勝負はこれから
一方、グラウンドの奥の方では、三人の少女が戦っていた。
厳密に言えば、一対二の勝負だ。
「ところで、つかぬ事をお伺いしますが、あなた方はどうしてこの組織に属していらっしゃるのですか?」
グラウンド中を走りながら、麗華は茶髪を揺らして尋ねる。
その相手は、森の側近である蓮美鏡花と神楽夏姫である。
何故、麗華がグラウンドを走っているのかと言うと、二人に攻撃を仕掛けられているからである。
麗華の質問に、蓮美がさも当然とばかりに言い放つ。
「代表が素晴らしいお方であると思ったからです。何か問題でもありますか?」
包丁を片手に持っていることでより威圧的な彼女は、麗華に鋭い視線を送った。
まるで異論は認めないと言い張るような表情である。
そんな蓮美に、神楽もピョンピョンと跳び跳ねて同意する。
「そうだよぉ〜! 代表を馬鹿にするなんて、ぐらちゃんが許さないんだからねぇ〜」
「ぐ、ぐらちゃん……?」
突然神楽の口から飛び出た意味不明な言葉に、麗華は困惑して聞き返した。
すると、神楽はリスのように頬を膨らませて、
「ぐらちゃんはぐらちゃんだよぉ〜。神楽のぐら。それくらい分かるでしょ〜?」
「も、申し訳ありません、突然の事で」
あまりの気迫に押された麗華は衝動的に頭を下げてしまう。
それでも二人の包丁から逃げることは忘れない。
「それにしてもあなた、どこかで何かを習ってたのですか。ちょこまかと素早いですね」
蓮美が麗華を追いかけるのに苦戦している様子で、そっと汗を拭う。
そして神楽が蓮美の言葉にツッコミを入れる。
「すみちゃん〜どこかで何かってこれっぽっちも分かんないよぉ〜、さすが天然ちゃん☆」
(すみちゃん……? おそらく蓮美の『すみ』でしょうか)
またもや突然神楽の口から飛び出た言葉に、一瞬困惑する麗華だったが、前例を思い出してすぐに最もらしい見当をつける。
「ぐらちゃん、変なあだ名はやめてください」
だが、蓮美にとって『天然ちゃん』と言われるのは気に入らないようで、途端に不機嫌になった。
(『すみちゃん』とか『ぐらちゃん』ってあだ名じゃないんですか……?)
てっきり『すみちゃん』と『ぐらちゃん』があだ名だと思っていた麗華は、蓮美が『天然ちゃん』をあだ名と言ったことに驚いた。
また、神楽にとっては蓮美をいじるのも日常茶飯事のようで、適当に手を振って水に流していた。
「はいはいぃ〜すみちゃんはすみちゃんだもんねぇ〜」
「勿論です。そこを外してもらうと困ります」
手に腰を当てて胸を張り、蓮美は大真面目な顔でそう主張する。
「りょーかい〜! ちゃっちゃとコイツ、片付けちゃおぅ〜」
そんな蓮美のどうでも良い拘りにも対処しつつ、神楽は走る足を速めた。
「モチのロンです」
速度が上がった二人に対処するべく、麗華も走る速さを早めつつ、ちらりと校舎側を確認する。
そこには、男一人、少女四人が戦っている姿があった。
(未央さんと凛さんも森さんと戦い始めたようですね。……あっ、茜さんと早絵さんも。それなら、私も気合い入れて頑張らないとですね!)
