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疑念と安心

花奈(かな)が居ないって……どういうことだ、咲夜(さくや)


 震える咲夜の呟きを聞いて、大雅(たいが)は尋ねた。

 咲夜は床の一点を見つめながら、大きな瞳を揺らして、


「二階に居なかったんだよ、お姉ちゃん。制カバンはあるのに」


「どこかに行ったとか……」


 大雅はそう推測するが、咲夜にフルフルと首を首を横に振られてしまう。

 大雅の推測は違ったようだ。


「でもでも、お姉ちゃんはどこか行く時、絶対に机に手紙置いといてくれるんだ」


 咲夜は台所からリビングへと移動し、机の上などを確認して、


「今日は手紙はないし、家に居ないなんておかしいよ」


 そして再び部屋の中を見回して、テレビ台に置いてあった自分のスマホを手に取って電源を入れた。

 効果音とともにスマホが立ち上がり、咲夜は迷うことなくメッセージアプリのアイコンをタップ。

 そして花奈宛てにメッセージを書いた。


『お姉ちゃん、ボクだよ。今少年院が何故か爆発して家に帰ってきてるんだ。お姉ちゃんは何処に居るの?』


 そして送信ボタンをタップ。

『送信しました』という表示がスマホに表示され、咲夜はほぉっと息をついた。


「よし、オッケー。これで返事が来たら良いけど……」


 しかし時計を見上げる咲夜の表情は、不安げなままだった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※※


 ピコンと着信音が鳴って、花奈のスマホが何処かの暗闇の中で光った。


「ん?」


 それに気付いた花奈____ではなく、一人の太った男が机の上からスマホを取り上げた。


「何だって?」


 男は眉を寄せながら送られてきた文面を黙読し、ニヤリと笑った。


「ハン! お前の弟、つくづく悪い奴だな。少年院から抜け出したってよ」


 後ろを振り返り、男は誰かに文面の内容を知らせた。

 実際は咲夜が花奈の居場所を尋ねたり、やむを得ない事情を説明しているのだが、男はそんな細かい所には目を向けなかった。


「んんんん……!」


 森が立っている背後からは椅子の脚と地面が当たる音がして、同時にくぐもったような少女の呻き声もする。

 屋外なのか屋内なのか、暗闇の中ではそれさえも判別できない。

 分かるのは、狭い空間に男と少女が二人で居るということだけだった。


「あ、そうか。報告してもお前喋れねぇから意味なかったなぁ」


 思い出したようにわざとらしく言い、男は大きな笑い声をあげる。

 それからふと口を手で塞いで、


「おっと、デカイ声出しすぎちまった。外に聞こえるとヤベェからな」


 今の男の発言を聞いて、少女はここがどこかの部屋の中だと分かった。

 てなければ、男が大声で笑ったことに焦ったり、『外に聞こえる』というような発言はしないだろう。


「さてと、怪しまれても面倒だし、ちゃっちゃと返信しとくかぁ」


 男は親指を動かしてメッセージの返事を書き始めた。

 そして書き終えると満足したように笑みを浮かべて、


「よし、これで大丈夫だ。今お前は友達の家に居るってことになってっからな」


「んんん! んんんん!」


 椅子をガタガタと揺らして呻く少女。

 そんな彼女を見下ろして、男はいやらしい笑みをたたえた。


「悪いが、お前さんには利用価値がある。もっと役に立ってもらわねぇと困るんだよなぁ」


 口をガムテープで塞がれ、手足を椅子の背と脚に縛り付けられ、身動きの取れない少女を見て、男は言った。


百枝(ももえ)花奈(かな)ちゃんよぉ」


 ※※※※※※※※※※※※※※


「あ、良かった。お姉ちゃん、友達の家に居るんだって。何だよもう……心配して損しちゃった」


 届いたメッセージを読んで、咲夜は安心したように前髪をかき上げた。


「ほら、見て、大兄」


 咲夜はそれでも疑っているような大雅にスマホを見せた。

 大雅が覗き込むと、そこには花奈から届いたメッセージの返事が書かれてあった。

 大雅はその文面を読み上げた。


「心配かけてごめん。今友達の家に行ってるの」


 二言の何てことないメッセージ。

 しかし大雅はそれでも疑念を拭いきれなかった。

 咲夜はメッセージを見てもまだ眉をひそめたままの大雅を見て、


「大丈夫だよ、そんなに心配しなくても。()()()()()()こうやって言ってるんだから」


 そう言って明るく笑った。


「本当にもう、大兄は心配性だなぁ」


「そ、そうだな、悪い」


「あ、そうだ。お茶用意できてるよ」


 そう言って咲夜は台所からお盆に乗せたコップを二つ持ってきてリビングの机に置いた。

 そして机の傍のソファーを指差し、


「ほら、大兄も座ってよ。ちょっと休憩しよう」


「あ、ああ」


 台所とリビングの間に立っていた大雅は、少し間を置いてから返事をして言われるがままもう一度ソファーに腰を掛けた。


「まだお姉ちゃんが心配なの?」


 同じくソファーに座った咲夜に尋ねられて、大雅は頷いた。


「どうも嫌な予感がするんだ。このまま大人しく居ちゃいけないような」


 大雅はお茶を一口飲みながらこの胸のざわめきを咲夜に説明した。

 だが、メッセージの返信を見たことですっかり安心しきっている咲夜は、不思議そうに首を傾げただけだった。

 実際のところ、大雅の胸のざわめきは単なる『嫌な予感』ではなかった。

 何かもっと恐ろしいことが起きるような予感。

 今まで感じたことのないムシャクシャするような感覚だった。

 もっとも、今までの大雅は悪事を働く側だったため、そんな心配など無用だった。

 ただ企てた計画を順番にこなしていけば良いだけだったのだから。

 だが今は状況が違う。

 それだけではなく立場も完全に逆転している。

 今の大雅は、悪事を働こうとしている誰かに対して『嫌な予感』を覚えることしか出来ない。

 と言っても、誰かが悪事を働こうとしているという確信は持てないのだが。

 しかし、何者かによって故意に少年院が爆破されたことだけは、揺るがない事実として確かに存在している。

 どうも、少年院が爆破されたことと花奈の帰りが遅いことがどこかでリンクしているような気がしてならないのだ。

 勿論、『友達の家に居る』というメッセージは大雅もこの目で見たし、それは紛れもなく花奈から送られたものだった。


(何かある気がする……でも、何が起こるって言うんだ……?)


 大雅は今すぐこの目で花奈の安否を確認したかった。

 しかし大雅は残念なことに花奈の友達の家を知らない。


「咲夜、花奈の友達の家って分かるか?」


「ううん、ボク、お姉ちゃんの友達とは面識すらないもん」


 咲夜はそう言って首を振った。

 これで望みは絶たれた。

 咲夜がせめて花奈の友達の家を知っていれば、しらみ潰しに何人か当たってみることも出来た。

 しかし花奈の弟である咲夜でさえ、分からないのだったらお手上げだ。

 何かあるという確信はもう喉まで出かかっているというのに、その『何か』が分からないことには何一つ動けない。

 そんなもどかしさを感じながら、大雅はもう一度お茶をすすって渇いた喉を湿らせた。

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