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『破壊者』が二人

 百枝(ももえ)花奈(かな)が友達の家に居たことが判明してから三十分が経過した頃。

  陰陽寺(おんみょうじ)大雅(たいが)は百枝家の庭先で一人佇んでいた。

 すると玄関のドアを開けて百枝咲夜(さくや)が外に出てきて、大雅に尋ねた。彼は今しがた休憩中に飲んだお茶が入っていたコップを洗い終わったのである。

 そして大雅が外に居るのに気付いて、自身も外に出てきたというわけだ。


「どうしたの? 大兄」


 咲夜が出てきたことに気付いた大雅は、自分よりも背の低い彼をちらりと見やってから、


「花奈が心配でな。どうしても悪い予感が拭えない」


「お姉ちゃんなら心配ないよ。長いこと友達の家で遊んでるんじゃない?」


 咲夜はあくまでもメッセージの返信を信じ込んでいるようだ。

 本来なら疑う余地は全くないのだが、どうしても大雅にはそれが偽装工作に思えてならなかった。


 花奈とは少年院に入院中にルームメートとなったことがきっかけで仲良くなったが、彼女の生活態度を見る限り、どんなに緊急の用事があっても私物を乱雑に扱うことはなかった。


 それでも台所にあった花奈の制カバンは裏返しになっていて、まるで捨てられたかのように乱雑に置かれていた。

 大雅が知る彼女の態度とは真反対なのだ。

 実際の体験が大雅に疑念を抱かせていた。

 そしてその疑念を未だに大雅は拭いきれていない。


「そうだって返事も返ってきたし。本当に大兄は心配性なんだから」


 咲夜は大雅をからかうように悪戯っぽく笑った。


「……そうだな」


 大雅は少し曇りかけた空を見上げて息をついた。

 現在の時刻は午後三時。

 大雅と花奈は別の高校に通っているため、学校の終了時間も違うのだろう。

 花奈の高校では早めに授業が終わる関係で、大雅の高校なら六時間目が終わろうとしている時刻でも、友達の家に居ることが出来るのかもしれないと考えた。

 そう考えれば花奈が(大雅にとっては)早い時間に友達の家に居るのもおかしくない。


「…………?」


 と、思ったのだが、大雅はそこで()()()()()を抱いた。


 それにしては学校から帰っている生徒が誰一人居ないのだ。

 花奈が制カバンを台所に置きっぱなしにしていることから、花奈が一度帰宅したことは分かる。

 しかし大雅の経験上、学生というのは決まった下校時間に帰るものとは限らない。

 放課後になっても用もないのに教室でたむろっている生徒達もいれば、部活動などで校内に残っている生徒もいる。

 よって、各々で下校時間は様々だ。

 さらに花奈と咲夜の家があるのは住宅街の中の一つ。

 四方八方にたくさんの自宅が並ぶ中で、帰宅途中の生徒が誰一人いないのだ。

 流石におかしくないか、と大雅は思った。

 仮に花奈が放課後になると同時に、まっすぐ帰宅してから友達の自宅に向かったと考える。

 しかし咲夜は、大雅と共に帰宅した時点で『この時間に花奈は帰ってきている』と言っていた。

 そして当然、家の中で二人が花奈とすれ違うことはなかった。

 つまり、咲夜が認知している花奈の帰宅時間よりも前に花奈が帰宅し、そして再び出ていったということになる。

 果たしてそんなことを彼女がするのか。

 いくら友達との約束があるとは言え、普段の下校時間よりも早く帰宅することなど出来るわけがない。


 ____誘拐。


 不意にそんな言葉が大雅の脳裏をよぎった。

 同時に大雅の身体中を悪寒が襲ってくる。


 と、百枝家宅の前を、会話をしながら通りすぎる二人の男子高校生の姿があった。

 しかしその表情は明るいものではない。

