破壊者の嘘
「どういう事だ。俺たちが最初に会ったのは教室だろ?」
悠希の言葉を聞いた大雅は呆れたような表情をして天を仰いだ。
「やっぱり、お前は覚えてなかったんだね」
「____」
大雅は一体何のことを言っているのだろう。
大雅だけ覚えていて悠希が忘れてしまったことがあるのか。
悠希は必死に頭をフル回転させて記憶を辿るが、どうしても大雅と教室以外の別の場所で会ったことが思い出せない。
そもそもそんな記憶が一欠片もない。
本当にそんなことがあったのだろうか。
「ごめん。俺は覚えてない」
「だろうね。あれで覚えてたらすごい記憶力の持ち主だ」
「……え?」
「お前は僕のことなんて眼中になかっただろうからね」
大雅は話しながら一人足を進め、舞台に手を伸ばして座った。
そしてそこから悠希を見下ろして続けた。
「仕方ないから話してあげるよ。それに、今から話すことが、僕がここを破壊してやろうって思ったきっかけだからね」
「何だと……!?」
悠希はヒーロー番組に出てくるラスボスを見るような表情で大雅を見つめた。
「そんな顔するなよ」
大雅はそんな悠希を嘲笑うかのように言うと、立ち上がって話し始めた。
悠希が知らないあの日の出来事を……。
「あの日僕は転入の手続きをするためにここに来たんだ」
※※※※※※※※※※
大雅は校門の前に立つと、そびえ立つ古めかしく歴史を感じさせる校舎を眺めていた。
『ここが新しい学校だな』
だが、大雅自身はそれが古めかしいとも歴史を感じさせるとも思わない。ただ古いと感じるだけだった。
少しだけ心臓がバクバクしている。鼓動の音も聞こえる。
『前の学校に長く居過ぎて、慣れが吹っ飛んだか』
大雅は胸に手を当てた。
心臓の鼓動が手に伝わってくる。やはり緊張はほぐれない。
転校など慣れていると思っていた。
今までにどれくらいの転校を繰り返してきたことか。
でも大雅にとって前の学校は何故か居心地が良かった。
周りの人間に好奇心の目で見られることもなく、転校生だからといって特別扱いされることもなかった。
学校としてそれはどうなのか真偽が問われるだろうが、そんなこと大雅にとってはどうでも良かった。
※※※※※※※※※※※
ふと、大雅は一呼吸置いた。
観客席で自分を不審そうに見上げる悠希を見てフッと口角を上げる。そして続けた。
「あそこは天国だったよ」
大雅の言葉に悠希は少しだけ俯いた。
それならどうして居心地がいい所を出てまでここに転校してきたのだろう。
「でも、こうするしかなくてさ」
悠希が尋ねる前に、大雅の方から話を切り出した。
※※※※※※※※※※
『大雅、すまないがあと少ししたら別の学校に行ってくれないか?』
叔父の声だった。
側では叔母が不安そうな表情で大雅を見つめている。
二人も自分も食事が進んでいなかった。
湯気が出ていたスープはすっかり冷めきり、コーンの粉末が皿底に溜まっていた。
大雅は持っていたスプーンを床に置いて叔父を見つめた。
『何で? 叔父さん』
大雅の真剣な表情に圧倒されたのか、叔父はハッと目を見開いて申し訳なさそうに俯く。
だが実際大雅に真剣な思いなどなかった。
むしろ自分にとって居心地のいい場所を、やっと出来た自分の本当の居場所を奪おうと考えているこの男が、ただただ腹立たしく感じていた。
『叔母さん』
大雅は視線を移し、叔母の方を見た。
叔母も叔父と全く同じ反応をした。
一つ違っていたのは目に涙を溜めていたことだけだ。
(こいつもか……)
大雅は煮え繰り返る気持ちを必死に抑えようとしながら、叔母を出来るだけ睨まないように心がけた。
二人とも自分の居場所を奪おうと考えている。
その事が大雅は信じられなかった。
※※※※※※※※※※