未央と凛は武術、茜と早絵はホウキを駆使して森に攻撃を繰り出していた。
その様子を見て、麗華も気合いを入れる。
すると、背後から蓮美の声がした。
「それで、さっきの質問はどういう意味ですか? どこのどなたか存じませんが、勝手に代表を侮辱するのは許せません」
「そうだそうだぁ〜!」
拳を突き上げて便乗する神楽。
そんな彼女はこの際無視しつつ、麗華は蓮美の言葉に思考を巡らせる。
「さっきの質問……あぁ、どうしてあなた方がこの組織に属しているのか、ということですね。それなら先程お答えを頂戴しましたが」
敵と言ってもその前に蓮美と神楽は麗華よりも先輩。
多少の礼儀は弁えなければならないため、言葉遣いには気を付けて麗華は話す。
「そういう訳ではありません。質問の意図を知りたいのです。あなた、和泉副代表の娘様ですよね」
だが蓮美は麗華の言葉を否定。
その上で麗華の素性をいきなり見破ってきた。
麗華は気付かれたことに焦りを感じながらも、冷静さを保とうとする。
それに追い討ちをかけるかのように、神楽が麗華のことを指差して、
「あっ! この子見た事あるぅ〜! 確かに確かにぃ〜、何で副代表の娘が組織の悪口言ってんの〜?」
「それは……」
麗華は返す言葉を失った。
神楽の言葉は最もである。
本来ならば組織側として暗躍しなければいけない立場の麗華が、今は反組織側として戦っているのだから。
組織のメンバー側からしてみれば、納得のいかない話である。
「言えないこと〜? あ、単純に裏切りかぁ〜」
わざとらしく人差し指を顎に当てて、空を仰ぐ神楽。
『裏切り』という言葉に少々心を揺らされながらも、麗華はキッパリと言い放った。
「色々あったのです。あなた方に教える義理はありません」
麗華の敵視の視線を受けて、神楽は驚いたように目と口を丸くしたが、すぐにその両方を細めた。
「ふ~ん、まぁ良いや~。どうせ死んじゃうんだもんね~。行くよ~すみちゃん~」
「分かりました、行きましょう」
神楽の言葉に蓮美が同意して、途端に休戦が幕を下ろすことになった。
麗華は踵を返して走りながら、手元の銃を見下ろした。
(これはBB弾用の銃……撃っても勿論効き目はない。でも本物の弾を発泡するわけにはいかないし……仕方ない。アレを使うしか……)
密かに心を決める麗華。
しかし銃を向けられた神楽は、当然ながらそれが本物だと思って、
「へぇ~ぐらちゃん達のこと殺す気~? それBB弾用だって代表から聞いたんだけど~」
「ええ。その通りですよ」
難なく肯定しながらも、裏で森が麗華の情報をこの二人に引き渡していた事実を知り、麗華は背筋が凍る思いがした。
自分の知らないところで、自分の情報が伝わっていたのだから。
しかし苦し紛れの肯定は、逆に蓮美と神楽の戦闘心に火をつけてしまったようだった。
蓮美が視線を一層鋭くして、
「ふざけないでください。これは真剣な戦いなんですよ」
「そうだよ~! ぐらちゃん達のことなめてんの~?」
包丁をクルクルと軽く振り回し、神楽も怒っている様子。
そんな二人の気迫に押されながらも、麗華は神楽に銃を向け、そして発砲した。
「いえ、そうではありません。……こうするんですよ」
弾を撃つ音が響き、神楽の左腕に弾が命中する。
しかし、撃たれた本人の身に特別な変化が起こった様子はない。
神楽は自分の左腕を見下ろして、血が出ないことを確認すると、麗華を煽るように言った。
「はぁ~? 何したの~? 痛くも痒くもないんだけど~」
空中で左腕をブンブンと振り、何も異常がないことを見せつける神楽。
そんな彼女の様子を横目で確認して、蓮美はホッと息をつくと再び麗華に向き直った。
「茶番に付き合っている暇はありません。ぐらちゃん、行きますよ」
「OK~! ……ん!?」
そうして麗華に刃を向けようと駆け出した二人。
だが、その直後で神楽が眉を寄せた。
「どうしました?」
蓮美の問いに、神楽は顔を引きつらせながらも明るさを装って左腕を右手で押さえた。
「な、何か~腕が痺れて動かしにくい感じ~。で、でもでも~大丈夫だよ~すぐ動く……痛っ!」
軽く振り回そうとした途端に左腕に痛みが走り、顔を歪める神楽。
蓮美も動揺を隠せずに目を見開いた。
「ぐ、ぐらちゃん……? あなた、ぐらちゃんに何をしたんですか!」
