言いたくないこと
「えっ!? あの子の名前って泉ちゃんじゃなくて麗華ちゃんだったの!?」
朝日が差し込む教室で、未央が身を乗り出した。
「うん、あたしもびっくりして叫んじゃったよ」
目を見開いて自分たちの勘違いを報告した凛は未央の机を叩いた。
「だよね。本当にびっくり。私達の勘違いだったなんて。泉ちゃ、じゃなくて麗華ちゃんに申し訳ないわ。……って、待って、凛、もしかして夜なのに叫んだの?」
凛に同意し、さらに麗華に謝罪の気持ちを抱いた未央。だが、不意に凛の言葉が引っかかって、その真偽を確かめるべく質問した。
「うん。さっきも言ったじゃん。どうしたの未央」
ニヤつきながら未央をからかう凛。未央の頭がどうにかなったのかと心配するよりも寧ろそれを喜んでいるようだった。
「その言葉そっくりそのままあんたに返すわよ!」
未央は机を凛よりも強く叩いて言い放った。
「え?」
未央の言いたいことが全く分かっていない凛は、きょとんと首を傾げた。
「思いっきり近所迷惑じゃない! 近くに住んでる人に怒られたりしなかった?」
不安になって尋ねると、凛は天井を仰いで『う〜ん』と唸った後に、
「うん! 大丈夫だった!」
腕を突き出し、満面の笑み+両手ピースで答えた。
「怒られたか怒られてないかくらい考えなくても分かるでしょ」
冷や汗を流して未央はポツリとツッコんだ。
「そういえば、何でいきなり泉ちゃ、じゃなくて、麗華ちゃんの名前の話になったの?」
「えっ? いや、特に意味はないよ〜?」
「大アリじゃないの」
質問をした途端にわざとらしくスカスカの口笛を吹く凛を見て未央は確信した。
これは絶対に何かあった、と。
「教えて。何かあったの?」
「だから別に何もないってば〜」
手を振り、笑顔で凛は答える。だが、その笑顔がどうしても繕っているようにしか見えない。
「ねぇ、教えてよ、凛」
その後授業の間の休み時間や昼食時、掃除の時間と様々な隙間時間を駆使して、何とか昨日の出来事について知ろうと粘った未央だったが、凛の答えはいつになっても『何もないってば〜』だった。
「凛!」
終礼が終わり、チャイムが鳴り響く夕方の教室で、未央はいっこうに話してくれないクラスメイトの肩に手を置いた。
その瞬間、凛の体がピクッと動く。体を硬直させたまま、未央の方を振り返らずに、
「どうしたの? 未央〜」
と、素知らぬフリをする。
「あのね。何で今日一日聞いてたのに教えてくれないの?」
「何を?」
「しらばっくれるんじゃないわよ。昨日何かあったの?ってずーっと聞いてるのに」
「だ、だから、何もないって言ってるじゃん。未央ってばどんだけ心配性なのよ〜」
肩に置かれた未央の手を優しくどかして、凛は張り付いたような笑みを浮かべる。
「はぁ。心配させてるのは凛の方じゃない」
未央の言葉に凛が押し黙った。目を見開き、何か言いたげに口をもごもごと動かしている。
「質問した途端にあんなわざとらしい口笛吹かれたら誰だって心配するでしょ。口笛は鳴ってなかったけど」
腰に手を当て、口うるさい母親のように凛を叱りつける未央。
「そ、それはつっこまないで……! あ、お、お腹、が……」
だが怒られている本人にはそんな説教よりも口笛の評価の方が応えたらしく、手を挙げてタンマのポーズ。ありもしない腹痛に苦しみ悶えていた。
仮病を患う凛に、未央はため息をつかずにはいられなかった。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
「で? 結局、昨日何があったの?」
時は過ぎて放課後。学校を出て地下組織の基地に向かって歩きながら、未央はもう一度凛に尋ねた。
「しつこいな〜未央は。そんなに知りたいの?」
「当たり前でしょ。さっさと白状しなさい」
取り調べ中の刑事のような口調になってしまっているのにも構わず、未央は凛に詰め寄った。
「はぁ。分かったよ。言えばいいんでしょ」
凛はため息をついた後、拗ねたように唇を尖らせた。
そして数分後、凛の口から昨日の全てを聞いた未央は、思わず凛の肩を掴んで揺さぶっていた。
「それヤバイでしょ! 森さんのこと訴えなきゃ!」
「え、でも和泉さんと麗華ちゃんが助けてくれたし、どこも怪我してないから大丈夫だよ」
揺さぶられて驚きながら凛は言う。
未央は半分目を回しかけている凛に気付いてその手を下ろし、
「だからって黙っとくの? 確かに凛に怪我とかなくて本当に良かったけど」
「う〜ん、別にいいかなって。それであたしが病院行きになるような重体だったら考えるよ? でもこの通りピンピンしてるし」
両腕を曲げて元気をアピールする凛だが、それを見ても未央は不安を拭い去ることが出来ない。
「とりあえず、基地に着いたら真っ先に森さんと話つけなきゃね。黙って忘れさせるわけにはいかないもの」
凛は不満そうに道端の石ころをコツンと蹴ったが、未央は一人決意を固めていた。




