偽者の本物
「秘策……ですか?」
地下組織の基地の一室で、蓮美鏡花が尋ね返した。
彼女の目前、椅子に座ってふんぞり返っているのは地下組織の代表・森二三男である。
蓮美の横にはクラスメイトであり森の側近の神楽夏姫も控えていた。
森による指示が仰がれたのは、彼らが高校に襲撃に向かう前日の夜のことだった。
『襲撃に行く』という予定しか知らされていなかった側近の二人には、もっと別の役割を与えるために、森が呼びつけたのである。
「ああ。だからお前らにも協力してもらうぜ」
蓮美の問いかけに頷いて、森が歯を見せた。
「具体的にぃ~何するんですか~? 代表ぉ~」
神楽があざとく人差し指を顎に当てて森に尋ねると、
「お前らはまず普通に高校に通え」
森の指示に頷く二人。
続けて森は言葉を紡ぐ。
「昼休みになったら裏門に来い。お前らが来たら始める」
「分かりました」
「了解でぇ~す!」
二人の反応を聞いて、森はさらに指示を続ける。
「後は適当に歯向かってくる奴等を叩いてくれりゃ良い。おそらくお前らの同級生だろうが、躊躇するなよ」
眉を寄せて、森は不適な笑みを浮かべる。
いくら森の側近として関わっている彼女達とは言っても、流石に同級生を相手に牙を向くことが出来るとは思えない。
そのような課題を出された時に、彼女達がどう反応するか、森は目を細めて二人の反応を窺った。
蓮美と神楽は顔を見合わせてから、森を見上げた。
「勿論です、代表」
「別に大して仲良くないですしぃ~、喜んでボコボコにしますよ~」
特別戸惑う様子も見せず、蓮美と神楽はそう言った。
森は二人の反応を見て笑みを浮かべた。
「よし、ならそれでいくぞ。下がって良い」
「分かりました。失礼しました」
「失礼しましたぁ~」
丁寧にお辞儀をして部屋を出る蓮美とは反対に、神楽はあざとく敬礼をして部屋を出た。
そして二人と入れ替わるように、今度は三人の男達____二人の男子高校生と一人の中年男性が部屋に入ってきた。
森が蓮美と神楽の他にも、組織のメンバーを呼びつけていたのである。
「お呼びでしょうか、森代表」
中年男性がそう尋ねつつ膝を折り、残りの二人もそれに倣って膝まずく。
「ああ。さっきの話、聞いてたよな?」
「はい。高校を襲撃に行くんですよね?」
森の問いに頷いて、男は再確認をした。
だが、男の解釈に森は訝しげに眉を寄せた。
「勘違いすんなよ? あくまでも先に手を打っておくだけだ。あいつらが俺達を潰そうって計画立ててやがるみたいでなぁ」
「あいつら……副代表の娘さんが寝返ったっていうガキどものことですか」
かつて組織の副代表に任命された眼鏡の男。
その娘の姿を脳裏に思い起こして、男はそう推測する。
「正解だ」
今度は怒る様子もなく頷く森。
すると、二人の少年のうちの一人が話を切り出した。
「それで、僕たちは何をすればよろしいのでしょうか」
「ああ」
森は少年達に目を向けてから、
「まず、お前ら二人には百枝っつー家の前を通りながら高校でドンパチやってるってことを話しててくれ。少年院を爆破した時点で、あいつらが仲間に引き込もうと思ってる二人はそこに避難してるはずだからな。そいつらに高校でヤベェ事があったってのを知らせるんだ」
「分かりました。けど、そんなことして良いんですか? 返り討ちにあってしまうような気がするのですが」
先に話を切り出した少年が不安そうに尋ねる。
それを聞いて、彼の横に居たもう一人の少年も同意を示した。
「俺もそう思います。二人って少し前まで『破壊者』とか何とかって呼ばれてた連中っすよね? そんな奴等とまともに戦っても勝てる見込みは……」
「大丈夫だよ、心配すんな。勿論そいつらにもちゃんとした鉄槌をくれてやるさ」
少年の言葉を途中で遮り、森は余裕綽々といった笑みを浮かべた。
「どうするんですか?」
先に話を切り出した方の少年が尋ねると、
「俺達の組織の力を見せ付けてやるんだよ」
森はニヤリと歯を見せて笑った。
「つまり、組織のメンバー全員でそいつらを潰す、と」
「そういうことだ」
「じゃあ俺らは会話しながら家の前通り過ぎた後に、他のメンバーと同じように裏門近くで待機してれば良いってことっすよね?」
少年の再確認に、森は顎を引いて肯定を示した。
すると、彼らの隣に控えていた男が、自分自身の任務について尋ね始めた。
