再戦闘
「おらっ! このっ! 食らえ!」
「へっへへへ、結構結構」
龍斗が次々に拳を突き出して森に攻撃を仕掛けていた。
高校のグラウンドが土埃を上げて、二人の靴を隠す。
その開けた空間には、龍斗の拳が鋭く風を切る音とグラウンドの砂利が擦る音だけがこだましていた。
「三対一なのに挑んでくるんですね」
「挑んでくるんだねぇ」
二人の対決を少し離れた所で観察している少女達は、呆れたようにそう口にした。
前者が蓮美鏡花、後者が神楽夏姫である。
勿論のこと、二人の呟きは拳を交えて戦っている龍斗と森には聞こえない。
龍斗が必死に拳を突き出す一方で、森は余裕綽々といった表情でそれを避けていく。
所詮は大人vs子供の戦い。結果は誰が見ても分かりきったことである。
それでも龍斗は、突き出す拳を、踏み出す足を止めない。
だが、突き出した拳は一向に森の身体に直撃しないままである。
「おらおら、そんな程度かぁ? 自分から突っ込んで来ておいて、良いザマじゃねぇの」
森は全く当たらない攻撃を繰り出してばかりの龍斗を見て、嘲笑いをした。
「くっ……るせぇ! なら本気のパンチ見せてやるよ!」
歯を噛み締め、龍斗は腕に力を込めてそれを振るう。
だが____、
「食らうまでもねぇが……なっ!!」
「ぐはぁっ!?」
森は龍斗のみぞおちに拳を突き当てた。
すると、龍斗が唾を吐いて校舎の方へ吹っ飛んだ。
「龍斗!」
転げる龍斗に向かって悠希は叫ぶ。
「く、くそっ……! 俺のパンチを易々と避けるとは……やるな、おっさん……」
痛そうにみぞおちを両手で押さえ、よろめきながらも立ち上がる龍斗。
眼前で拳に息を吹きかけている森を見つめる。
「ていうか、それで通用するとでも思ってたのかよ」
鋭いツッコミを入れる悠希。
森の方を向いたままの龍斗の頬に、密かに怒りの亀裂が走る。
「やっぱり馬鹿ね」
「先生まで!?」
月影先生も、龍斗をジト目で見ながらため息。
悠希だけではなく、彼女にまで呆れられた龍斗は、思わず叫んで目を見開いた。
「ずっと丸腰でやり合うつもりかよ。さっさとこれ使えよ」
片目を瞑って息を吐き、悠希は野球用バットを差し出した。
森に戦いを挑む前の龍斗から『いざという時に』と言って預かっていたものである。
「い、いけるかなって僅かな望みを抱いてただけだよ」
悠希からバットを受け取って、龍斗は明後日の方向を向いて頬を掻く。
「抱くだけ無駄だったな」
「なっ!?」
だが、呆気なく悠希に吐き捨てられて、龍斗は目を見開いてその場に硬直。
そんな龍斗に呆れながら、悠希は頬を緩めて笑顔を見せる。
「良いからさっさと使え。俺ももうちょっとで動けるようになるからさ、それまで時間稼ぎ頼むよ、龍斗」
「ふん! 悪く言う割には俺に頼りっきりじゃねぇかよ。ったく、しょうがねぇなぁ! じゃ、ちょっくら、やってきましょうかねぇ!」
人差し指で鼻を擦り、龍斗はやる気満々にバットを振り回す。
「単純ね、西尾」
「そういう奴ですから」
思わず呆れる先生に、悠希は片頬をつり上げながら答えた。
「おっしゃ! 行くぜ!」
だが、そんな二人の会話も耳に入らない龍斗。
地面を強く踏みしめて、森の方へと歩いていった。
「はぁ? 野球バット?」
再び自分の前に立ち塞がった龍斗の手元を見て、森は眉をひそめる。
龍斗の手には部活で使い古した黄土色の野球バットが握られていた。
「ハン! そんなもんで俺とやり合えるって思ってんのか。やっぱ所詮はただのガキだなぁ。遊びに付き合ってやった後にたっぷり可愛がってやるかぁ」
龍斗の愚かさを鼻で笑い、森は腰に手を当てて余裕をかます。
そして首だけで後ろを振り返り、側近の二人に小声で言った。
「そん時は、お前らも頼むぜ」
「承知致しました、代表」
「りょーかいですぅ、代表ぅ」
蓮美がおへそ辺りで手を組んでお辞儀。
彼女の長い髪が風を受けてふわりと揺らめく。
一方、神楽は短髪に手を当ててあざとく敬礼のポーズを取った。
それぞれの動作を森が口角を上げながら見ていると、龍斗が彼を煽ったような口調で叫んできた。
「何だよ、来いよ。もしかしてコレに怖じ気付いて恐れをなしたか?」
クルクルとバットを振り回し、森に向ける龍斗。
そんな龍斗を見て、森は訝しげに眉を寄せた。
「んなわけねぇだろ、馬鹿かお前は」
「うぐっ……こいつにも馬鹿にされるとは……」
汗をかきつつ龍斗は呟く。
呆れる悠希の横で、月影先生は前髪に手を差し込んでため息をついた。
「ま、まぁ良い! 勝負はこれからだからな!」
「そんなもんで俺に勝てると思ってるそのふざけた頭を俺の手でぶっ壊してやるよ」
森は目を細めて龍斗をその細い瞳に捉え、小さく呟いた。
「文字通り……な」
その声は遠くに居る龍斗には聞こえない。
龍斗はやる気満々な様子でバットを手に、森に向かって突っ込んでいった。
「行くぞ森ぃー!!!」




