無謀なやり方
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「りゅ……!」
『龍斗くん!』と叫ぼうとした女___千里は、慌てて自身の口を塞いだ。
ここで龍斗を呼べば、確実に自分達の正体がバレてしまう。
「こ、この子、どうしたんですか」
あまりにも無惨な龍斗の姿に、男___黒川も震えが止まらない。
何度も何度も殴られた痕があって、血が滲んだり内出血して青くなっている部位もある。
何より、明後日の方向を向いているその瞳に光は無く、目を開けたまま意識を失っているようだった。
「ここから脱出しようとしたんでな、ちょっとばかり可愛がってやったんだよ」
森は悪怯れる様子も見せず平然とそう言った。
その口ぶりから推測するに、龍斗をいたぶったのは森だろう。
「そ、それで、私達の極秘任務ってどんなことをすれば良いですか?」
千里がおそるおそる尋ねると、森は千里と黒川の方を振り返ってその口角を上げた。
「お前らの任務はな、こいつと一緒に暮らすことだ!」
唐突に声を荒げ、千里と黒川を突き飛ばす。
「うっ!」
「うわぁっ!」
二人は地面に転がって痛みに声をあげ、何とか体を起こして森を見る。
信じられなかった。
森に命じられた任務は、龍斗と共にこの牢獄に居ろということだったのだ。
森は目を見開く二人を、まるでゴミを見るような冷たい目で見つめて吐き捨てた。
「三人仲良くのたれ死ね! なぁ、警察さんよぉ」
呆然と森を見る千里と黒川。
その二人の前で扉が勢いよく閉まった。
「ふん、この俺を欺くなんて100年早ぇよ」
閉まった扉の外で、森はほくそ笑んでその場を立ち去った。
その様子を、陰からそっと丸刈りが見つめていた。
※※※※※※※※※※
「龍斗くん! 龍斗くんしっかりして!」
千里は何度も何度も龍斗を揺すったが、反応は無い。
「酷い怪我……森に殴られたんでしょうか」
龍斗の無惨な姿を見て、黒川が眉をひそめた。
「多分そうね。脱出しようとしたって森が言ってたし、頑張って脱出しようとしたのに見つかってそれで暴力を受けたのよ、きっと」
そう言うと、千里はジャケットを脱いでブラウス姿になった。
「えっ!? 先輩、何やって……」
突然の千里の行動に、黒川は目を丸くした。
「とりあえず手当しないと。まだ血が出てる所もあるわ。多分暴力を受けて少ししか経ってないのね」
千里はジャケットの裾をビリビリと破って、龍斗の傷口を塞いでいった。
千里の言う通り、龍斗の脱出が森に見つかったのは実に二日前のこと。
当然、傷痕も新しい。
「よし、これで応急処置……とまではいかないけど。ちょっとはマシかしら」
破ったジャケットの裾を駆使して龍斗の傷の手当てを終えた千里は、汗を拭って息を一つ。
「目、覚ますでしょうか」
黒川が心配そうに龍斗を見つめる。
「そうね……息はあるからまだ大丈夫だと思うわ」
そう言いながら千里は龍斗を抱き抱えて側にあったベッドへ寝かせる。
ふとベッド周辺に目を移すと、乱暴に捨てられたシーツがあった。
千里はそのシーツを拾い上げ、
「きっと脱出しようとしてこれを外したのね」
その場にシーツがあるのを考えると、元々このベッドには親切にシーツがかけられていたに違いない。
実際は龍斗が脱出する際に外したものである。
だが、不覚にも龍斗の脱出は失敗に終わった。
そしてそんな彼を待っていたのが森の暴力だったというわけだ。
千里はシーツをぎゅっと握りしめた。
許せなかった。
龍斗が気を失うまで暴力をふるい、冷たい床に放置していた森が。
おまけに龍斗を殴る際も全く手加減をしなかった森が。
千里は警察だ。傷を見れば大体どれくらいの力でやられたものかは判別できる。
その彼女が見ても、龍斗の怪我はあまりにも酷すぎるものだった。
とは言え、
「不覚だったわね。まさか森に変装を見破られていたなんて」
千里の言葉に黒川も顔を伏せる。
二人も腐っても大の大人だ。
スーツ姿と眼鏡だけで変装が完璧だとは本気で思っていなかった。
それにいきなり龍斗の所に誘うような言い方をすれば、間違いなく森も怪しむはずだと踏んでいた。
だが、森が怪しむ素振りも見せずに騙されたふりをしたために、すっかり油断してしまったのだ。
確実に千里達の落ち度である。
「あいつ、最初から全部分かった上で騙されたふりをしていたんでしょうか」
黒川が顔を伏せ床を見たままポツリと呟く。
「きっとそうね。詰めが甘かったわ……!」
反省しても今更遅いというのは二人も分かっている。
だが、組織に潜入するしか龍斗のことを確認する手段が無かったのだ。
だから、あまりにも無謀なやり方で失敗する確率が高いと分かっていてもやらざるを得なかった。
そこに、僅かな望みをかけたのだ。
「でもいつまでも項垂れてるわけにもいかないわ。早くここから脱出しなきゃ」
「で、でも、龍斗くんがそれで失敗したじゃないですか! 失敗したからこんなになったんですよ? 脱出は不可能だって彼を見たら分かるじゃないですか!」
「静かに」
口に指を当てて千里は黒川を制す。
黒川はそれを見て慌てて口を塞いだ。
ここで大声を出しては森達や組織のメンバーに聞こえてしまうかもしれない。
「分かってるわよ。でもだからって大人しくしてられるわけないでしょ。私達は警察よ。何のために訓練重ねてきたと思ってるの」
千里は黒川を真っ直ぐ見据えた。
「今こそ訓練の成果を見せるときよ」




