破壊者との再会
「さて、こんなもんかな」
学校の屋上で大雅が呟いている。
不意に床に校内地図を広げていたのを半ば乱暴に閉じて、ゆっくりと立ち上がる。
そして出口に向かって歩いていった。
「陰陽寺!」
声と同時にその出口のドアが勢いよく開かれ、悠希が息を切らしながら屋上に入ってきた。
(何で僕の居場所がわかったんだ……)
大雅は信じられない気持ちで悠希をしばらく見つめた。
目を見開いてまるで彫刻の像のように固まっていたが、不意に口元が緩んで低い笑いが滲み出てくる。
「何がおかしい!」
悠希はなおも、挑戦的な態度で笑う大雅を見つめている。
どうして自分の居場所が突き止められたのか、というような表情で固まっていた目の前の男がいきなり笑い出したことに少なからず不信感を抱きながら。
「いや、お前、僕のこと探して学校中を走り回ってたんだろ?」
笑いを含みながらも大雅は悠希の方に目線を移す。
「だからなんだよ」
悠希はますます不信感を募らせた。
自分のことを探しながら学校中を走り回ったということがなぜ大雅の笑いを引き起こすのか、まるで理解できなかった。
「お前もそこまで馬鹿じゃない。教室全てに僕がいないとなれば、あとは屋上。誰だってそう思う。それなのに僕は……ククククク……」
ついに堪え切れなくなったのか、大雅は笑いを声に出しながら悠希を見つめている。
「なのに僕は、最初何でお前がここを探し当てることができたのかわからなかった。アホでもわかる、いや、最終的にはわかることなのにな」
「何でこんなことしたんだ!」
悠希は笑い続ける大雅に対する怒りを抑えようと試みながら、聞いた。
「これがもう僕の習慣でね。今更やめられないんだ」
そう言う大雅の顔には反省の色がない。
「習慣……だと?」
「ああ。そうさ。だから僕にも止められないんだ。残念だけど」
悠希には信じられなかった。
他人を死ぬ直前にまで追い込むだけに飽き足らず、校舎を爆発させる。
どうやったらこんな卑劣なことが習慣になるのか。
まるで理解できなかった。
悠希は思わずボソッとつぶやいた。
「お前……それでも人間か」
それを聞いた大雅の目が一瞬見開かれたように見えた。
だが、
「さぁ、どうだろ。もしかしたら心は化け物かもなぁ」
悠希の問いに、大雅は平然と答える。
もしかすると、もう諦めているのかもしれない。
大雅のその言葉からはそんな風に伺える。
「本当にそれでいいって思ってるのか」
「僕にもわからないんだ。ずっとやってきたことだし」
その言葉は果たして真実なのだろうか。
それとも悠希を欺き、心の中では嘲笑っているのだろうか。
「ま、どっちにしろ、もう始めちゃったことだ。一回始めたことは終わりまでしっかりやらないと」
手をパチンと鳴らして、大雅は笑顔で言った。
「まだ爆発させる気か!」
悠希は思わず声を荒げた。
見ると、大雅の足元にはまだ沢山の爆弾が置かれてある。
こんなに沢山の爆弾がまた爆発すると考えたら……。
悠希は身震いを隠せなかった。
「ハハ、怖い? そうでしょ? 怖がってる。だって肩が震えてんだもん」
だが大雅にはそれが滑稽に感じるらしく、まるで悠希を馬鹿にするように笑っている。
「お前は、何とも思わないのか」
震えを止めようと深呼吸をしながら悠希は大雅に聞いた。
「うん。別に何とも。さっきも言ったけど、これが僕の習慣なんだから」
そして足を進め、震えている悠希の肩にポンと手を置く。
「怖くも何ともないよ」
そして薄気味悪い笑顔を浮かべた。
悠希は背筋が凍る思いだった。
やっぱりこいつはただ者じゃない。
自分でも言っていたように、本当の化け物かもしれない。
悠希はそう確信した。
大雅は目を見開いて、その場に立ち尽くす悠希を面白がるように笑顔を向けると、肩から手を離して言った。
「ついてきて」
「なんだと」
大雅は悠希の言葉を無視して校内の暗闇に消えていく。
追いかけなければ……。
誰かを、なにかを傷つけることに何の未練も感じていないような男だ。
何をしでかすかわからない。
だが、それがとてつもなく恐ろしい事だというのは明らかだ。
