再戦
「うぅぅ、また負けた……! もう一回!」
先程から基地内の一室で悔しそうな少女の声がする。声の主は頭を抱えてテレビ画面を見つめている佐々木凛だ。
彼女が見ているテレビ画面にはGAME OVERの文字が表示されていた。
「まだやるんですか? 凛さん」
鬱陶しそうにため息をつくのはおかっぱ頭の少女の名は泉。手には黒いゲームコントロラーを持っていた。
「当たり前じゃん! ずっと負けてばっかりだもん! 悔しいよ!」
凛は地団駄を踏んで、地面に放り投げたコントローラーを再び手に取り、テレビ画面を凝視する。
「仕方ありませんね」
まるで負けず嫌いの小学生を相手しているかのような大人っぷりで吐息しながら、泉も凛に倣う。
テレビ画面の表示は再び"Ready Fight!"の文字になった。
数秒後。口から魂を吐きながら虚しく床に手をつく凛の姿があった。
「ま、また負けた……」
「だから、何回やっても同じですよ」
吐息しつつ泉は勝者らしく敗者を見下ろす。
「だ、だって! 泉ちゃんだって数を重ねて強くなったんだから、あたしも数を重ねれば強くなれるかなって思ったんだもん!」
涙を流しながら凛は幼稚園児のように叫ぶ。
「ねぇ、早く帰ろうよ」
側で成り行きを見ていた未央は、待ちくたびれた様子で凛に言った。
最初にゲームを始めてから一時間が過ぎた今、何もする事がなくただ呆然と突っ立っているだけの未央にとってこの時間は退屈でしかないのだ。
それならば凛を置いて部屋に戻ればいいのは最もだが、凛を放っておけば時間など気にせず自分が勝つまで永遠に勝負を挑み続けるに決まっている。そうなった時に迷惑を被るのは間違いなく泉だ。
未央が疲れたからと言って泉に迷惑をかけることなど出来はしない。
「嫌だ! まだあたし一回も勝ってないもん!」
「あのね、泉ちゃんはこのゲームの持ち主なの。初心者の凛相手に圧勝するに決まってるでしょ。もう子供じゃないんだから潔く負けを認めなさい」
呆れる未央には目もくれず、凛はコントローラーを握りしめた。その手が悔しさでブルブルと震えている。
「もう一回! あともう一回だけ! ここをこうしてこのタイミングで引き金を引けば……」
コントローラーを操作しつつ、後半はモゴモゴと口の中で済ませる凛。
「分かりました」
そんな彼女を見て白旗を上げたのは相手になっていた中学生だ。
「え? いいの? 泉ちゃん」
未央は驚いて泉に尋ねる。
「はい。ただし、これが最後の戦いです。恨みっこなしですよ、凛さん」
未央に向かって頷いた後、膝をつく凛に向き直って宣戦布告する泉に、凛は親指を立てて目を輝かせた。
「了解! ありがとう、泉ちゃん!」
もう何度見たか分からない戦闘開始の文字が消え、二人の戦闘の瞼が切って落とされた。
「あれ?」
しばらくコントローラーをカチャカチャと操作していた凛は、あることに気付いた。
泉のアバターが全く攻撃をしてこないのだ。凛のアバターが放つ弾丸を体全体で受け止めて一歩もその場から動かない。だがダメージは確実に負っているようで、弾丸が当たる度に小刻みに体が揺れている。
「どうしたの? 泉ちゃん。かかってきていいんだよ?」
凛はコントローラーを操作する手を止めて、泉の方を向いた。
泉はコントローラーを手にしているも、それを全く動かさず、ただ画面を無表情で見つめていた。
「あれ? もしかして最終決戦まで来てまさかの戦意消失?」
凛はニヤリと白い歯を見せた後、再びテレビ画面に視線を戻した。
「まぁ、いいや。かかってこないならあたしがとどめ刺しちゃうよ〜!」
凛は宣言すると、その通りに操作の手を速めた。
凛のアバターのHPはみるみる減っていき、警告を表す赤色にまで変わってしまう。
(泉ちゃんが、負ける……?)
未央が驚いて泉を見つめていると、
「さて、反撃です」
泉がコントローラーを手に取った。
「おっ! やっとかぁ。待ちくたびれたよ、泉ちゃん!」
再び意気込む凛を横目で見た後、泉は静かに言った。
「知ってましたか?」
「え?」
聞き返す凛。その手が止まったのを見て泉は逆に素早く指を動かす。
「カウンターって、これまで自分が受けたダメージと同等のダメージを相手に与えるんですよ!」
そう言って泉は素早くコントローラーを操作した。画面には強大な銃撃を受けて吹き飛ぶ凛のアバターが映る。
(す、すごい……!)
予想していなかった展開に未央は目を見張る。
「えぇっ!?」
未央と同じように目を丸くして驚く凛を尻目に泉は勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「これでフィニッシュです」
赤色のHPを無くすべく、泉は追加で銃撃を開始。
凛のアバターはHPを失い、消滅した。
「そ、そんなぁ〜」
凛は床を拳で何度も叩いて泣き叫んだ。
「はぁ、結局勝てなかった……」
自室に戻った凛は、ベッドに倒れ込んでため息をついた。
「あんたね、一時間もお邪魔してたのよ。ちょっとは加減ってものを知りなさいよね」
頰を膨らませて未央は抗議する。
「わかったよ。ごめんなさい、熱くなりすぎましたー」
棒読みで反省の色が全く見えない謝罪をする凛のこめかみに拳を突き当てて、未央は怒りを示すように思いっきりグリグリと回してやった。
「痛い痛い痛い痛い痛い! ごめん、ごめんってば! 本当にちゃんと反省してます! だから許して! お願いします未央様……!」
凛は涙を浮かべて叫んだ。
「全く……」
未央は凛のこめかみに当てていた拳を腰にやってため息をついた。
そんな女子高生二人の戯れに、黒川が冷や汗を流す。
と、その時だった。
「失礼」
ノックの音とともに男の声がした。
「誰だろ。はーい!」
凛はスッと泣き止んで玄関へ。ドアを開け、現れた顔に笑顔を見せる。
「あ、森さん!」
訪ねてきたのは、この地下組織の代表を務めている森という男だった。
「どうしたんですか?」
凛が尋ねると、
「いやぁ、ちょっと凛くんに話があってね。今時間いいかい?」
「はい、大丈夫ですよ」
壁にかけてある時計に目をやって凛は答えた。時間は夜五時だった。
「僕たちもそろそろお暇しようか。長居しすぎたね」
黒川がそう言って立ち上がるのを見て、未央も頷く。
「ここじゃあれだし、友達を送るついでに外でもいいかい?」
「あ、はい。分かりました」
黒川の問いに頷き、凛は笑顔を浮かべた。
「じゃあまたね、未央」
昼頃に集合した広場に出たところで森の横に立つ凛が手を振る。未央も手を振り返して、
「また明日、学校でね」
と言って黒川とともに背を向けた。
「じゃあ、ちょっとこっちの方に移動してもらっていいかい?」
人気のない薄暗い場所へ凛を誘い、森は言った。
「あ、はい、了解でーす」
凛は笑顔のまま誘われる方へ。大きな広場を背に二人の姿が薄闇に消えていった。




