無事でいて
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本日2回目の投稿です!
「……未央さんにも伝えてください」
時間は昨夜まで遡る。
組織の代表者、森と副代表且つ実父、和泉が話しているのを間近で聞いた少女は危機感を感じた。
そして適当な理由をつけて父の端末を借り、『後始末』に匹敵する人物に電話をかけたのだ。
その人物の名は、日向未央と佐々木凛。
彼女たちと初めて出会った時のことを和泉麗華は思い出しながら、電話に出た凛に忠告していた。
この二人は絶対に組織の手にかかってはいけない。守れるのは麗華だけ。何とかして確実に迫りくる危機から逃れてほしい。そしてあわよくば、この組織と二度と関わることのないように……。
その一心で忠告した。
凛に未央にも伝えるようにお願いした後、麗華はすぐに電話を切った。そしてふぅ、と一息つく。
ひとまずこれで安心だ。
「何をしている、麗華」
麗華は背後からの声にハッと目を見開いた。声の主の眼鏡が暗闇の中で白い光を放っている。
マズイ、マズイ……。バレないうちにと思っていたのに……。
「あ、ありがとうございました。お父さん。これ、借りていたスマホです」
動揺を隠すように笑顔を取り繕って、麗華は和泉にスマホを差し出した。
娘の両掌の上でブルブルと震えている端末を見て和泉は眉をひそめた。
「どうした? 何をそんなに震えているんだ?」
「い、いえ、何でもありません。ちょっと……寒くて」
どうにかまともな言い訳をする麗華。
「そうか」
和泉は納得したように顎に触れたが、
「じゃあ、何でもないことないじゃないか」
「……え?」
「寒いんだろう? じゃあ何でもないっていうのは嘘じゃないか。何でそんな嘘をついた?」
核心をつかれて、麗華は思わず押し黙る。やはり組織の副代表まで一気に上り詰めた男だ。痛いところをついてくる。
「す、すみません。やっぱり正直に言った方が良いと思い直して」
頭を下げて麗華は謝罪の言葉を述べる。これでどうにか納得してくれないものか、と父の顔色を伺いながら。
「そうか。それで、さっき誰と話してたんだ?」
「っ……!」
普段ならなんてことない質問だ。素直に答えれば問題ない。
だが、今は状況が違う。電話の相手を言えば、和泉の怒りを招いてしまうに違いない。
「ん? 誰と話してたんだ?」
さっきと同じ質問を、和泉はまた投げかけてきた。
「と、友達……です」
間違ってはいない。歳の差があるだけで、実際問題、未央や凛ともそういう関係にあると言えるはずだ。
「そうか」
和泉はまた納得したように声を発すると、麗華の肩に優しく触れた。
「じゃあどうして、日向の名前が出てきたんだ?」
「……!」
しまったと麗華は思った。まさか最後の会話を和泉に聞かれていたとは思いもしなかった。
「友達ですよ」
だがまだ誤魔化す隙はある。麗華はまた言った。
「うん、友達ってことはさっき聞いたぞ。何で日向の名前が出てくるんだって聞いてるんだが」
「お父さん、勘違いしてないですか?」
父に背を向けたまま、麗華は尋ねる。幸い頬に垂れる汗の滴は和泉には見えていない。口だけならいくらでも……。
「私の中学校の友達ですよ。同じクラスに日向っていう名字の子がいるんです。その子と喋ってたんですよ。お父さんもしかして、未央さんと勘違いしてないですか。……!!」
麗華は自分で言って絶句した。かつて自分が放った言葉を思い出したのだ。
『未央さんにも伝えてください』
麗華は会話の最後にこう言った。和泉が未央のことを日向と呼んだために、余計な勘違いをしてしまっていたことに気付いたのだ。
この言葉を聞かれてしまっているなら、もう打開策はない。素直に認めるしか……。
「ん? 何だ?」
その事に初めから気付いていたような口調で、和泉は問いかける。『言い訳はもう済んだのか?』とでも言っているような声音だった。
(いや、まだすり抜けられる!)
麗華の中学での友達について、和泉は全く知らない。つまり、未央という友達が麗華のクラスに居るという設定を築き上げても、和泉は何ら疑問を持たないはずだ。
「同じクラスに……」
これで誤魔化せるなら……!
「同じクラスに、日向未央ちゃんっていう名前の子がいるんですよ。あ、偶然でしたね。未央さんと同じだ」
さもたった今気付いたかのように、麗華は明るく話す。焦った様子を見られないよう、未だ父に背を向けたまま。
「だから言ったじゃないですか、お父さん。それで未央さんと勘違いしちゃったんですよ。世の中には同姓同名の方だって沢山居ますしね」
「そうだな」
和泉も納得の意を示したように賛同した。
「じゃあ何でそんなに熱く弁解してるんだ?」
麗華の笑顔が凍りついた。
「まるで、言い訳してるみたいだな。麗華。別に隠さなくてもいいんだ」
白いジャンパーのフードを掴み、和泉は突如歩き出した。
首が締め付けられるような苦しい感覚に悶えながら、麗華は抵抗できずに引きずられていく。
「お、お父さんっ、何を……」
「会話は初めから聞いてたよ。お前がわざわざ私の端末を借りたがるなんてあり得ないからね」
嫌味な言い方で、和泉は歩みを止めないまま不気味な笑い声を発する。
着いた先は、組織の建物から出てすぐの開けた広場だった。暗闇の中で、近くの電気灯に照らされた広場が麗華の視界にもちらりと映る。
和泉は麗華のフードを地面に投げつけるように乱暴に手を振った。
「うっ!」
飛ばされて尻餅をついた麗華は、痛みに声をあげた。顔を歪めながら薄気味悪い笑いを浮かべる父を見上げる。
父が何をしようと考えているのか、そう考える暇もなく、腹を足で押されて地面に仰向けになった。
「お、お父さ……あぁっ!」
腹を足でぐりぐりと痛めつけられて悲鳴をあげる麗華。その痛みに苦しむ顔を見つめながら、和泉は狂気の笑みを浮かべたまま笑い出す。
「俺を騙せるとでも思ったか⁉︎ 馬鹿野郎! 何年お前の父親やってると思ってんだ⁉︎」
荒い口調で罵倒されて、そこからはあっという間だった。
首を掴まれて体が宙に浮き、拳を腹に何度も何度も押し込まれ、その度に唾を吐く。
それが終わったかと思えば、また地面に叩きつけられて身体中を蹴りが襲う。
抵抗しようにも、その隙を和泉は全く与えてくれない。
もう、駄目だと麗華は思った。
絶望しかなかった。何故もっと周囲に注意を払っておかなかったのか。それさえ怠らなければこんな事にはならなかったはずなのに。打たれ、蹴られながらも自責が止まらない。
大馬鹿な自分の情けなさに笑みが溢れる。
最早痛みも感じない領域に達してしまった。身体中が痺れて動かない。
そして意識もどんどん遠のいていく。このまま自分は死ぬのだと、麗華は確信した。
未央と凛だけは、無事でいてほしい。
女子高生二人の無事を案じる麗華。
そこで彼女の意識は途絶えた。