悠希は固まる両足を無理やり地面から離して大雅の後をついていった。
※※※※※※※※※※
公民館の大広間ではざわめきが絶えない。
最初の爆発から既に一時間が経っていた。
あれから爆発は聞こえてこない。
その安心感からか、生徒たちは仲良しの友達同士で輪になり、楽しそうに喋っていた。
龍斗と茜を除いては。
「ねぇ、龍斗」
「何だよ」
「悠希、死んでないよね」
「バカ! そんな縁起でもねぇこと言うなよ!」
龍斗は思わず声を荒げた。
悠希に限って死ぬはずがない。絶対に、まだ生きている。
少なくともそう信じたかった。
龍斗が叫んだのに肩をビクッとすくめた茜は、蚊の鳴くような声で俯いた。
「ごめん、そうだよね。ちょっと心配になっちゃって……」
龍斗は茜の言葉にハッと我に返ったように茜を見つめた。
茜の肩は小刻みに震えていて、もう少しで泣いてしまいそうだった。
いや、心の中ではもう涙を流しているのかもしれない。
龍斗は少しだけ黙り込んで目をそらした。
不安なのは龍斗も同じだった。
だが、「死」という言葉を聞いてたまらなく心配になったのだ。
出来ればそんな言葉は聞きたくなかった。
だから茜の口から「死」という言葉が出た時に全身が氷のように冷たくなるのを感じた。
「死」という言葉だけで自分の体がどうにかなってしまいそうだった。
だが、同時にもっと不安なのは茜の方だと気付いた。
あの時、茜は悠希を信じて学校に残した。
でも龍斗は死ぬのが怖くて、少しでも早く学校から出たくて、必死に階段を駆け下りた。
先に校舎から出た。悠希だけでなく、茜まで残して。
自分勝手だった。
あの時の自分は、二人の友達失格だった。
死ぬかもしれない恐怖を、悠希一人に背負わせて、悠希の言葉を信じて、校舎から出てしまった。
もし、あそこで悠希を引きずってでも一緒に逃げていれば、こんな不安を抱えることもなかった。
茜の胸は後悔でいっぱいだった。胸が締め付けられる思いだった。
ただ、悠希が生きていることを、そして元気に帰ってきてくれることを願うしかない。祈るしかない。
茜にはそれしかできない。
そんな思いが、茜の頭の中でぐるぐるぐるぐる、何回もまわっていた。
「ごめん、急に大声出しちまって」
龍斗の言葉に、茜はパッと顔を上げた。
見ると、龍斗が申し訳なさそうに俯いていた。
茜が龍斗を見つめていると、龍斗は絞り出すようにゆっくりと言った。
「不安なのは俺も一緒だ。お前が今どんな思いか、痛いほどわかってる。でも、だからこそ、今はあいつを信じて待つしかねぇと思うんだ」
龍斗は茜の目を真っ直ぐ見据えた。
茜には、龍斗の優しさが素直に嬉しかった。
我慢していた思いがこみ上げてくる。
はっきりと見えていた龍斗の顔が徐々に霞んでくる。
その涙は思いと一緒に溢れてきた。
涙でほとんど何も見えなかった。
でも、茜の心の中は晴れていた。もう不安はなかった。
悠希を、龍斗を信じよう。
改めてそう決意する。
「うん!」
茜は龍斗に精一杯の笑顔を向けた。そして力強く頷いた。
※※※※※※※※※※
病院の廊下をひたすら走る足音が聞こえる。
その足音に混じって、荒い息遣いもする。
「古橋!」
病室のドアが乱暴に開かれ、早絵が入り口を見ると、息を切らして汗を流しながら立っている月影先生が目に入った。
「先生。どうしたんですか?」
早絵は突然の先生の訪問に驚きながら聞いた。
先生は早絵の質問には答えずゴクリと唾を飲み込み、息を整えてからまっすぐ早絵のベッドへと足を運ぶ。
その眼差しがいつにも増して真剣だった。
「古橋、落ち着いて聞いて」
「……はい」
早絵には先生の言葉が指す意味がよくわからなかった。
だがとにかく先生が真剣なのは感じ取れた。
よほどのことがあったに違いない。
早絵の胸が少しざわついた。
先生はベッドの側にあったパイプ椅子に腰を下ろすと、早絵をまっすぐ見つめて告げた。
「学校が、爆破された」
「……え?」
早絵はすぐに理解できなかった。
だが徐々に先生の言葉が脳内をゆっくり駆け巡っていく。
「学校が……爆破……?」
早絵はポツリと繰り返した。




