絶体絶命
大雅&咲夜&未央VS森二三男の率いる地下組織メンバー達による戦いが始まる、ほんの数分前のこと。
生徒や教職員が避難している体育館に到着した月影先生は、すぐさま校長先生の所に駆け寄った。
「校長!」
長髪を風にたなびかせて走ってくる月影先生の姿を、校長も目を止めた。
「おお、月影先生じゃないか、他の生徒達は?」
「先程まで頑張って戦ってくれていました。今ちょうど主犯の男も逮捕されて一息ついたところです」
「そうかそうか、良かったな」
何度も頷いて目を細めて頬笑む校長に、月影先生も顔をほころばせる。
しかし校長はすぐに異変を察して表情を引き締め、
「その割には外が騒がしい気がするが……」
開いたままの体育館のドアに視線を移した。
「た、確かにそうですね。あの子達が騒いでるような声には聞こえないですし」
体育館のドアを見つめて、月影先生も異変に気付く。
二人が耳にしたのは、低い声が何重にも重なり、雄叫びとなって響き渡った音だった。
実際にはグラウンドに本物の森と組織の男達がグラウンドに到着し、森のかけ声によって男達が拳を天高く突き上げていたのだ。
しかしそんな外の状況は体育館の中からは分からない。
不安になった月影先生は、
「私、もう一度様子を見てきます!」
と言って、すぐさまグラウンドの方へと走っていった。
「あ、あぁ、気を付けなさい」
慌ててかけた校長の声も、彼女には聞こえなかった。
※※※※※※※※※※※※※※※
場所は変わってグラウンド。
例によって組織の男達と戦っている三人の『破壊者』。
月影先生がその光景を目の当たりにしたのは、戦いが始まって少ししてからである。
「あっ、先生」
走って体育館の方から出てきた月影先生を見て、茜が声をかけた。
「ね、ねぇ、これ、一体どうなってるの?」
月影先生は、終わったと思っていた対決が再び始まっているのを見て、思わず目を疑った。
「実は、俺達が森だって思ってた男が全くの別人だったんです」
険しい顔つきでグラウンドをじっと見つめながら、悠希がそう口にする。
「全くの、別人……?」
突然発せられた単語を、月影先生は即座に理解できなかった。
「森は最初から組織の別の人間、それも自分と見た目、性格、体型がそっくりな男に、自分自身を演じさせていたんです」
悠希の言葉に、月影先生は目を見張った。
「じゃ、じゃあ、本物の森さんは……」
息を呑んで、グラウンドに視線を移す月影先生。
悠希は同じようにグラウンドを見つめたまま、
「今、グラウンドに居ます」
「そ、そんな……!」
正直なところ、月影先生はそんな話など信じたくなかった。
それなら、月影先生自身が『何故この高校に手を出すのか』と尋ねた人物も、森ではない別人だったということになる。
最初の最初から、騙されていたのだ。
「そ、それで、今、もう一回戦ってくれてるの……?」
途切れ途切れの月影先生の問いかけに、悠希は無言で頷いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
バキッ! ドカッ! バン!
