届け
白いシーツを外すと、何本もの鉄の棒のようなもので組まれたベッドの本体があらわになる。
「これ、直で寝たら痛いやつだそ」
コンコンと鉄の棒を叩いて龍斗は呟き、ヨイショと持ち上げて、ベッドの足の部分を壁に立てかけた。
「結構重いけど、何とか高さは足りそうだな」
ベッドを立てかけた壁を見上げ、その先にある小窓を見つめる。
夜空が映るそれには運の良いことに白い縁があった。
壁に立てかけたベッドを踏み台にすれば、簡単に抜け出せそうだ。
「想像以上に都合が良いな」
ここまで都合良く物事が進んでいくことに半笑いしつつ、龍斗は腰に手を当てる。
「でも待てよ。大体こういう窓にはセンサーがつきものだよな。仮に叩き割れたとしてもサイレンみたいなのが鳴ってバレることも……」
流石にサイレンの有無まで調べられないが、迂闊に窓を割るべきではないのは確かである。
ここで一つ、壁が立ちはだかった。
ベッドを登って縁を掴み、窓を割ればおそらくはサイレンが鳴り響いて一発でアウトだ。
かと言って、ここから脱出するにはあの小窓をぶち破る他に方法が思いつかない。
しかも重要なのは、組織のメンバーの手を借りることなく龍斗が自力で出来る方法が最優ということだ。
それに……。
「ここからは見えねぇが、降りた下に組織の奴らが警備してたりしても終わりだしな」
サイレンが無い方向で話を進めても、窓から飛び降りた先に警備をしている組織のメンバーが居れば即効で戻される。
「だからってここに大人しく居た方が死ぬ確率高くなるよな」
留まっても脱出しても、死ぬ可能性はぴったりとついてくる。
どちらが良いとも言い切れない状況だが。
散々迷った末に、龍斗は答えを出した。
「ああもう! 仕方ねぇ! 『当たって砕けろ』だ!」
数歩後ずさって助走をつけ、一息ついて駆け出す。
ベッドの硬い鉄部分を踏み台にして、足に力を込める。
(届けっ……!)
腕が千切れるかと思うほど手を伸ばし、小窓の縁に指をかける。
(よし、届いた!)
ひとまず第一関門突破である。
腕力で体を引き上げ、縁に両腕を置く。
今の龍斗は、縁に肘までを乗せてぶら下がっている状態だ。
あとは、拳で窓ガラスを割るだけである。
「頼むから鳴らないでくれよ……」
可能性としてはほぼ不可能だが、ガラスを叩き割った際のサイレンが鳴らないことを祈りつつ、龍斗は拳を振り上げる。
だが、ここで一つ注意しなければならない事がある。
仮に窓ガラスがものすごく頑丈だったとしても、何回も何回も叩かないという事だ。
その音が森達に聞こえてしまえば、脱走を企てていたことがバレてしまう。
一撃で。たった一撃で叩き割らなければならないのだ。
「割れろっ!」
振り上げた拳に祈りと渾身の力を込めて、一気に振り下ろす。
音を立てて、ガラスと拳がぶつかった___。
※※※※※※※※※※
「えっ!? 龍斗がさらわれた!?」
「しっ! 大声出すな!」
叫んだ茜の口を慌てて塞ぎ、悠希は声をひそめる。
龍斗が悠希達の前から姿を消してちょうど一週間目の朝。
悠希は昨日辿り着いた一つの可能性を茜と早絵に話した。
「ごめんごめん、つい」
茜は後頭部に手をやってあははと笑った。
「ついじゃないよ、全く」
悠希が吐息して茜を小睨みしていると、
「何で分かったの? 悠希くん」
心配そうな表情で早絵が尋ねてきた。
「昨日、龍斗の家に行ったんだ。そしたら龍斗のお母さんが『家にも帰ってきてない』って言ってて。それにここ最近は龍斗との喧嘩も無いみたいなんだ」
『親子間の喧嘩はない』と聞いて、茜が頬杖をつく。
この可能性を推測したのは彼女だったからだ。
つまり、龍斗の家出の可能性は完璧に打ち消されたという事である。
「そっか。それ以外ってなると、あいつが何者かに誘拐された可能性しか考えられない」
悠希の言葉に納得の意を示すように茜はフムフムと頷いた。
「早絵と茜が陰陽寺に色々されても、龍斗だけは大丈夫だったから俺もすっかり油断してたんだ。でも……あいつが狙われる可能性だって十分にあったのに」
身近な所まで注意を怠った自身に悔しさが募り、悠希は俯いた。
早絵が大雅に刺されたこと、茜が大雅に監禁されたこと。
この二つの出来事を経て、万が一のため注意は怠らないとはっきり誓ったはずだった。
だが、悠希の友人は彼女らだけではない。
幼馴染みである龍斗も、狙われる対象に十分匹敵するのだ。
安心して油断して、肝心なところでまたつまずいてしまった。
悠希にとって龍斗が最大の盲点だった。
(悪い、龍斗。すぐ助けにいくからな……)
悠希は心の中で龍斗に呼び掛けた。
「私達で助けに行こう」
その声に顔をあげると、茜が悠希と早絵を見つめていた。
「夏に陰陽寺の計画に気付いて、悠希が一人で陰陽寺を止めに行ったことあったでしょ?」
茜の問いかけに悠希は頷く。
___時間は去年の夏まで遡る。
陰陽寺大雅の計画を知った悠希、龍斗、茜が彼を止めようとした時のことだ。
一度大きな爆発が起こり、学校中が騒然となる中で、悠希は一人、大雅を止めるために学校に残った。
その頃、早絵は大雅に刺された傷がもとで入院していたので、学校には居なかった。
だが、校長から学校で爆発が起こったことを聞かされ、結局は体育館で悠希と共に大雅を説得したのだが。
一方、龍斗と茜は悠希の指示で他の生徒らと共に公民館に避難していたのだ___。
「私ものすごく不安だったんだ。あいつ、何するか分からなかったし、もし悠希が死んじゃったりしたらどうしようって。それでも龍斗はずっと励ましてくれた。『悠希なら大丈夫だ』ってずっと笑っててくれたの」
そう話す茜の口元がゆっくりと綻んでいく。
「今思えば、適当なこと言ってるよ。本当のところは悠希にしか分からないのに。……でもさ、その時すごく救われたの。あいつの笑顔見てたら自然と『大丈夫なんだ』って思えてきて。実際大丈夫だったし」
茜はそこで言葉を切って、力強く言った。
「だから今度は私が龍斗を助けに行く」
茜の決意に、悠希と早絵も頷く。
まだ朝陽が照らす教室で、三人は新たな戦いへの決意を固めた。
【このはか劇場】
龍斗「はっくしょい! 誰か俺の噂した?」
茜「噂じゃなくて思い出話だよ」
龍斗「なぁ、茜〜早く助けに来てくれよ〜」
茜「何その語尾伸ばす変な喋り方。気持ち悪い。ちょっとでも龍斗に感謝した私が馬鹿だった」
龍斗「嘘!? 茜、俺に感謝してくれてたのか!?
やったー!」
茜「何で喜んでんの? やっぱり気持ち悪い」
龍斗「おっ! これが噂に聞くツンデレってやつか!」
茜「はぁ〜!? うるさいなぁ! ていうか、あんたはさっさと帰ってきなさい!」
龍斗「おっ! これもツンデレ特有の命令形と見せかけてのお願いってやつだな」
茜「しつこい! もう帰ってこないで!」
龍斗「え!? ちょっ……帰らせろよ!」




