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全員集合

 終業式当日は一年の締めくくりということもあって、全校生徒にとって非常に大切な日となった。

 現高校三年生は、高校一年生と二年生が二日間の特別授業を行っている間に卒業式を行ったため、終業式の場には二学年の姿しかない。


 しかし特別授業として設定された登校日の最終日には、今まで高校の一番上として二学年を引っ張ってきてくれた彼らの門出を見送るべく、授業とは別に卒業式の時間が設定された。

 そのため、特別授業のせいで高校三年生を見送ることが出来なかった……などという残念な結果にはならなかったのである。


 春休みの間も気を引き締めて、それぞれ高校生としての自覚をしっかり持つように、などその他諸々を長々と校長先生が喋り倒してしまった。

 そのため、進行係だった月影(つきかげ)先生に注意され、校長先生はすごすごと壇上から降りていった。

 その場からどっと笑いが起こり、校長先生は頬を紅潮させて変な汗をかいていた。


 その後も式は続き、生活指導の熊先生(愛称)による厳しい命令が下されたり、この三学期間で賞を取った部活などの表彰があったり、内容満載の終業式となった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※


「だぁぁぁあ!! やっと終わったぜー!!」


 式が終わって教室に着いた龍斗(りゅうと)は、椅子の背に体重を預けて天井に向かってガッツポーズを突き出し、グーッと伸びをした。


「龍斗くん、分かりやすく寝ちゃうから先生に起こされてたじゃない。しかも何回も」


 そう言って、早絵(さえ)は苦笑した。

 出席番号の関係で、早絵は龍斗よりも後ろの席に座っていたため、何度も何度も月影先生に肩を叩かれていた龍斗の姿をしっかりと見ていたのである。


 龍斗は冷や汗をかきながら、必死に言い訳をした。


「だ、だってよ、あんなに長話たらたらとされたら誰だって眠くなるだろ。他の奴だって寝てたしよ」


 腕を組み、唇を尖らせて明後日の方向を向く龍斗に、早絵から止めの一撃が飛んでくる。


「何回も先生に叩き起こされてたのは龍斗くんだけだよ?」


「ぐっ……そ、そうなのか……」


 早絵から聞かされた衝撃的な真実に、龍斗は喉を詰まらせて大人しくなった。


「そういや、(あかね)は珍しく起きてたな」


 悠希は茜が起きていたことに驚き、嬉しそうに言った。


「ん~? ふわぁぁふ」


「あ、眠そう……」


 小首を傾げてその直後に欠伸をかます茜を見て、悠希は引きつった笑みを浮かべた。


「いや、熊先生のコートがモッコモッコ過ぎて、一瞬で眠気が吹っ飛んだよ」


 そう言ってはにかむ茜。

 龍斗もそれを思い出したのか、大声で笑った後で、


「熊先生、ヤバかったよな!」


 茜に同意を求めた。


「だってさ、あの人ただでさえ太ってるのに、その上から分厚いコート着てたんだよ? 熱中症とかにならないのかな」


 だが、茜は龍斗の言葉を華麗にスルー。

 龍斗はスルーされたショックから、笑顔のまま硬直してしまった。


 生徒指導の熊先生は、『熊』と愛称がつくほど体が丸い教室である。

 そのくせ寒がりのようで、冬になると見ている側が心配になるほど着込んでくるのだ。

 生徒指導として厳しい指導をしながらも、冬はコートを片時も手放さずに四六時中着ているのである。

 壇上に上がった彼の姿は、まるでコートを着た熊のようだった。

 生徒達は必死に笑いを堪えたものの、体育館からはクスクスと小さな笑い声が聞こえる状態となってしまった。

 それでも熊先生は無自覚なのか鈍感なのか、気にする素振りも見せなかったのだった。


「先生の方は寒がってるんだし、大丈夫なんじゃないか? 流石に先生だって大人だし、暑くなったらコート脱ぐだろ」


 片時もコートを手放さない熊先生の姿を脳裏に思い起こしながら、悠希はそうであってほしいと願った。


「あ、そうだ。終礼終わったら()()だよな」


 突然思い出したかのように、龍斗が確認を取った。

 意味ありげににやつく龍斗を見て、悠希も口角を上げて頷いた。


「ああ」


 悠希の肯定に、茜は頬杖をついて片頬を上げ、早絵は嬉しそうに笑みをこぼした。


「はい、じゃあ席に着いて。終礼始めるわよ」


 ガラガラとドアが開いて月影先生が教室に入ってきた。

 悠希達は喋るのを止めて、教壇の先生に注目した。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 数十分後、終礼は悠希の予想以上に早く終わった。

 それでも十分以上かかったのは、一年の終わりの締めくくりとして成績表が配られたり、春休みの宿題が手渡されたりしたからである。


 成績表を見て龍斗と茜は青ざめ、悠希はまぁまぁと言った表情で頷き、早絵は嬉しそうに笑みを浮かべていた。


「お前とはこの教室と一緒にさよならだ」


 そう言って龍斗が成績表をゴミ箱に捨てようとしたので、


「おいおい! 馬鹿野郎! ちゃんと向き合え!」


 悠希は必死にそれを阻止。

 おかげで(そのせいで)龍斗の成績表がゴミと一緒に灰になることはなかった。


「あぁ! もう良い! さっさと行こうぜ!」


 苛立ちながら制カバンを肩に背負う龍斗。


「そうだな」


 本当はもっと説教したいところだった悠希だが、この後の重大イベントのこともあったので、何も言わないことにした。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※