もともと女手一つで育ててくれていた母親が三年前に死んで自分たちが大雅を育てると名乗り出てくれたこの二人。
高校生になると入学金もかかるし生活費も学費も絡んでくる。
親戚はそう言って口を揃えて叔父叔母が大雅を育てていくことに反対していた。
『この子は大事な大事な孫だからな』
だが叔父も叔母も何回周りの親戚に反対されようと、その一点張りだった。
どんな時でもその決心が揺らぐことはなかった。
ついに親戚も折れて、結局は叔父と叔母が大雅を育てることに決まった。
何度も訪れた叔父夫婦の家。
だが三人だけのこの家は、どこか別の他人の家のように感じる。もしくは新しく建てた新居だ。
そこで、叔父は大雅に言った。
『今日から私たちが、お前の両親だ』
叔母も優しく大雅の頭を撫でて言った。
『気にしないで何でも言ってね』
そしてふんわりと微笑んだ。
二つの大きな笑顔が大雅を包んでくれた。
一人ぼっちだと思っていた大雅にとって、二人は救世主だった。
心にぽっかりと空いた穴を埋めてくれるかのように、夫婦は大雅に優しく接してくれた。
※※※※※※※※※※※
自分を捨てないで大切に育ててくれているこの二人に、大雅はすごく感謝していた。
ほんの数分前までは……。
『実は、春から私が退職することになってな、今まで入ってきていた収入がなくなってしまうんだ』
叔父が申し訳なさそうに口を開いた。
実は叔父は都内に飲食店を経営していた。
母親が生きていた頃は店舗もたくさんあって人気の飲食店だった。
だが叔父がプロデュースする店のメニューは古かった。
時代の流行についていけず、いつしかたくさんあった店舗は次々と破産し、営業中止、閉店していった。
当然、叔父が切り盛りしていた店も次第に客が減っていた。
昔からの味を好んでずっと食べに来てくれている常連客は少なからずいたが、やはりそれだけでは生活に支障が出る。
毎日の生活がやっとのことだった。
収入も少ないが大雅にかかる学費と家賃が重みになり、ギリギリで過ごしていた。
年が明けると、いよいよ経営が困難になった。
今までの常連客も次第に来なくなり、いつしか店は客一人いない殺風景な店へと変貌してしまった。
それでも大雅を育てるため、叔父は身を粉にして働いた。
バイトをいくつか掛け持ち、朝から晩まで必死に稼いでくれた。
だがそんな時、とても対抗できない壁が立ちはだかった。
老化だった。
叔父が65歳の誕生日を迎えてしまったのだ。
日本における定年退職の年齢は65歳。
その年齢を越えると、年金生活を送ることになる。
少子高齢化で年金も減ってきている世の中だ。年金だけではとても大雅を育てることができない。
困った叔父と叔母は、インターネットで年金だけでも行くことができる高校がないか徹底的に調べた。
※※※※※※※※※※
「それで見つけたのがここだ」
大雅はまるで楽しい話をしているかのように笑顔を絶やさず舞台上をぷらぷらと歩き回っている。
「ここは入学金が安いんだろ? ここなら年金暮らしでもやっていけるって言われたんだ」
「お前も、色々と大変だったんだな」
悠希は少しだけ大雅が可哀想に思えた。
大雅も色々と苦しい思いを経験してきた。
親を亡くしてそれでも希望を捨てずに、叔父さんたちが選んでくれたこの学校に転校してきたのだ。
(こいつも根っからの破壊者じゃないのかもしれないな……)
悠希はそう考えた。だが自分の考えにすぐに疑問を持つ。
(待てよ。大変だったのは親が死んで三年間、高校に転入するときだけ。こいつは確か小学校も破壊してた。その時はまだ母親は生きている……。それに大変だからって自分の学校を爆発させるなんてこと考えたりするか?)
悠希は頭を回転させながら、尚も喋り続けている舞台上の大雅を見つめた。
(やっぱり違う! こいつの話は……全部作り話だ!)




