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少年院。
罪を犯した20歳未満の子供が少年裁判の判決によって入院することがある施設だ。
悪く言えば、子供用の刑務所。
良く言えば、社会復帰のための特別な学校。
そこに、日向未央は入院することになった。
そこでは名前ではなく番号で呼ばれる。
未央にも番号が与えられ、その番号で呼ばれた。
「人殺しといて自由がないなんてふざけたこと言うつもりはないよ。でも、結局一緒だった。彼を殺しても結局何も変わらなかった。寧ろ増えたくらい。罪悪感とか後悔の気持ちとか束縛が」
未央は息を吐き、床を見つめる。
「暗いだけの人生だと思ってた。人殺したんだし当然の報いなんだけど。でも、花奈ちゃんのおかげで明るくなれたんだ」
未央の口から出た少女の名前を聞き、悠希は以前母と訪れた自宅で出会った少女を思い出した。
百枝花奈。それが彼女の名前だった。
彼女自身、罪は犯しておらず、実際は弟の罪を被って少年院に入院していた。
「今まで見たこともないくらい純粋な子で、毎日顔見るだけで癒された」
唯一未央を『先輩』と呼んでくれた、笑顔が絶えない可愛らしい少女。
暗く寂しい少年院生活の中で、未央に希望を与えてくれた存在である。
「なのに……」
そこで未央は唇を噛んだ。
自身がやろうとしていた計画を横に座る悠希に話す、その勇気がまだ無かった。
言わなければ。
言わなければ、未央は前に進めない気がするのだ。
ずっとずっと、後悔してきた。
何故自分はこのような計画を思い付いたのか、実戦には至らなかったものの、何故それを実行しようと思い立ったのか、今は無き思いを必死に手繰り寄せ、理由を探した。
そしてそのあまりにも自己中心的な理由に後悔の念が止まらなかった。
「私、花奈ちゃんを利用しようとしたの」
「……利用?」
「うん。本当は花奈ちゃんは何も罪犯してなくて、弟の咲夜くんを庇ってたの。事情も知らなかったから、それを知った時はただただ咲夜くんが許せなかった。花奈ちゃんはこんなに苦しんでたのにその間のうのうと生きてた咲夜くんが」
百枝咲夜。
悠希とも関わりを持った中学生であり、自身が死を望んだことがきっかけで、同じように死を望む人達の手助けとして殺人を繰り返してきた。
そのことが近隣住民に知られて問い詰められたのを姉である花奈が庇ったことで、日常生活を取り戻した。
だが、悠希を拉致監禁したことで罪に問われ、同時に過去の花奈が犯人だと思われていた殺人が咲夜によるものだと判明したことで、現在は少年院に入院している。
「確か、陰陽寺に次ぐ第二の破壊者って謳われてたんですよね」
悠希の言葉に頷き、未央は続ける。
「今考えたらおかしいんだけど、その咲夜くんに戒めとして花奈ちゃんを拉致監禁したように見せかけた動画をどうにかして見せて、自分の犯した罪の重さを分らせてやろうって思ったの」
その為に何度も花奈の家を訪れ、密かに彼女を拉致監禁する計画を企てていた未央。
「でもやっぱりやめた。私がやる資格なんてないし何より花奈ちゃんも咲夜くんも悲しくなる。せいせいするのは私くらいで何のメリットもないから」
「そうだったんですね」
「でもそしたら今度は咲夜くんが可哀想に思えたの。何でまだこれからの中学生が殺人を犯すほど心を痛めないといけないんだろうって。そんな風にした周りの環境とか社会が憎らしくなって、どうにかこの酷い事実が世間に広まってほしいって思ったの」
「……もしかして、あの不可解現象動画は」
目を見開く悠希に頷き、未央が言葉を紡いだ。
「うん。私がやったの。勿論あの火はすぐに消し止めたから実質被害はゼロなんだけど、それでも世間を騒がせたことに変わりはない。少しでも若年層による犯罪を問題視してほしかったんだ。全部全部、空回りして結局変なことしちゃってるけど」
「でも僕も気持ちは同じです。『破壊者だ』って騒ぎ立てられてる陰陽寺、同級生なんです。だから未央先輩の気持ち分かります」
「そう? 気持ちだけでも分かってくれたなら話した甲斐があったかな」
未央は息をついて悠希の方に振り向いて、
「これで、私の話は終わり。……軽蔑したでしょ。こんな最低な人」
微笑を含んだ声で言った。
「いいえ。これで計画を実行してたら恨みますけどね」
「うん、そりゃあそうだよね」
「でも話してくれて良かったです」
未央の横顔を見て悠希は笑みを浮かべた。
「未央先輩、ちゃんと反省してるじゃないですか。自分の過ちを認めて受け入れるのって難しいけど大事なことです。先輩はそれが出来てます。だからもう大丈夫ですよ」
「悠希くん……」
悠希を見つめる未央の瞳が潤み、涙が溢れ出てくる。
「ありがとう」
涙を拭き、鼻を啜って息を吐くと、未央は一言そう言って笑った。
自分の過ちを忘れずに戒めとして永遠に覚えておこうと誓いながら。
「あ! こんな所にいた!」
背後からの声に未央と悠希が振り返ると、そこには息を弾ませた凛が立っていた。
「どうしたの? 凛」
「聞いて聞いて! 麗華ちゃんの意識が戻ったよ!」
満面の笑みを浮かべる凛に、悠希と未央の顔もほころぶ。
「麗華ちゃん!」
病室に入るや否や、未央は叫びベッドに駆け寄った。
「未央さん……」
ベッドに横たわる麗華が、薄目を開けて酸素マスクを曇らせながらか細く笑う。
「良かった。無事に意識が戻ったんだね。麗華ちゃん」
再び未央の目に涙が浮かぶ。
側に立つ凛の目尻にも涙が浮かんでいた。その涙を軽く拭いながら凛は笑った。
「えへへ。本当に良かったよ」
「……ありがとう、ございます、凛さん」
意識を取り戻したばかりの麗華はまだ辿々しい喋り方だったが、その顔は安心感で満ち溢れていた。




