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偽り

 夜五時十五分頃のことだった。

 ある一角の路地裏では沈黙の時間が流れていた。

 奥にいる男と少女。その少女の肩には男の腕が回され、首にはナイフを突きつけられていた。

 彼女を脅している男本人も、出口を見つめて冷や汗を流していた。

 男が見つめるその先、路地裏の道の中央付近に佇んでいる眼鏡の男の姿もある。彼はただ息を呑んで、奥にいる二人を見つめていた。

 そしてそのさらに先、路地裏に入る入り口に立つもう一人の少女がいた。小さな少女の手には大きく長い銃が握られていて、その口から放たれている赤い光は路地裏の奥で少女の首にナイフを突きつけている男の頭を差していた。少女は銃を構え、しかし引き金には手をかけずに路地裏奥の男の行動を見守っていた___。


(どうする? どうすればいい?)


 細い路地裏の出口の銃で頭を抑えられた男___森は汗を垂れ流しながら必死に頭を回転させていた。

 自分に銃口を向けている(いずみ)の強気な表情は依然として変わらない。それも、体制を崩さずこちらに向かって歩いてきている。

『こいつがどうなってもいいのか!』と(りん)の首にナイフを突き立てる力をさらに強めて凛の恐怖を煽り、そして凛の痛がる顔を見た泉が歩みを止めれば森の勝ちだ。

 だがそんなに簡単に行くわけもない。


(下手に動いたら即死亡だしな……)


 前述のように行動を起こせば、言葉を発した時点で銃弾が放たれ、森の人生はジ・エンド。よって、再度脅迫するのは不可能だ。


(し、仕方ねぇか)


 歯を食いしばり、森は覚悟を決めた。

 凛の首にナイフを突き立てるのを止め、彼女の首に回した腕を解く。続け様に手に持ったナイフを地面に置き、立ち上がって両手を上げた。


「……何の真似ですか」


 警戒心剥き出しで泉が尋ねてきた。再び銃口を構え直し、鋭い視線を森に送る。


「悪かった、降参だ。もう変な真似はしねぇさ」


 森は両手を上げたまま、こちらを睨む泉を見つめた。


「だからそんな物騒なもんはしまってくれや。死の予感がしてなんねぇ」


「では先に凛さんを解放してください」


 銃を向けたまま泉は言った。


「わあった、わあったよ」


 森は自分を見上げて震えている凛に、泉達の方へ行けと顎で示した。

 暫く森を見つめていた凛は、弾かれるように立ち上がり、泉達のもとに走っていく。


「佐々木!」


和泉(いずみ)さん!」


 和泉は走ってきた凛を抱きとめ、それを見届けた泉はそっと銃口を下ろした。


「怖い思いをさせてすまなかった」


 腕の中で泣きじゃくる凛に和泉は謝罪。泉も頬を緩めた。

 泉が銃を下ろしたのを見て森はホッとため息をついた。


「悪かった悪かった。もう二度とこんな事はしねぇからこの事はなかったことにしてくれねぇか?」


 両手を合わせ、森は引き笑いしつつ頼んでみる。


「ご自分の組織代表としての立場が汚れるから、ですか」


「ち、ちげぇよ! た、ただ、俺はこの組織を守りたいんだよ」


「組織じゃなくて自分の名誉でしょう」


 泉に冷たく言い放たれ、森は口籠る。


「ち、ちげぇって言ってんだろ……」


「いいえ、あなたが本当に守りたいと思ってるのはご自分の立場と名誉です。いい加減認めたらどうですか?」


「く、くそ、ガキがいい気になってごちゃごちゃぬかしやがって……!」


 子供に言われた屈辱で、森は歯ぎしりする。

 だがそんな森に構わず、泉は冷たく言い放った。


「二度と凛さんや他の組織の方々に手を出さないでください」


「わ、分かってるって言ってんだろうが!」


 悔しさのあまり森は逆上。唾を飛ばしながら泉に向かって声を荒げる。


「それがお分かりになったのなら結構です。今すぐここから立ち去って……」


「いや」


 泉はハッと横を見る。彼女の言葉を遮ったのは和泉だった。

 和泉は眼鏡をくいっと上げながら、


「森さんと二人で話がしたい。……佐々木を安全な場所に連れて行ってくれ」


 何か言いそうになった和泉はぐっと踏み止まった後、それだけを泉に指示した。


「分かりました。凛さん、行きましょう」


 泉も二つ返事で了承し、まだしゃくっている凛の手を引いて路地裏から抜け出した。






「大丈夫ですか?」


 すっかり日も暮れた広場に辿り着き、泉は手を引いたまま凛を見上げて尋ねた。


「う、うん、ありがと泉ちゃん。あたしのこと助けてくれて」


 急いで涙を拭い、凛は笑顔を見せる。

 泉は少し頬を緩めて首を振った。


「ずっと外にいて体も冷えたでしょうから、何か飲み物でも買いに行きましょう」


「え? いいの?」


 驚き、目を丸くする凛。


「当たり前じゃないですか。何で聞くんですか」


「いいんだ、やった! じゃ、泉ちゃんの奢りってことでよろしく〜」


 凛は一跳ねしたあと、ニヤけた顔で泉の頭をくしゃくしゃと撫でた。


「はぁ、分かりましたよ。今日だけ特別ですからね」


「そういえば泉ちゃん、銃持ってたんだね」


 自動販売機の側にあるベンチに腰を下ろして凛が言った。


「日本って銃持ってちゃ駄目な国じゃなかったっけ。あたし馬鹿だからよく分かんないけど」


 頭をかきながら凛は情けなく笑った。


「はい、駄目ですよ」


「え!? じゃあ持ってちゃ駄目じゃん! どうするの泉ちゃん!」


 焦って立ち上がり凛が声をあげると、泉はまたため息をついた。


「まさか、本物の銃だと思ってたんですか?」


「え? 違うの?」


「当たり前じゃないですか。あれはただのオモチャです。BB弾だったら撃てますけど」


 泉の言葉に安心した凛は、ベンチに座り直して手足をグーっと伸ばした。


「なんだ、よかった〜。あたしてっきり本物の銃かと思っちゃったよ〜」


「どうぞ、コーヒーでいいですか?」


 泉は凛に缶コーヒーを差し出した。


「え!? あ、実はあたしコーヒー飲めないんだよね。せっかく買ってくれたのにごめん」


 両手をバチンと合わせて凛は頭を下げる。


「分かりました。ではご自分で好きなの選んでください」


 小さな財布から小銭を取り出して泉は言った。


「え、でもそのコーヒーどうするの?」


「私が飲みます」


「え!? 泉ちゃん、コーヒー飲めるの!?」


 驚いて尋ねた凛は、さも当然のように泉に頷かれて、ゲームで敗北して以来の悲し涙を流した。

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