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着信音

「はぁ⁉︎ あんたが地下組織に入ってた⁉︎」


「は、はい、申し訳ないです」


 女性の驚く声の後に男性がか細く謝罪する声が聞こえる。

 それは警視庁のとある一室からで、そのドアの上部には『捜査係』という看板が付けられていた。

 だが実際その部屋を覗いてみれば、中にいるのは男女二人のみ。他に人影はなく、内緒話にうってつけの状況である。


「本当に信じられない。というか呆れたわ。仮にも国民の安全を守る立場の人間が……」


 ちょうど腰の位置にある白い長机にもたれかかり、ため息混じりに掌をおでこにやる女性刑事、早乙女(さおとめ)千里ちさと

 彼女の目前で、男性刑事、黒川(くろかわ)かけるが肩を竦めた。


「あ、でも、もうその組織からは脱退しま……」


「当たり前でしょ!」


 黒川の言葉を遮って発せられた叫び声に、黒川は思わず恐れおおのく。


「しかも、あんただけじゃなくて未央(みお)ちゃんとその友達の(りん)ちゃんまで……」


「あ、あの二人は悪くないです。凛ちゃんの方は元々入ってたんですけど、未央ちゃんのことは僕が誘いまし……」


「あんた馬鹿なの⁉︎」


 またしても黒川の言葉は遮られ、千里の怒鳴り声が耳を貫通した。


「地下組織って聞いただけで危ない匂いがプンプンするでしょ! そんな所に未成年の高校生を誘い込むだなんて言語道断よ! あんたがやったこと、組織のメンバーと同じじゃない!」


「た、確かに……」


 よく考えてみれば最もすぎる言葉にぐうの音も出ない。


「で? 話はそれだけ? あんたのことだから、わざわざ怒られるために私を呼んだんじゃないんでしょう?」


「せ、先輩……!」


 先程とは打って変わって優しく尋ねる千里は、黒川の脳内では美しい女神に変換されている。

 そのあまりの神々しさに、黒川は涙を流さんばかりに目を輝かせた。

 そんな黒川の気持ち悪いとしか言いようがない姿に一瞬顔を歪めつつも、


「何か用があるんでしょう?」


 優しさを装って再度、千里は尋ねる。


「実はその組織の代表が凛ちゃんに脅迫紛いな行為をしたんです。その事と、副代表の娘の証言を参考にして考えた結果、組織自体を僕たちの手で壊滅させようと思いまして」


「なるほど。組織を脱退すれば警察として動けるからってことね」


 黒川の行動の意図を理解した千里は納得。


「先輩、改めて捜査本部を設立していただけないでしょうか。僕が言い出したことですから、ちゃんと責任持ってやります」


 千里を見つめ、黒川は意思表明をする。

 そんな彼を千里は暫く見つめていたが、やがて吐き出すように言った。


「分かったわ。その代わりちゃんと責任取りなさいよ」


「はい!」


 千里は黒川の返事に口角を上げると、その背中を叩いて部屋をあとにした。


「いでっ!」


 不意打ちに黒川は顔を歪めて呻くことしか出来なかった。


 ※※※※※※※※※※※※※※※※


「早乙女先輩からOKもらえたよ」


 その日の夜。

 黒川は仕事が終わると未央の家に直行し、地下組織についての捜査が始まることを未央と凛に伝えた。


「え? 本当ですか?」


 凛の顔がパァッと輝いた。


「それからちゃんと捜査本部も立ててもらえた。ひとまず今日は、地下組織の代表と副代表、つまりは森さんと和泉(いずみ)さんの名前と顔を担当になった警察官全員に覚えてもらって、あと森さんが凛ちゃんにやった脅迫紛いな行為について説明しておいた。でも、具体的に未央ちゃんと凛ちゃんに付く刑事は僕と早乙女先輩だから安心して」


「ありがとうございます」


 未央がお礼を言って頭を下げた。その横で凛も息をつき自笑しながら、


「良かったぁ。気が気でなかったんですよね。黒川さんが来るまで」


「遅くなってごめんな。本当だったらもっと早く向かえたんだけど、会議が終わった後も、先輩と今後のこと話してたから」


「早乙女先輩って、前に花奈(かな)ちゃんの家に来てた人ですよね?」


 再確認のため、未央は尋ねる。黒川が首を縦に振るのを見て未央は『早乙女先輩』という人物を再認識。以前、花奈の家に行った時に見た茶髪の女性の後ろ姿と完全一致した。


「花奈ちゃんと知り合い? ……あ、でもそっか。同じ所に居たから自然と友達になるよな」


 未央に質問を投げかけた後、黒川はよくよく考えて自分で納得した。


「花奈ちゃんって?」


 今度質問したのは凛だ。


「あ、花奈ちゃんっていうのは、私が少年院にいた時の後輩。すごく可愛いんだよ」


「へぇ〜。あたしも会ってみたいな〜」


 まだ見ぬ少女に想いを馳せて凛は胸を躍らせた。


 と、その時、またも凛の小型スマホに着信が入った。

 リリリリリリリ……と鳴り続ける着信音に、一瞬にして場の空気が凍りつく。

 背を向けて揺れている小型スマホに手を伸ばそうとする凛。その腕を掴んで未央が首を振る。


「駄目だよ、凛。麗華(れいか)ちゃんからの忠告忘れたの?」


「わ、忘れてはないよ。ちゃんと覚えてるけど……これで出なかったらそっちの方が変に思われるじゃん」


 確かに凛の意見は最もだ。

 事前に組織の副代表の娘から忠告を受けたからと言って、この電話に応答しなければ、こちらが何かしらの警戒心を抱いていることが電話の相手にも分かってしまう。


「で、でも……」


 それでも引き止めようとする未央に、


「じゃ、じゃあせめて誰からの電話かだけ見ていい? 和泉さんだったらもしかしたらまた麗華ちゃんからかもしれないし」


 両手を合わせて凛は未央を見つめる。まるで『お願い』と懇願するように。

 未央は息を吐き、『分かった』と渋々了承した。

 凛は深呼吸して自分を落ち着かせた後、息を呑み、ゆっくりとスマホの画面を見た。


「和泉って書いてある!」


 凛が叫ぶと、未央も黒川もその着信表示を覗き込んだ。

 確かに相手は和泉だった。だがこの『和泉』が本人を指すのか娘を指すのか。それは文字だけでは判別出来ない。


「で、出てみる! 怪しまれるのも嫌だし、もし麗華ちゃんだったらまた何か新しい情報をくれるかも!」


 こうなったら一か八か。凛は応答ボタンをタップした。


「も、もしもし」


 凛が応答した瞬間、その目は大きく見開かれ、スマホを持つ手、そして身体全体がブルブルと震え出す。頭からは大量の汗が流れ、頬をつたって床に丸い染みを作っていく。


「ど、どうしたの? 凛」


 ただならぬ状況を察した未央が尋ねると、凛はゆっくりと未央、そして黒川の方を向いて絞り出すように言った。


「麗華ちゃんが……襲われてる……」

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