引き裂かれた親子
「あ、あそこ!」
麗華を助けるべく、暗い路地を未央と黒川と共に走っていた凛はある方向を指して声をあげた。
彼女が指差す前方、小さな階段から続く開けた広場に二人のシルエットがある。細かく言えば一方がもう一方を痛ぶっている姿。そして砂の上に転がる少女を容赦なく攻撃しているのが、先程凛の小型スマホに着信を入れた男、和泉である。
『やぁ、佐々木。ちょっと今手こずってるんだが、話がある。基地の外で、待っててくれないか?」
言葉間に力む和泉。何かを叩いたり蹴ったりしているように聞こえる鈍い音。それと同時に微かに聞こえる麗華と思しき少女の呻き声。
それらから判断して、凛はこう思った。
『麗華ちゃんが……襲われてる……』
惜しくもその言葉は口をついで飛び出てしまい、未央と黒川もその状況を知ることになったのだ。
___凛の予想は見事的中していた。
「「麗華ちゃん!」」
「止めろ! 和泉!」
未央と凛が麗華の名を呼び、黒川が攻撃を止めない和泉の元へ駆け寄る。
和泉を突き飛ばし、横たわる麗華を庇うように立つ黒川を見て、和泉は笑った。
「何だ、黒川さんじゃないですか。どうしたんですか?」
いやらしい笑みを浮かべ、細い指で眼鏡を上げる。
「お前、自分が何したか分かってるのか」
「あぁ、麗華のことですか。ちょっとしつけてただけですよ。お気になさらず」
全く反省の色がない和泉に、黒川は怒りを抑えきれずつかみかかる。
「こんなに酷い怪我負わせておいて、これがしつけだと? ふざけるな……!」
歯を食いしばり、目を見開いて和泉を睨みつける黒川。
事実、麗華の顔は傷だらけで、切れた口から出血していた。白いジャンパーは砂と泥塗れですっかり薄茶色へと変色している。肩まで伸びた茶髪はぐしゃぐしゃ。かろうじて息はしているものの、既に意識はなかった。
「きゅ、救急車呼ばなきゃ」
青ざめた凛は、倒れた麗華を抱き上げようとして更なる異変に気付く。
「未央!」
スマホで救急通報しようとした未央は、その手を止めて凛を見た。
「麗華ちゃん、骨折してる」
だらりと垂れた力無き麗華の右腕。きっと動けるうちは必死で抵抗していたのだろう。
こんな状態になるまで暴行を受けていたのだと思うだけでゾッとする。だが今、そんな恐怖感は不要だ。冷静に素早く、やるべきことをやらなければならない。
未央は凛に頷き、救急通報に取りかかった。
「おーおー、怖い怖い。そんなに怒らないでくださいよ。手加減はしてますからすぐ目覚ましますよ」
一方、広場の中央では。
両手を上げて、黒川を挑発するように和泉が言った。
「そういう問題じゃない!」
思わず声を荒げる黒川を、和泉は面白がるように笑みを浮かべて見ている。
これ以上言い合っても拉致があかない。そう思った黒川は、警察手帳を掲げてみせた。
和泉の目が驚いたように一瞬見開かれる。
そんな彼に鋭い視線を送りながら、腕時計を見て黒川は言った。
「午後10時30分。暴行罪の容疑で現行犯逮捕する」
ガチャリという金属音を出して和泉の腕に手錠がはめられた。
「何だ、警察だったんだ、黒川さん。通りで動きが素早いわけだ」
捕まった今、和泉は動くことが出来ない。そんな愚かな自分を自笑し、ぼやく。
「何のつもりで俺たちを呼んだのかは知らないが、それも含めて署でしっかり話してもらうからな」
警察らしい強気な口調で黒川は和泉を締め上げた。
「痛い痛い痛い……! 佐々木だけですよ、呼んだのは。ていうか、警察って思ったより乱暴ですね」
その後、未央の通報によって、現場にパトカーと救急車が到着した。和泉は黒川と千里が連行、麗華は未央と凛が付き添うことになった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
その後、無事に麗華の怪我の処置は終わった。
口には酸素マスクが付けられ、折れた腕はギプスで固定されており、頭だけではなくお腹にも包帯が巻かれてあるのが入院服の隙間から垣間見える。
「良かった、麗華ちゃん」
病室のベッドに横たわる麗華を見て、未央が胸をなでおろした。
「うん」
だが横に座る凛はうかない顔をしていた。
「どうしたの?」
そっと未央が尋ねると、凛の目から涙が溢れ出す。
「あたし、麗華ちゃんと電話したのに、もし和泉さんとか森さんにバレたら麗華ちゃんが痛い目に合わされるって考えてなかった。麗華ちゃん、絶対痛かったよね。危ないのも分かっててあたしに電話くれて、そのせいで和泉さんに殴られて、蹴られて……」
包帯が巻かれた麗華の左手を握り、凛は涙を零す。
「ごめんね、麗華ちゃん。ごめんね……」
目を瞑り、凛は麗華に何度も何度も謝罪しながら狭い病室の中で泣きじゃくった。
未央はただ、震える凛の背中をさすってやることしか出来なかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「じゃあ、洗いざらい話してもらおうか」
一方、警察署の取調室では、机を挟んで黒川と和泉が相対していた。側には千里も在籍し、パソコンで二人の言動を記録する係を任されていた。
「まず、娘さんに暴行した件だが、これはどういう目的で?」
「あいつが佐々木たちに内緒で電話していたからだ」
眼鏡の奥の瞳が意味ありげに細まる。
「それだけで暴行したのか」
「うーん、まぁ、そういうことだな」
やる気のない和泉の態度に腹を立て、黒川は机を叩いて、
「真面目にやれ」
歯を食いしばり、冷静さを装って静かに言う。
「洗いざらい話してもらうって言っただろ。隠さないで全部吐いてもらわないと困るんだ」
「黙秘権っていうのもあるよな? 刑事さん」
薄笑いをする和泉を見つめていた黒川は、コクリと頷く。
黒川の肯定を見て、和泉は椅子の背にもたれかかり、腕と足を組んで言った。
「じゃあ、俺は黙秘権を行使する」




