緩んだもの
「てか、何もねぇな」
放課後の帰り道、龍斗が後頭部に腕を回して指を絡ませながら退屈そうに言った。
「その方がむしろありがたいだろ」
そんな彼に呆れつつ悠希は少しだけ頬を緩めた。
麗華の病室で未央や凛と共に決意を新たにした悠希達だったが、数日が経過した現在でも彼らの身に危険らしき事態は一切降りかかってきていなかった。
最初は一番能天気そうな龍斗が一番警戒して、終始周囲を挙動不審に確認していたほどだったのだが、数日も経つと自然にその警戒心も薄れてくるものである。
「そんな事言って油断してたら狙われるんだからね」
お下げを揺らして龍斗の顔を覗き込むようにして首を傾げる茜。
「ふん、んな事言われなくたって分かってるもんな」
茜に軽口を叩かれて唇を曲げる龍斗。
だが、先程の彼女の言葉に少しだけ龍斗への気遣いが含まれているような気がして、龍斗は曲げた唇が瞬時に横に開いてしまいそうになるのを何とか抑える。
「でも本当に今の所何も無くて良かったよね」
そんな龍斗を微笑ましそうに眺めつつ、早絵が和やかに安堵を語った。
「そうだな。まぁ、『油断は禁物』なのは今も変わってないけど」
あの日の病室で決意した強い気持ちを思い出し、自身の胸に変わらず芽生え続けているそれを内心で再認識しながら悠希は同意する。
「『油断は禁物』って聞いた後にこんな事言うのもアレだけどさ、案外私達ってマークされてないのかもよ」
自身で前置きしているが、悠希の発言と矛盾した事を言う茜に対して龍斗の目が見開かれる。
「あり得るよな。俺達ってマークしようと思えばすぐ出来るくらい弱っちいのにさ」
「自分で自分をディスるなよ」
茜への賛同の直後に自らを下げる龍斗に、悠希はツッコまずにはいられない。
「だってそうだろ? 組織の代表の奴が麗華ちゃんの病院に来た時点で、あの病院の居場所は知られてる。あいつらの次に麗華ちゃんの病室に入ったのが俺達だから、組織の奴らは絶対俺達を危険視するはずだ。で、気に入らねぇからって潰すのも簡単だろ? でも全く手出してこねぇってことはだぜ?」
身振り手振りを駆使し、散々自分達がマークされるかもしれなかった過程を熱弁した後で、龍斗は急にそこで言葉を切り意味ありげに三人を見回した。
「何だよ」
悠希の呟きとも取れる疑問に待ってましたとばかりに顔を輝かせ、
「案外俺達って、マークされてねぇってことだよ!」
龍斗の結論に三人は言葉を失った。
そしてその沈黙を破るように、
「いや、それ私言ったし」
茜が盛大にツッコミを入れる。
それに合わせて残りの二人が真剣な表情で頷いてみせた。
結局は時間の無駄だったのである。
だがそんな所が龍斗らしいと悠希も早絵も笑いを隠せなかった。
頷いた後で吹き出す二人に、
「な、んだよ。笑うなよ。俺大真面目だったんだぞ⁉︎ 」
大失態に顔を赤らめつつ、龍斗が大声で叫ぶ。
「やっぱりお前の話って時間の無駄だよな」
長年の経験からも分かる事を悠希は口にする。
「酷っ! 何なんだよもう」
地団駄を踏み、唇を尖らせて、龍斗は不満げに言った。
「まぁ、とりあえず、警戒心は弱めないで各自気を付けるって事だな」
これ以上続けても拉致があかないので、悠希がそう言って締めくくる。
全員一致でこの話は終了し、それぞれ家路に着くまではたわいの無い世間話などで盛り上がった。
「じゃあな」
「おう、また明日な」
「うん。バイバイ」
「また明日ね」
悠希、龍斗、茜、早絵とそれぞれが口々に別れの言葉を言って、一行は解散となった。
「うぐっ!」
そのため、三人と別れた直後に龍斗の口が何者かによって押さえられ、龍斗が意識を無くしたことには誰も気付かなかった___。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「悠希くん達にはあんなに強気に言っちゃったけど、いざとなると緊張するよね〜」
一方、麗華の病室では凛がため息をついていた。
悠希達の前では強がって『歳上のあたし達が頑張るから!』と胸を張ってみせたものの、実際は頑張れる自信も少ししか無く、凛は途方に暮れていた。
「そんな事言ったって仕方ないでしょ。私は凛がそんな事言う前からそのつもりだったし、あの子達を危険にさらすわけにはいかないでしょ?」
未央がぴしゃりと言い放つ。
側のベッドに座っている麗華も『大丈夫ですか?』とすっかり弱り切っている凛を心配していた。
「うん。悠希くん達には安全にしてもらわないと。……よしっ! 大丈夫っ! ありがとう麗華ちゃん」
拳を握りしめてやる気を増幅させた後で、凛は麗華に視線を移してお礼を言った。
お礼を言われた麗華は、安心したように微笑んだ。
「ごめんなさい。私のせいで未央さんと凛さんはまた病院通いみたいな事になっちゃって……」
だが、次に彼女が言葉を発した時には麗華の笑顔は消えていた。
未央も凛も黙って俯く麗華を見つめる。
肩にかかりそうなボブヘアーを垂らしているせいで表情は見えないが、先程の声音から考えて明らかに麗華が凹んでいるのは分かった。
『笑顔が消えている』というのは文字通りである。
「大丈夫。それは気にしない約束でしょ? 麗華ちゃんが悪いなんて誰も思ってないんだから」
麗華の小さな肩に手を置き、未央が優しく慰める。
麗華は未央の言葉に顔を上げると目尻に涙を浮かべながら、
「本当に、大丈夫なんですか?」
と尋ねた。
「勿論」
頷く未央と共に凛もにっこりと笑う。
二人の笑顔を見て、ようやく麗華の顔にも明るみが戻ってきたのであった。
13(サン)9(キュー)話目ということで、140話目突入にあたって改めて読んでくださる皆様に感謝を。