グラウンドに響き渡る酷い音は、戦いが始まってから一回も途切れていない。
「よ、よし……あと少しだよ」
咲夜が、ようやく見えてきた光に笑顔を浮かべる。
「ああ。最後まで気を抜くなよ」
大雅も男達を気絶させながら、口角を上げる。
何十人と居た男達は、既に半分以下に減っていた。
それでも大雅達が一方的に有利になっているわけではない。
男達も三人に対抗して、彼らよりも強い力で拳を振るっているため、三人も無傷では済まなかった。
あちこちに擦り傷や掠り傷を負っており、休みなく体を動かしているので体力も擦り切れていた。
未央に至っては、一度枯渇した体に鞭を打って奮い立っている状態であるため、大雅や咲夜に比べると気絶させた男の数も少なかった。
「未央姉ちゃん、大丈夫?」
苦しそうに息を切らしながら、龍斗に借りたバットで男達をなぎ倒していく未央を見て、咲夜が心配そうに尋ねた。
「先輩……」
大雅も心配になって、未央を見つめる。
「だ、大丈夫よ。ありがとう。あと少しなんだから頑張りましょう」
そう言いながら、未央自身も力を込める。
バットをギュッと握りしめ、足に力を入れて地面に踏ん張る。
不意に、男達の攻撃が咲夜と未央に飛んできた。
二人はすぐさま反応し、数歩ほど後ろへ下がる。
すると二人の背中がコツンと当たった。
今がその時だと、未央は口を開く。
「咲夜くん」
「は、はい」
突然名前を呼ばれた咲夜が、驚いたような声を出す。
未央はそれに思わず吹き出してしまいながら、
「『未央姉ちゃん』って呼んでくれて、ありがとね」
咲夜はその言葉に一瞬目を丸くすると、すぐにその目を柔らかく細めた。
「はい。ボクにとっては皆お兄ちゃんとお姉ちゃんですから」
未央はその言葉を聞いて口角を上げると、自身を奮い立たせながら声をあげた。
「じゃあ、もう一踏ん張り、頑張ろう!」
「はい!」
咲夜もそれに応じ、二人は再びお互いの背中から体を外して男達に立ち向かっていった。
兄弟姉妹がいない未央にとっては、『お姉ちゃん』と呼ばれること自体がないため、すごく嬉しかったのだ。
時間を空けず、その場でお礼を言いたかった未央は、その目標が達成されたことで、体の底からやる気が湧いてくるような気分になった。
そして再び奮い立つことが出来たのである。
そんな二人を横目で見てうっすらと笑みを浮かべ、大雅も目の前の敵へと攻撃を再開した。
※※※※※※※※※※※※※※※
そしてそれから数分後。
膝から崩れ落ちる一人の男。
これで森以外の____半ば彼の部下である男達は全員倒すことが出来た。
「あとはお前だけだ。ボスなのか何だか知らないけど、僕の学校に手出したことを後悔しろ」
遠くの森に向かって包丁をかざし、大雅は森を睨み付けてそう言い放つ。
残るは地下組織の代表・森二三男のみ。
額や頬、首筋など体の至るところから大量の汗をかきながら、森は取っていた距離をさらに延ばすべく、じりじりと後ずさっていく。
「ま、待ってくれ……! お、俺が悪かったよ。なぁ、許してくれよ。いくらお前らでも所詮はただのガキだ。人の命を奪うなんて物騒なことはしねぇよなぁ」
森は両手を突き出して小刻みに振りながら、懸命に命乞いをした。
まさか自分以外の組織の面々が全員倒されるとは夢にも思っていなかったのだ。
引きつったような笑顔を浮かべて、森は迫り来る三人の『破壊者』を順番に見つめる。
三人とも険しい顔つきで森を睨み付けており、とても手加減をするとは思えない。
「命は奪わない。けど、責任はちゃんと取ってもらう」
大雅がそう言うと、森は何度も頷いた。
「分かった分かった。だから俺に手を出すのは止めてくれないか?」
「出来ると思いますか? そんなこと」
未央が鋭い視線で森を射抜く。
悔しげに唇を噛んだ森は力なくうなだれた。
「く、くそっ……!」
森にとっては使い捨ての駒でしかない子供達。
彼は今、その捨て駒に追い詰められている状態だ。
こんな屈辱など一ミリも味わってられない。
「仕方ねぇ……」
地面に大量の汗を垂らしながら、森は天を仰いだ。
もう覚悟は出来た。三人に勝つ方法はこれしかない。
「おい! 連れて来い!!」
森が天へ吠えると、裏門の外に停めてあった車から一人の男と少女が出てきた。
正確に言うと、森が引き連れてきた組織の男はもう一人残っていたのだ。
そして彼が強引に引きずってきた少女の姿に、三人ともが目を疑った。
「花奈……!」
「お姉ちゃん!!」
「花奈ちゃん!!」
三人の声が重なった。




