束縛された過去
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「話ってなんですか?」
早乙女悠希は、自動販売機が並びソファーも設置されている病院内の小さなロビーで尋ねた。
「未央先輩」
自分に話をしようと誘ってきた相手___日向未央を見て。
「うん。……すっごい言いにくいことなんだけど、悠希くんには知ってもらった方がいい気がするの」
「……はい」
未央が話そうとしている内容も分からないまま、悠希は顎を引いた。
何故よりによって話し相手がまだ会ったばかりの自分なのか、凛のことを置き去りにして大丈夫なのか、色々疑問はある。
だが今はそれよりも、未央の話を聞こうと思った。
未央が意図したことだから、きっと全て考えあってのことだろう、と。
未央は長い黒髪を揺らしてソファーに腰掛け、悠希にも座るようにとソファーをポンポンと叩いた。
「はい、じゃあお邪魔します」
少し距離を取って、悠希も座る。
未央は深呼吸をして、床の一点を見つめていた。
だがすぐにその視線を悠希に移す。
「まず、私の過去のことから」
発せられた未央の言葉に、悠希は黙って顎を引く。
が、未央は「その前に」と人差し指を立てた。
「もし、途中で気分が悪くなったり、この話聞きたくないって思ったら遠慮しないで言ってね」
「はい」
この言葉で未央がこれから何を話すつもりなのか、大体の予想はついた。
悠希は息を呑み、未央の言葉をじっと待つ。
悠希の推測が正しければ、何を言われても大丈夫だと腹をくくりながら。
「私ね、彼氏を殺したの」
悠希は衝撃的だった。
今までの自分の経験を踏まえて、未央が話す内容として予想していたことを遥かに上回るものだったからだ。
一体なぜ、そんな残虐な行為を……?
「彼、学校でもすごく人気者で。だから私が彼と付き合えるなんて想像もしてなかったの。告白を承諾してくれた時は、もうすごく嬉しかった」
俯いている未央の瞳に少しだけ輝きが戻る。
二度と体験できない、亡き彼との思い出を蘇らせているかのように。
「でも、やっぱり彼、人気だから」
未央は同じ言葉を口にした。
それが未央を殺人犯にしてしまった原因、そして彼の魅力なのだろう。
「私と付き合うようになってからも告白は続いてたし、バレンタインデーのチョコの量も尋常じゃなかったわ。彼にとっては普通だったし、私にとっても普通だった。最初はそんなこと気にも留めなかったんだけど」
彼女として未央が目の前にいても、彼は黄色い歓声をあげる他の女子達の方に振り向いていた。
彼女らに笑顔を見せる彼が、未央の前だけ疲れた表情をするのも特別感があって誇らしかった。
だが、彼の表裏の差はだんだん開いていった。
「私が何か言ってもすぐ『疲れてるからごめん』って言うし、しまいには手を上げそうにまでなったの。それで思った。何で彼女の私よりも他の子達が優先なの?って。彼氏は彼女を優先してくれるものじゃないの?って」
それ以来、未央は自分が彼の『彼女』ではなく『奴隷』のように使われているような気になった。
言葉、仕草、表情……。何を取っても他の子達より格下のもの。
そう思うと、とても彼を愛する気にはなれなかった。
今まで『彼だから普通』だと思っていたことも『普通』だと思えなくなった。
未央にだけ見せた彼の疲れた表情は、ただ裏で彼が休みために使われただけ。
自分を愛しているから、何をしても嬉しいと思ってくれるだろう。
彼からそんな言葉が聞こえてくる気がした。彼の行動全てにおいてそう言っているように思えた。
「ふざけないでよって思ったわ。腹立たしかった。自分が休むために私を利用してたんだって。私は使われただけ。奴隷みたいに利用されただけ。彼と一緒になれて浮かれてたのを内心で笑ってオモチャにされてただけ。彼が私の告白を承諾したのも、彼のためだった。私のためじゃなかった。私の気持ちを分かってくれてたわけじゃなかった」
未央の眉間にしわが寄り、彼に対する憎悪が湧き上がる。
「許せない。絶対に許さない。私を騙して、自分の都合の良いように利用して。そんな彼に私は尻尾振ってひょこひょこついていってたの。首輪で繋がれた犬みたいに。彼への怒りは勿論だけど、そんな自分が情けなくなった」
未央はそこで息を吐き、胸に手を当てて押し黙った。
沈黙が流れる。未央はずっと俯いたまま。
やがて天を仰いで未央は続きを口にした。
「彼が私のこと何とも思ってないなら、私だってこの気持ち捨てて良いはず。私だけ夢見てたなんて恥ずかし過ぎて死にたくなる。何度も何度も『愛してる』って言ったくせに全部嘘だった。じゃあ、私も嘘ついて良いじゃんって思ったの」
付き合い始めて半年が経った。
バレンタインの時期がやってきた。
そこで彼女は嘘をついた。
「今月バイト代が安かったからあなたの分のチョコ買えないわ、ごめんなさい。代わりに女の子達からのチョコ、いっぱい食べて来てって言ったの。まぁ、彼は元々貰ったものはすぐに食べる派だったから特に心配もなかったんだけど一応、ね」
そして彼が帰宅した夜に未央は箱を渡した。
「彼にチョコをあげたの。『高級品ですごく美味しいから食べてみて』って。『今朝のことは嘘。あなたを喜ばせたかったの』って。本物の彼女みたいでしょ。最後くらい彼女っぽくしたかったもん」
誰にともなく微笑し、未央は肩を落とした。
「チョコってね、とんでもない程食べたら死んじゃうんだって」
「……そうなんですね」
悠希の言葉に頷き、未央は続ける。
「勿論彼が食べて来たチョコが致死量までいってるか分からなかったから、毒も入れておいたんだけど」
悠希は目を見開いた。
目の前の少女は、彼氏を殺すために毒入りのチョコをあげたのだ。
確信犯だ。完璧な計画だ。毒を入れられてしまえば間違いなく彼は命を絶つ。
「彼の息が途絶えた時、『あぁ、これで私は奴隷じゃなくなったんだ』って思ったらとても気が楽になった。嬉しかった。やっと一人の人間として生活していけるって」
未央の唇が横に引かれ、笑みを構成していく。
未央は笑顔のまま、残酷なことを口にした。
「まぁ、そのあと待ってたのがまた地獄だったんだけどね」
彼を殺したことで束縛から解放されて自由になった彼女を待ち受けていたのは、少年院という束縛の場所だった。




