三人の共通点
「陰陽寺! 咲夜くん!」
倒れた男達の先から現れた二人に、悠希が嬉しさのあまり声をあげた。
「な、何であいつが居るんだよ……」
この場に大雅が居ることに、龍斗が呆気に取られていた。
「助けに、来てくれたのか」
悠希はそう呟いた。
かつては悠希と対峙し、悠希にとって、いや、全校生徒にとって学校を爆破した憎むべき存在となっていた大雅。
そんな彼が、今は高校を守るために悠希達と同じ立場にいることが、素直に嬉しかったのだ。
「大雅くん……」
未央は両手で口を覆って息を呑んでいた。
一方、凛はそんな未央を、そしてグラウンドに立つ大雅を交互に見て、
「へぇ、あれが大雅くん。……結構イケメン」
おでこに手を当てて大雅を凝視しながらボソリと呟いた。
その点については悠希も同感だった。
初めて出会った去年の四月、同姓である悠希でさえも大雅の整った顔立ちに心底驚いてしまったほどだった。
それに転校してきた直後は、大雅の顔の良さに惹かれて声をかける女子も多かったのだ。
「く、くそっ! ガキが調子に乗りやがって……!」
真後ろに居る大雅と咲夜から逃げるように、森は後ろに飛び退いて彼らと距離を取った。
今は森に異常を知らせた男も気絶して倒れている。
大雅と咲夜VS森。
ニ対一の真っ向勝負が始まろうとしていた。
森は悔しげに唇を噛み締め、大雅と咲夜を睨み付ける。
「俺らがお前ら『破壊者』と戦うためにどんだけ準備してきたか知ってるか。一撃で倒されるほど、そいつらは弱くねぇんだよ!!」
グラウンドに倒れている何十人もの男達を勢いよく指差し、森は叫んだ。
だが、大雅と咲夜には森の言葉がただの負け惜しみにしか思えなかった。
だから、対応が遅れてしまったのだ。
今まで地に伏していたはずの男達がゆらりと立ち上がり、大雅と咲夜、それぞれの首根っこを掴んでグラウンドの中央に投げ飛ばしたのだ。
「ぐはぁっ!!」
「ぐっ!」
二人はしたたかに背中を打ち付け、痛みに体を震わせた。
「陰陽寺! 咲夜くん!」
たまらず悠希は叫び、グラウンドへと駆け寄ろうとした。
「待て。貴様は動くな」
「ハッ!」
だが森の『待った』が入り、悠希は思わずその足を止めてしまう。
森は悠希達の方に手を掲げ、掌をこちらに向けていた。
「俺達はな、世の中から『破壊者』だの何だの騒がれて、調子に乗ってるこいつらをぶっ倒してやるんだよ」
森は地面に倒れ、それでも必死に体を起こそうとしている大雅と咲夜を指差した。
そして校舎の手前に居る悠希達に向かって目を見開くと、
「だから、部外者は手出しすんじゃねぇ」
森の殺意にまみれた眼差しを受けて、悠希は息が詰まる思いがした。
先の言葉は悠希達に向けられたものではあったが、悠希達に届くほどのボリュームではなかった。
それなのに、悠希の体の芯から森の言葉が入ってくる感覚に襲われたのだ。
黒く染まった闇を吐き出すように、小さく声を出した森の言葉。
しかし、悠希にはしっかりとそれが届いていた。
大声で叫ばれて威嚇されるよりも、恐怖が倍増して震えが止まらない。
グラウンドに立つ男・森二三男は、悠希達の大切な高校に土足で侵入して、悠希達を傷付けるだけでは飽き足らなかった。
自身の側近である蓮美と神楽だけでなく、自分と体格や言葉遣いがそっくりな男まで利用して警察に捕獲させた。
その後、悠希達を油断させてから一気に本命で攻め込む。
それが森の作戦だった。
体力を消耗し疲労困憊の悠希達に、当然だか成す術はなかった。
だから大雅と咲夜が来てくれて、悠希は内心『これで勝てる』と思ったのだ。
何せ、悠希は両方と対峙した経験がある。
大雅は、爆弾を自分の手で作れるほどの有能ぶりを発揮して、悠希の必死な説得さえも自身の計画の時間稼ぎに利用した。
咲夜は、自分の素をも利用してか弱い少年を演じ、自身より背も高くて力も強い大人であっても平気で捩じ伏せ、殺害してきた。
二人がしてきたことは決して許されない。
それは立派な犯罪であり、それによって命を絶った人々のことを考えれば、心を痛めずにはいられない。
しかし今は、その二人よりも凶悪な存在がいる。
その存在を撃破するには、二人の力が必要不可欠であると悠希は思っていた。
実際、森(偽物)と蓮美と神楽を千里が逮捕してから本物の守りが現れるまで、数分と経っていなかった。
もしも大雅と咲夜が来てくれなければ、悠希達はそこで終わっていたに違いない。
その可能性は二人の登場によって打破することが出来た。
しかし目の前の状況を見て、それでも果たして勝てる見込みがあると思えるだろうか。