「申し訳ありません……と、謝る必要もないでしょうか」
麗華は唇を引き結んで、銃を掲げた。
「勿論これはBB弾用の銃です。でもそのBB弾に痺れ薬を塗って発泡すれば、薬が付いた箇所が痺れるんですよ」
麗華の説明を受けて、地団駄を踏む神楽。
「も、もぅ~何なのよ~最悪~」
「ぐらちゃんは休んでいてください。あいつを……潰します!」
蓮美が神楽を落ち着かせ、麗華を睨み付けて包丁を片手に迫っていく。
「す、すみちゃん~危ないよ~」
自分の腕の痛みを抑えて蓮美に向かって神楽は叫ぶ。
だが、蓮美に神楽の声は聞こえていない。
というよりも、意図的に無視しているというところか。
「あなたも痺れ薬を食らいたいんですか?」
迫ってくる蓮美に動じることなく銃を向ける麗華。
しかし蓮美は余裕の笑みを浮かべた。
「ふっ、まさか。仕掛けが分かれば簡単なものです。避ければ良いのですから」
「くっ……素早くてなかなか当たらない……!」
銃弾を籠めて発砲しようとする麗華だったが、蓮美を追うのが精一杯でなかなか弾を当てることが出来ない。
「甘く見ているから、悪いんですよっ!」
「うっ!! し、しまっ……」
包丁を振りかぶった蓮美。
麗華はそれを避けようとして、誤って銃を手放してしまった。
銃は麗華の手を離れてグラウンドの土の上を回転しながら転がっていった。
「銃を手放したあなたなど、もはや敵ではありません」
包丁を片手に迫り来る蓮美を、麗華は慎重に見定める。
そして蓮美が再び包丁を振りかぶった瞬間、
「くっ!」
身体を必死に捻って攻撃を回避した。
攻撃を回避された方の蓮美は、悔しげに舌を鳴らしたが、嬉しそうに口角を上げた。
その理由は____、
「なるほど、反射神経はよろしいようで。潰し甲斐があります」
そう、蓮美は麗華と正々堂々と勝負したかったのだ。
その上で自分の方が格上だと分からせて確実に潰す。
それが、蓮美は勿論、神楽、もとい地下組織メンバーのやり方だった。
振りかぶって前のめりになった体勢を整え、姿勢を正してから蓮美は麗華に向けて言った。
「勝負は、これからですよ」
蓮美の笑みに危険を感じ、麗華は改めて全神経を集中させた。
と、その時だった。
「「麗華ちゃん!!」」
ホウキを片手に蓮美と麗華の間に割り込んできた者達がいた。
「茜さん……早絵さん……どうして」
自分の前に立った二人を見上げて、麗華が驚きの声をあげる。
首だけで振り返る二人。
先に茜が口を開いた。
「未央先輩と凛先輩に頼まれたんだ。麗華ちゃんのフォローお願いって」
「……ありがとうございます」
自分のことを助けに行くよう指示してくれた未央と凛に感謝し、その事実を嬉しく思いながら、麗華は顔をほころばせた。
「いいえ、今どんな状況?」
首を振って微笑んだ後で表情を引き締め、早絵は前____蓮美の方に向き直る。
麗華は今の状況を茜と早絵に説明した。
「あっちの元気な方は痺れ薬で動けない状態です。今まで大人しい方と戦っていました」
「な、何となく分かった気がする……了解!」
麗華の言葉に茜は苦笑。
何故なら、性格で判断されては蓮美と神楽をよく知るこの高校の生徒しか二人の性格による判別の理解ができないからだ。
「はい、これ」
「あ、ありがとうございます」
早絵は離れた所に転がっていた麗華の銃を持ち主に手渡した。
ペコリと頭を下げてそれを受け取る麗華。
一方の蓮美は目の前の敵が三人になったことに、若干気が滅入ったように後ずさりするが、
「ふん、三人になったところで、やることは変わりません!」
再び包丁を構えて身を低くし身構えた。
「鏡花ちゃん! 夏姫ちゃん! 何でこんな組織に加担したの!?」
早絵が二人に向かって叫ぶ。
蓮美は早絵の問いかけに、呆れたように息を吐いて、
「またその質問ですか……さっきも答えましたが、代表が素晴らしいお方だと思ったからですよ」
「だからって……」
茜が蓮美に物申そうとするが、蓮美はそれを遮って言葉を紡ぐ。
「茜ちゃんと早絵ちゃんに、とやかく言われる筋合いはありません。こうやって向き合ったら最後、私達は敵同士です」
「仕方ないか……早絵、麗華ちゃん、やるよ!」
茜もホウキを手に身構える。
「うん!」
「はい!」
茜の言葉を受けて、早絵と麗華もホウキと銃をそれぞれ持ち、三人は戦闘準備に入った。




