礼を言った。


「いいえいいえ~、さ、寝よ寝よ~う」


 お礼を言われてさらにテンションが上がったのか、ついには鼻歌を歌い始めた凛。


 そして数分後、電気が消えた暗い部屋の中で一人、未央はまだ目を開けていた。


「未央先輩、眠れないんですか?」


 隣で寝ていた花奈が横を向き、未央に気付いて尋ねる。


「あ、ごめん。起こしちゃった?」


「いえ、私もまだ寝てなかったです」


 首を振る花奈を見て、未央は顔をほころばせた。


「そう、良かった」


 落とされる沈黙。

 凛や麗華は既に夢の中であるため、あまり喋られないのもあったのか。


「ねぇ、花奈ちゃん」


 やがてその沈黙を破るように、未央が花奈を呼んだ。


「はい?」


 不思議そうに目を丸くして、未央を見つめる花奈。

 未央は静かに話し始めた。


「少年院に居たときに、花奈ちゃん、咲夜くんのこと話してくれたじゃない? あれを聞いて私、本当に許せないと思ったの」


「何を、ですか?」


「咲夜くんみたいな、まだ中学生の子が簡単に犯罪に手を染めるようなこの社会。勿論私も手を染めた人間だから、ハッキリとは断言できないし、その資格もないってことは分かってる」


「…………」


 花奈は未央の言葉に、思わず言葉を詰まらせた。

 未央が犯罪を犯したのが事実だったことも信じられなかったし、だから自分には資格がないと言う未央に、心が痛んだ。


「でもどうにかしてこの社会を変えなきゃって思った。その為にはどうしたら良いのかとか。それで最低な方法を思い付いたの」


「……最低な方法?」


 未央は天井を見たまま顎を引いて、


「ちょっと前に一時期話題になった動画覚えてる? その場に誰も居ないのに家が放火されたって」


「はい、覚えてます。それがどうかしたんですか?」


「それね、私がやったの。黒川さんの力も借りて」


「…………え?」


 花奈は目を見張って絶句した。

 まさかあの動画の犯人が目の前の優しい先輩だったとは、思いもよらなかったのだ。


「でもそれだけじゃ、世間は何も動かなかった。当然よね、あんなの『何だこれ、面白い』で終わりだもの。……だから私はもっと残酷なことを考えてしまったの」


 未央はそこで言葉を切り、目を瞑った。

 今まで疑問に思ったことを復唱し、聞き返していた花奈も黙って未央の言葉を聞いていた。


「花奈ちゃんをひどい目に合わせれば、咲夜くんも自分のやったことの責任に気付くし、周りの大人達も何人かは重大に思ってくれるんじゃないかと思って」


「みお……せんぱい……?」


 ついに、未央は告白した。

 悠希にだけ事情を話したまま、実際にも自分の中でもうやむやになっていた真実を話したのだ。


 花奈は目を見開き、瞳を震わせて未央を見つめていた。

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