真実と勘違い
一方、泉が凛を連れて路地裏から脱出した直後。
二人の男が狭く暗い一本道で向き合っていた。
「話って何だ? 和泉。まさか俺の失態を機に自分を代表に昇格させろ、とか言うつもりじゃねぇよな」
口角を引きつらせながら、森は薄笑いを浮かべる。
自分から口にしておきながら、そうであってほしくないと願っているような表情だった。
森の言う失態とは、彼にとって他人には聞かれたくなかった会話を聞いてしまった凛を問いつめて、底知れぬ恐怖を与えたという先程までの一例の流れのことだ。
「勿論、そんなつもりはさらさらないですよ」
手を振り笑顔を浮かべて、あらぬ疑いをかけられた和泉は森の推測を否定する。
和泉の反応を見て森は安心したように眉を上げた。
「じゃあ何だ? 今更改まって言うこともないだろ」
「そんなに難しく考えないでくださいよ。さっきまでやってた件ですよ」
「ああ、それか」
森は和泉の言う『さっきまでやってた件』に心当たりがあったのか、白い歯を見せて笑った。
和泉も右頬だけ口角を上げていやらしい笑みを浮かべる。
「あんな感じで良かったか?」
「はい、勿論です。むしろ迫真の演技過ぎて驚きましたよ」
和泉は拍手をしながら森を褒めた。
「良かった良かった。いやぁ、ヒヤヒヤしたぜ! あいつ急に銃とか向けてくるからよ」
「実は、麗華にはこの事は言ってなかったんです」
「な、何だと!?」
言いにくそうに真実を打ち明ける和泉に、森が目を丸くして驚きの声をあげた。
「ほ、本当に申し訳ないと思ってます。でも、この計画を話したところで麗華は絶対のってきません。だからあえて何も言わないでただ『佐々木が森代表に問いつめられてる』ことだけ報告したんです」
慌てて和泉は弁解した。
「な、なるほど……。まぁ、でもあの銃も偽物なんだろ?」
「勿論です。BB弾が撃てるだけのただのオモチャです」
和泉の言葉に森は胸に手を当てた。
「良かった。本物かと思って寿命が縮まったぜ」
「本当に申し訳ありませんでした」
姿勢を正し、和泉は深々と頭を下げた。
「いやいや、気にするな。結果オーライってことでいいじゃねぇか」
森は和泉の肩をポンポンと叩いて頬をほころばせた。
「それよりも」
唐突に真剣な表情に戻った和泉が眼鏡を指でクイッと上げて声を潜める。
辺りはすっかり日が落ちた夜でおまけに二人がいるのは狭い路地裏。
たとえその外を誰かが通りかかったとしても、奥にいる森と和泉の声すら届かないだろう。
だがそれでも警戒心を弱めないのが男・和泉である。
「後始末はどうされるんですか? 森さん。佐々木のあの様子だと、盗み聞きをしたことで怖い思いをしたという経験は植え付けられましたけど、また別の友達にそれを話してしまわないでしょうか」
「大丈夫だろう。それに、友達に言いふらしたこともちゃんと追求してやったよ。本人も涙流して『もうしません』って言ってたし、そこまで心配しなくてもいいんじゃねぇか?」
森は路地裏の外に向かって足を進めながら、呑気に言った。
「で、でも、念には念を入れないと」
その後を和泉は早足で追いかけて、
「森さんの手は汚させません。僕にやらせてください。このまま野放しにしておくと厄介な気がします」
自らの胸に手を当てて和泉は決意表明。振り返った森をまっすぐ見つめる。
森は考え込むように顎に手を当て地面を見つめていたが、暫くの沈黙の後に口を開いた。
「分かった。じゃあ、あとの事は頼んだぞ、和泉」
森に全てを託された和泉は真剣な表情で頷いた。
※※※※※※※※※※※※※※※※
「もう基地に戻りましょう。暗くなってきましたし、凛さんも疲れたでしょう」
夜風に吹かれて冷たさが増した木のベンチに腰掛けていた凛と泉。
場所は先程と変わらず、自動販売機の前だ。
寒さが軽減されてもなお少し白い息を吹きながら、泉は隣に座って紺色の夜空を仰いでいる凛に言った。
「え〜。あたしもうちょっとここにいたいな〜」
凛は足をバタつかせてポツリと言った。
「大丈夫なんですか?」
「え? あたし?」
自らを指差して驚いた様子の凛に、泉が当然のように生真面目な表情で頷く。
「大丈夫に決まってんじゃん! 泉ちゃんから愛の込もったオレンジジュース貰ったから元気百倍だよ」
「私、お金あげただけですよ」
満面の笑みで喜ぶ凛をちらりと見やって、泉は呟く。
だが、凛の嬉しそうな笑顔につられて自然と口角が上がった。
「凛さんって私以上に子供っぽいですよね」
「そうかな〜」
「はい」
「そっか〜。……え!? ってことはつまり、あたしって中学生以下!?」
側から見れば一目瞭然の言動を取っている凛だが、本人にその自覚は全くないようだ。
凛は納得しかけたことに気付き、思わずベンチから立ち上がって泉を見下ろした。
「そういうところとか」
コーヒー缶に口をつけて泉は笑う。
「あ! 笑った! 笑われたあたし!」
流石に屈辱的になったのか、凛は最初に泉、その後に再度自分を指差して叫んだ。
そんな凛に泉は思わず吹き出してしまう。
凛も泉につられて笑い声をあげた。
「そういえば泉ちゃんって何でこの基地に住んでるの?」
「基地の住人がそれ聞きますか」
「えへへ〜」
泉のツッコミに凛は後頭部を掻いて笑う。
「単純に、父がいるからです」
「お父さんいるの?」
「えっ、知らないんですか? さっきも一緒にいたじゃないですか」
「え!?」
凛は驚いて先程までの状況を思い出そうと首をひねる。
先程まで顔を合わせていた男性と言えば森と和泉の二人だけ。あとはもうかれこれ時間は経つが、黒川だろうか。
「あっ! もしかしてお父さんって和泉さん?」
咄嗟に思いついた名前を言ってみる凛。
「はい、そうですよ」
まさかの一発正解に凛は顔を輝かせる。
が、すぐに泉の名前がおかしくなることに気付いて、
「え、でもおかしくない? 和泉さんがお父さんだったら泉ちゃん、和泉泉になっちゃうよ?」
凛の発言に泉は眉をひそめた。
その態度を見て凛は自身の立てた推測に違和感を抱く。
「あ、あれ?」
「私は和泉麗華です。和泉は苗字ですよ」
「えぇ〜!?」
単なる凛たちの勘違いに過ぎないのだが、衝撃的な展開に凛は思わず叫ぶ。
暗い夜空に凛の叫び声がこだました。