 何かヒントになるかもしれないと思い、それとなく大雅は聞き耳を立てた。


「なぁ、聞いたか?」


 やがてそのうちの一人が話を切り出した。


「何を?」


 もう一人が尋ねると、先に話を切り出した少年が言った。


「あそこの高校に、ヤクザみたいな奴等が入ってきたみたいだぜ」


「マジかよ、ヤッベェ。で、あそこってどこ?」


「ほら、『破壊者』か何かで一時話題になってたとこだよ」


「あぁ、えっ!? 割とこっから近くね?」


「そそ。結構ドンパチやってるってよ? 高校生相手に」


「うわっ、容赦ねぇなぁ。大丈夫なのかよ」


「まぁ、警察が何とかすんじゃねぇの?」


「そだな。それで、話変わるんだけどさ……」


 大雅が聞いたのはそこまでだったが、それでもヒントどころか情報を入手することが出来た。

 それも大雅にとっては見過ごすことなど出来ない事態が起こっている、と。


「咲夜」


 咲夜を呼ぶと、彼は不安そうな表情で大雅を見上げた。

 咲夜もさっきの会話を聞いて、直接大雅達の学校と面識はないながらも恐怖を覚えたようだった。


「家の中からカバー付きの包丁取ってきてくれ」


 大雅の言葉に咲夜は目を見張ったが、すぐに目を元の大きさに戻して、


「……分かった」


 駆け足で家の中に入っていった。

 大雅の表情があまりにも真剣で、冗談を言っているようには到底見えなかったからである。


 そして数分もしないうちに、再び咲夜がカバー付きの包丁を片手に家から出てきた。


「持ってきたよ、大兄」


 咲夜が差し出した包丁を見て、大雅はそれを受け取りはせずに言った。


「今から高校に行く。自分で爆破させておいて何だけど、大事な母校だから」


 それに、大雅の中にはもうあの高校を恨む理由がすっかり消滅していた。

 今はただ思う。助けたい、と。


「ボクも行く」


 真剣な表情で、咲夜は言った。


「……でも」


 大雅の言葉を遮って咲夜は言った。


「ボクだって今まで何人も殺してきたんだよ。今更人助けなんてする資格はないって分かってるよ」


 顔を伏せ、咲夜は寂しげな顔をする。

 人を殺した後は必ず血に濡れていた自分の右手を見つめ、そしてその拳を握る。


「でもさ、大兄が行くんだったらボクも行く。絶対カバーは外さないから。大兄が気にしてるのはそこでしょ?」


 咲夜は大雅が言わんとしていたことをしっかり察していた。

 大雅は不安だった。

 この包丁で襲撃者と対峙すれば、確実にそのカバーを抜いてしまうに違いない。

 だが、カバーを付けたまま絶対にそれを外さなければ、よほどのことがない限り人を殺めてしまうこともない。

 襲撃者を生かしたまま止めることが出来る。


「……ああ。流石、『破壊者』同士考えが分かってるんだな」


 大雅が言うと、咲夜は満面の笑みを浮かべた。

 自分の高校を躊躇なく爆破し、罪のない人達を躊躇なく殺した二人は当初、世間から『破壊者』と呼ばれていたのだ。

 その名前はマスメディアや新聞で報道され、瞬く間に日本中に広まったことだろう。

 しかし二人ともが少年院に収容されたことで、そのように騒ぐ人々もめっきり減った。

 今現在ではそんな人物がいるのかも怪しいところだ。

 それでもあの学生達は『破壊者』の存在を覚えていた。


「まぁね。にしてもそれ、まだ言われてたね」


 大雅は笑みを浮かべた。


「そうだね。でも僕達が表舞台に立ったらまた騒がれるよ」


 咲夜は明るく笑ってから、大雅を見上げた。


「じゃあ、後で二人で讃えられるように、頑張ろうね」


「そうだな」


 笑い合い、大雅と咲夜は高校へと走っていった。

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