「では、私は何をすればよろしいのでしょうか」
森は今度は男の方に視線を移して、作戦の内容を説明した。
「お前は地元の交番の警官に扮装して、あのガキの母親とその部下に接触してくれ。そこで少年院が爆発したからそっちの救済に行ってほしいって言うんだ。おそらくその頃には俺達が高校を襲ってるって通報が行くはずだからな。奴等は絶対困惑するぜ」
「要するに時間稼ぎをすれば良いってことですね」
「おう。あの三人はどちみち逮捕されるだろうからな。それは計算内だ。それがちょっとでも遅くなるように手回ししといてくれ」
森に成りすます予定の男、そして側近の少女二人を思い浮かべて、森は薄く笑う。
「承知しました」
頷く男を一瞥してから、森は三人を見回した。
「三人が逮捕されてガキどもが油断してる隙をついて、組織全員で潰しにかかるってわけだ。良いな?」
森を真剣に見つめて頷く男達。
それを確認してから、森は椅子に頬杖をついた。
「話は以上だ。ちゃんとやってくれよ? 期待してんだからなぁ、俺は」
「「「はっ!」」」
三人は頭を下げて森の指示を承諾したのだった。
※※※※※※※※※※※※※※
「何で森が居るの……? さっき悠希のお母さんに逮捕してもらったじゃん!」
グラウンドに立っている男を見て、茜が信じられないと声をあげた。
悠希も茜も、その場に居た全員が目の前の状況を信じることが出来ずにいた。
しかしグラウンドに立っているのは、紛れもなく森である。
同時に先程千里がパトカーに乗せて警察署まで連行していったのも森である。
「ま、まさか……!」
ずっと考え込むように顎に手をやっていた早絵が、目を見開いた。
早絵は先程の戦闘で蓮美が言っていた言葉を思い出したのだ。
『組織のメンバーは多種多様。戦闘が得意な女子高校生がいても、何ら不思議はありませんよ』
そう言って、蓮美は意味ありげに微笑んでいたのだ。
「どうしたんだ? 早絵」
悠希が尋ねると、早絵は目を見開いたまま言った。
「鏡花ちゃんが組織のメンバーは多種多様だって言ってたの。その言葉が本当なら、森にそっくりな人が居てもおかしくないんじゃないのかなって」
もはや敵と化した蓮美の言葉を信用するのは、浅はかな気もするが、彼女の言葉を聞いた直後の早絵にはそうとしか考えられなかったのだ。
早絵の言葉を聞いて、悠希が何かを思い付いたかのように口を開いた。
「そうか、森はここに襲撃に行けばいずれ捕まることが分かってた。だから自分にそっくりな人間に森のフリをさせてたんだ」
それを聞いた全員が息を呑んで目を見張った。
「嘘……」
「全然気付かなかったよ……」
未央が手で口を覆い、凛が髪に指を差し込んで呟いた。
彼と一番間近で対決していた二人でさえ、森とあの男の違いに気付かなかったのだ。
森の秘策は大成功だったと言えるだろう。
「ごめんね、私達が最初に気付けてたら良かったのに」
そう言って未央と凛が、皆に向かって頭を下げた。
悠希はそんな二人に微笑んで首を横に振る。
「全然大丈夫ですよ。先輩方は悪くないです」
それよりも優先すべきなのは、森の退却である。
皆、先の対戦で体力も限界、もはや尽きていると言っても過言ではない。
加えて悠希と龍斗は怪我で激しく動ける状態ではない。
森と対峙してなおかつ退却させるのが最善なのは明らかである。
しかし、悠希達七人にはもうそんな気力は残っていなかった。
「俺達組織に楯突こうとするからこんなことになるんだよ。過去のお前らを呪うんだな!」
森の声と共に裏門から組織のメンバー達が続々と入ってくる。
彼らは皆、未央が所持していたような木刀を手にしていた。
「うぉっし! お前ら! かかれ!」
「うわぁぁぁぁぁ!!!!」
グラウンドに響き渡る男達の咆哮。
そして悠希達に迫っていく____と思われた時。
森の背後に控えていた男達の約半数が悲鳴をあげることもなく、その場に倒れ込んだのである。
「も、森さん!」
男のうちの一人が、森に異常事態を報告する。
森は慌てて背後を振り返って、その異常な光景を目の当たりにした。
「な、何だこれは……! ハッ!」
そして顔を上げ、気付いた。
あまたの男達の約半数を捩じ伏せた、犯人が居ることに。
「お前ら……!」
カバー付きの包丁を片手に立っていたのは、陰陽寺大雅と百枝咲夜だったのだ。