 その頃、正門の前では大雅(たいが)がポツンと立っていた。

 彼は手ぶらで終業式にも参加していなかったが、しっかりと制服を着ていた。


 大雅が今ここに居るのには、ある理由があった。


 森との対決を終えて、病院で短期入院していた大雅と咲夜(さくや)の元に少年院の院長がやって来たのだ。

 院長は、勝手に行方を眩ませた二人を叱った後で、二人が無事だったことを心の底から喜んだ。

 そして少年院が爆破された件に触れ、近くにある別の少年院に移籍することを伝えた。


 本来なら、退院した大雅と咲夜はすぐに別の少年院に送られるはずだった。

 しかし、そこに悠希が待ったをかけたのである。

 悠希は院長と二人きりになった後、警察が二人に感謝状を送りたいと言っていることを説明。

 別の少年院への移籍はそれが終わってからにしてほしいと頼み込んだのだ。

 院長は警察が関わる事情なら、と快く承諾してくれた。


 それでも流石に学校に登校して他の生徒と同じように終業式を受けるのはあまり好ましくないため、大雅は終業式が終わる昼辺りに制服に着替えて、学校の正門の前で待つことになったのである。


 これが、大雅が今正門の前に居る理由であった。


 時折吹く冷たい風を全身に受けて大雅が身を縮めていると、


陰陽寺(おんみょうじ)!」


 大雅が横を向くと、裏門の方から悠希、龍斗、茜、早絵が出てきており、悠希が大雅に向かって手を振っていた。


 大雅は無表情のまま、四人がやって来るのを見つめていた。


「よし、じゃあ行くか」


 大雅の肩を軽く叩いて、悠希は笑顔を見せた。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


 ピンポーン。

 悠希達が帰宅して暫くした後、家のチャイムが鳴らされた。


「はーい」


 悠希がドアを開けると、そこには中学の卒業式を終えた麗華(れいか)と咲夜がいた。


「今日はよろしくお願いします」


「よろしね、お兄ちゃん」


 麗華が礼儀正しく頭を下げ、咲夜はにこりと微笑んだ。

 二人とも、手に卒業証書の黒い筒を持っていた。


 咲夜も大雅と同様の理由で、卒業証書を受け取るのみだったが、補習と試験で何とか課程を終了出来たので、かろうじて卒業が認められたのだ。


「うん。どうぞ入って」


 悠希は二人を家に上げてドアを閉めようとした。


「あっ」


 しかしその直後、悠希は閉めかけていたドアをもう一度開けた。

 悠希が視線を上げて見つめる先には、二人の少女がいた。

 未央(みお)(りん)である。


「ヤッホー! 悠希くん~!」


 凛はハイテンションで悠希に向かってブンブンと手を振り、未央は小さく手を振った。


「どうぞ、先輩方、入ってください」


「ありがとう。今日はよろしくね」


 未央の言葉に、悠希は笑顔で応えた。


「うわぁ、すごい!!」


 ダイニングに入った麗華、咲夜、未央、凛の四人は、思わず歓声をあげた。

 ダイニングだけでなく、リビングも綺麗に可愛らしく飾り付けられていた。


 壁には、折り紙を逆三角形の形に切って紐で繋げたガーランドが貼られてあった。

 実は悠希達が帰宅した後、茜と早絵が中心となって飾り付けたのである。


 机に並べられた料理は、実に豪華なものばかりだった。

 一見、丸焼きかと思うほどの大きな鶏肉が中央に、その周りに人数分のサラダが置かれていた。

 鶏肉はこんがりと焦げ茶色に焼けていて、ダイニングの電気を受けて綺麗な光沢を出していた。

 サラダはゴボウサラダになっており、マヨネーズで和えられたゴボウと細切りのキュウリの下に、小さく千切られたレタスが敷かれていた。


「すごい、美味しそう……」


 思わずよだれを垂らしながら、凛はキラキラと目を輝かせる。


「ちょっと! 意地汚いわよ!」


 未央が肘で凛を小突いた。

 凛は後頭部に手をやり、申し訳なさそうに笑った。


「えへへ、ごめんなさーい」


「美味しそうかしら? 喜んでもらえて良かったわ」


 台所から聞こえた声に未央と凛が顔を上げ、声の主に顔をほころばせた。


千里(ちさと)さん!」


 千里は二人に笑顔を向けると、再び横に居る人物に注意を飛ばした。


「まだヌルヌルじゃないの。ちゃんと洗ってよ」


「何で僕が皿洗いしないといけないんですか……?」


 涙ながらに眉を下げるのは、千里の部下の黒川(くろかわ)である。


「黒川さんもいらっしゃったんですね」


 未央が話しかけると、黒川は洗い物の手を止めることなく、


「う、うん、何故か巻き込まれちゃってね」


 引きつった笑顔を見せる黒川を、千里が小睨みする。


「巻き込まれるって何よ。あと少しなんだから頑張って!」


「す、すいません、先輩」


 黒川は決まり悪そうに頭を下げてから、洗い物に勤しんだ。


「よし、じゃあ皆揃ったことだし、始めようか」


 悠希の声に、皆が頷く。

 洗い物を終えた千里と黒川も席に着いたところで、合わせて十一人による『お疲れ様パーティー』が始まった。

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