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笑顔の話し合い

「話って何ですか?」


 幅の狭い路地裏に誘われた(りん)は、自分を誘った相手である森に尋ねた。

 凛の先を歩く森は、その声にふと足を止めた。


「ちょっと聞きたいことがあるんだ」


 凛の方を振り返り、森はいつものような笑顔を向ける。


「その、会話聞いちまったか? 俺の」


「え?」


 森は決まりが悪そうに頰を掻き、途切れ途切れに言葉を漏らす。


「ほら、この組織が政府に目つけられてるっていう」


「あぁ、……はい」


 凛は以前聞いた森の会話を思い出し、頷いた。


「すみません。別に盗み聞きするつもりはなくて、ただ、たまたま通りかかった時に偶然聞いちゃったんですけど」


「そうか」


 目を細め、情けなく笑う森はさらに続ける。


「もしかして、さっきの友達とかに話しちまったか?」


 建物の間の路地裏で、日も沈みかけた時間帯に人が通ることは滅多にないが、それだけ周辺に聞かれたくないことなのだろう、辺りをキョロキョロと見回して人がいないのを確認してから森は問う。


「え、あ、いや……」


 凛は口ごもった。流石に話してしまったとは言い難いが、嘘をつくわけにもいかない状況だ。


「正直に言ってくれや。俺の解釈違いだと厄介だしよ」


 森の真剣な表情に、凛は覚悟を決めた。


「す、すみません。実は少しだけ話してしまって」


「あーやっぱそうか」


 凛の返答を聞いた森は、天を仰いだ。

 森の行動に疑問を抱く凛を見て、森は慌てて弁解する。


「いやさ、実はちょろっと聞いちまったんだよ。お前と友達と三人で話してたのをさ。でも、途中からだったし、俺の勘違いだったら申し訳ねぇなって思ってよ。本人に直接確認とりたかったんだ」


「悪りぃな」と申し訳なさそうに両手を合わせる森に、凛は首を振って応じた。


「い、いえいえ! こちらこそすみません。広めてほしくないようなことを勝手に友人にも話しちゃって。でも友人も言いふらしたりはしないと思います。寧ろ彼女の方がそういうの危惧してたくらいなので」


 頭を下げ、未央の弁解をする凛。


 実際、森との会話を聞いたと未央と黒川に話した時、未央は血相を変えて凛を心配してくれた。会話の内容は口外されたくないことだったのではないか、もしそれが原因で凛に何かあったらどうするのか、と。そして最後にもう二度と森との会話を聞いたことを他人に言ってはいけないと釘を刺してくれた。


 そのことを思い出し、凛は頬を緩める。


「良いダチ持ったな」


 凛が顔を上げると、視線に映った森の顔には優しい笑みが浮かんでいた。


「はい!」


 嬉しくなり、凛も笑顔になる。

 するとその直後、森は顔を歪ませた。


「だけどな、凛くん」


「は、はい」


 突如とした森の表情の変わりように、凛は嫌な予感がしつつも応対する。


「俺たち組織が政府に目つけられてるっていうの、出来れば組織のメンバーには知られたくなかったんだよ」


 たまたま聞いてしまっただけで、と言い訳するように口を開こうとした凛を見下ろし、


「結構ヤベェ事だしな。それでメンバーが減るってのも気分がいいもんじゃねぇ」


「す、すみません。でも、あたしはここを辞めたりは……」


「あぁ、大丈夫大丈夫。心配すんな」


 凛の言葉を遮って森は両手を振る。


「"減る"んじゃなくて“減らす"からよ」


 凛には森の言葉の意味が分からなかった。

 メンバーが減るのではなく、メンバーを減らす……。それが何を意味しているのか理解できなかった。


「えっと、それってどういう……」


 汗を浮かべつつ無理やりに口角を上げて尋ねる凛に、笑みを浮かべて森は言う。


「そのまんまの意味だよ」


 そう言ってズボンのポケットから小型ナイフを取り出し、宙にかがけてみせた。

 凛は驚きのあまりその場に硬直。未だに状況把握は出来ないものの、視界に映った鋭い物体から瞬時に命の危険を感じ取った。


 ___自分は、殺されるのだ、と。


 森は薄気味悪い笑いを浮かべながらじりじりと凛に迫っていく。

 それに押されるように、一歩、また一歩と凛は後ずさる。拳銃を向けられたように両手を上げ、その瞳に恐怖の色をありありと映し出した。


「へっへっへ、悪く思うなよ、凛くん。俺だって出来ればこんな事ぁしたくねぇよ? でも、組織にとって大事な大事な機密情報を聞かれちまったからには」


 そこで森は言葉を止め、包丁の刃先を凛に向けて大きな白い歯を見せる。


「消えてもらわねぇとな!」


 鋭く光った刃先が凛の顔面に迫ってくる。咄嗟の反射神経でしゃがみ込み、何とか避ける凛。そのまま体を捻って男と壁の間をすり抜け、この狭い路地裏からの脱出を試みる。


「チッ! やっぱ女ってのは無駄にちょこまかしやがるな!」


 先程の気さくな中年男性の面影をすっかり無くした森は、荒い口調でため息をつく。

 路地裏の出口、開けた路上へと走る凛の背中を追い、地面を踏み締めて、


「おいおい、逃げられるとでも思ってんのか?」


 スピードを上げて凛を追い越し、その行手を阻むように正面に立つ。

 目前に男の服が映った凛は、顔を上げて悪人と化した笑顔を見つめ、


「っ!」


 瞬時に反対側___森が行手を阻む右側とは逆の左側に移動し、再びその足を進め……


「おっと! 逃さねぇぜ!」


 ……ることができなかった。

 制服のブラウスの襟を掴まれ、乱暴に飛ばされる。


「うっ!」


 強かに尻餅をつき、顔を歪めながら凛は迫ってくる男を見上げた。


「逃げても無駄なんだよ、凛くん」


 不意に口調を改め、笑顔を向けて森は言う。


「どういう、意味ですか」


 最早警戒心を剥き出しにするしかない凛を森は高らかに笑いつつ、


「お前より俺の方がデカいだろ? 仮にお前がちょこまか間を縫って逃げようとしても、本気出した大人には勝てねぇってわけだ」


 涙を浮かべて震える凛に再び刃先を向けて、


「ここでお前は死ぬ。いや、違うな。俺に殺されるんだ」


 森は目を見開き、薄気味悪い笑みをたたえた。

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