たった今、大雅と咲夜を欺いて、結果捩じ伏せている状態の森達。
彼等を倒す術はもうないのか……。
悠希はうなだれるように下を向いた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「咲夜、まだいけるよね」
グラウンドに転んだ体を起こしながら、大雅がそっと確認する。
咲夜も身を起こしながら頷いて、再び包丁を手にした。
「当たり前でしょ。さっきは不意打ち食らっちゃっただけだもん」
咲夜につられて大雅も口角を上げた。
※※※※※※※※※※※※※※※
「ね、ねぇ! 二人とも起き上がってるよ!」
グラウンドの状況が変わったのを見て、凛がグラウンドを指差して驚きの声をあげる。
凛の声に、悠希はハッと顔を上げた。
グラウンドには、腕や肩を押さえながらもゆっくりと立ち上がる大雅と咲夜の姿があった。
「私も行くわ」
そんな二人を見て声を発したのは未央だった。
未央の肩に手を置いていた凛は、彼女の衝撃的な発言に目を見張った。
「えっ!? 嘘!」
未央はため息をついて凛を見て、
「この場に及んで嘘つくわけないでしょ。ちょっと休んだらだいぶ回復したもの」
肩をクルクルと回した。
「あ、じゃあ、あたしも……」
そう言って歩き出そうとした凛の行く手を阻むように、未央は腕を出した。
「凛はここに居て」
「えっ!? 何でよー、未央が行くならあたしだって行かなきゃ。あたしも一応年上なんだし」
凛は不満そうに抗議の声をあげる。
「年上だからよ」
だが、未央はそれでも凛を行かせようとはしなかった。
「あの人達が何持ってるか分からない以上、距離はあってもここまで何か飛んできたりするかもしれないじゃない。年下の子達が危険な目に遭っても良いの?」
「そ、それは、良くないけど……」
未央から視線を逸らして、凛はボソボソと唇を尖らせながら口ごもる。
未央はそんな凛を見て笑みを浮かべ、
「だからここをお願い」
凛の肩をポンポンと叩いた。
「よ、要するに、ここの盾になるってわけね」
半ば不安そうだが、役割を与えられたことへの喜びで、凛の顔は火照っている。
「よ、よっし、任された!」
拳を固く握りしめて、凛は決意を固めた。
「じゃあ、よろしく。任せたわよ」
未央は凛に向かってウインクしてから、
「龍斗くん、これ、借りて良いかしら?」
側に立て掛けていたバットを指差して龍斗に尋ねる。
「は、はい。大丈夫です」
龍斗は驚きながらも頷いた。
「ありがとう」
龍斗にお礼を言ってから、未央はバットを手に持って大雅と咲夜の元に駆け寄っていった。
「大雅くん。……と、咲夜くん……よね?」
二人と同じ位置に並び、未央は二人に尋ねた。
「未央先輩……」
大雅が未央の姿を見て少しだけ目を見張る。
未央が来ることは大雅も予測できなかったのだ。
「未央先輩……?」
未央とは初対面であるため、誰なのかさっぱり分からない咲夜は、未央を見上げてきょとんと首を傾げた。
「花奈と僕の先輩だよ。少年院で一緒だったんだ」
頭の上にはてなが浮かんでいる咲夜に、大雅がそう説明する。
「へぇ、でもボクが入院した時はいらっしゃらなかったような……」
数ヵ月前の記憶を遡り、咲夜は少年院に入院した当初のことを思い出していた。
「あぁ、ちょうどあなたと入れ違いになったんだと思うわ。でも私も一応少年院の出なの。日向未央。よろしくね」
未央は自己紹介をして、咲夜に柔らかく微笑みかけた。
「お姉ちゃんの先輩なんだ。よろしくお願いします」
咲夜も素直に頭を下げる。
事実、未央も不可思議な放火動画が原因で、一時は『破壊者』と噂されていた身である。
勿論その時に少年院に入院していた大雅と咲夜は知る由もないが、実質的にこの三人には共通点があるのだ。
「おーい、かかってくると思ってたのにシラケさせんなよぉ。ご丁寧に自己紹介してんじゃねぇぞ」
苛立ちながら地面を足でドンドンと蹴りつつ、森が吐息。
「かかってこねぇなら、こっちから行くぞ!」
待ちくたびれたように首を一周回してから、森は周囲のメンバーに合図を送る。
そしてそれに顎を引いて答える男達。
「おらぁぁぁぁあ!!!」
雄叫びをあげながら、男達は大雅達三人に向かって迫っていった。
「じゃあ、少年院に入院してる者同士、協力しましょう!」
未央はバットを、大雅と咲夜は包丁を構えて迎え撃つ。
未央の言葉に、大雅も咲夜も素直に頷いたのだった。
『破壊者』と『地下組織』による第三回目の直接対決が幕を開けた。




