追跡ごっこ
泉…基地の巡回役と名乗る中学生。歳の割には容姿は小学生のようで背丈も小さい。
「泉です」
小柄な少女は一言、そう名乗った。
「泉ちゃんかぁ。よろしくね!」
先程までの暗いテンションとは裏腹に、すっかり元の元気な性格に戻った凛は、笑顔で泉に手を差し出した。
泉は差し出された手をじっと見つめた後、
「はい」
と返事をして凛の手を握り返した。
「ところでそれは何の握手?」
突如交わされた二人の握手に、未央は尋ねずにはいられない。
「う〜ん、ずっ友の印! みたいな……」
言い切ってから照れくさそうに頭を掻く凛に、未央は「子供か!」とツッコみたくなった。
ずっ友とは、「ずっと友達!」という意味である。小学生の頃むやみやたらにそれを連呼していた自身を思い出して、顔から火が出そうになる未央だったが、幸い誰にも気づかれなかった。
「あの、もう良いですか?」
ずっと手を握られたままの泉は、半ば鬱陶しそうに凛を見上げた。
「あ、うん! ごめんね!」
泉の手を握りっぱなしだったことに気付いていなかったのか、凛は慌てて手を離した。
泉はまるで汚い物でも触ったかのように、握られた右手を宙で短く振ってからペコリと頭を下げた。
「では、私はこれで」
ドアが音を立てて閉められた。
「はぁ〜、やっぱり中学生って可愛いよね! しかもあんなツンデレされると尊死しちゃうよ〜!」
凛が泉の可愛さにキュンキュンして、腰を振り、拳を握って顎の下で左右に動かすという謎のダンスを披露する。凛にとっては立派な愛情表現なのだろうと未央は理解に努めた。
「うん、クールな幼女は嫌いじゃない」
部屋の奥の方で事の成り行きを静かに観覧していた新米刑事の黒川が相槌を打って凛の意見に同意を示す。
黒川の口から「幼女」という言葉が飛び出してくるのも意外だったが、それだと最早「僕はロリコンです」と意思表明しているのと何ら変わりはないと呆れる未央。流石に少し気持ち悪くなった。
成人男性である前に一刑事としてその発言はいかがなものかと疑ってしまうが、ここではそのツッコミはしない方がいい。黒川が刑事だと知られるのも色々と不味い気がするからだ。
以上の点から、未央は何も言わずに黒川のロリコン発言を聞かなかったことにしておいた。
「ねぇ! ねぇ!」
不意に凛に振り向かれて、未央は凛たちに呆れていたのがバレたかと一瞬焦ったが、凛は目をキラリと光らせて未央を見つめるだけだった。
未央は首を傾げて凛を見た。
「結構奥まで来たね」
ヒソヒソ声で凛が未央に耳打ちする。
「そうだね」
同じく未央も小声で返すが、この状況を把握するべく尋ねる。
「で、何やってるの?」
数分後、二人は薄暗い基地の廊下にいた。
凛はまるで探偵のように目を光らせ、時に壁に身を潜めながら行き先を覗いたりしている。そして何故かそれに未央も付き合わされている、という状況だ。
「勿論追跡だよ!」
顎に手を当ててドヤ顔で振り向く凛に未央は慌てて「しーっ!」と指を口元へ持っていった。
凛の方から泉を尾行しようと言い出したにも関わらず、時に大声が出てしまう彼女にはイマイチ危機感がない。
「何で追跡なんかしてるの? そもそも私を巻き込まないでよ」
ため息をつきつつ未央は文句を言う。だが凛はそんな未央には目もくれず、ただ小さな背中を見つめながら、
「良いじゃん。一人より二人でやった方がスリルあるし〜」
ワクワクしながら一人で追跡ごっこを楽しんでいる。
「そういう意味で聞いたんじゃないんだけど……」
未央は最早反論する気力も失ってただただため息をついた。
「ていうか、黒川さんは?」
後ろを振り返るが、そこには見慣れた男の姿はない。
凛は平然と理由を説明した。
「黒川さん大きくて邪魔だからお留守番〜」
「理由が酷くて黒川さんが可哀想になるよ。邪魔とか本人の前で言っちゃダメだからね!」
凛ほど口が軽ければ本人に言い出しかねないので未央は慌てて釘を刺した。
「大丈夫だよ! それにこういうスリルってなかなか味わえないじゃん」
「何が"それに"なのか分かんないけど……」
凛の単細胞を理解するべく未央は考えを巡らせた。その結果ある呪文に行き着いた。
「"赤信号、皆で渡れば怖くない"って?」
子供の頃よく耳にした魔法の呪文に解釈を任せることにしたが、意外にもそれは凛の考えとマッチしていたようで、
「そうそう! そんな感じ!」
と凛は嬉しそうに声を上げた。
「だから静かにしてってば!」
凛の口を慌てて塞ぎ、正面を確認する未央。幸いにも泉にはまだ気づかれていない。
未央はホッと胸を撫で下ろしながら、
「全くもう。見つかったらどうするの?」
「な〜んだ、未央、文句ばっかり言う割には結構乗り気じゃん」
凛は嬉しそうにニヤける。
「違うわよ!」
急いで否定し、未央は続ける。
「あの子、ここの巡回役って言ってたでしょ? もし見つかってひどい目に遭わされたらどうするのよ」
「あっ、確かに」
ポンと手を打って今更気付いたような表情をする凛に、いよいよ未央は呆れて物も言えなかった。
「あ、中に入ったよ!」
凛の言葉に未央が正面を向くと、泉の小さな背中が部屋の中に消えていくのが一瞬見えた。
「あそこが泉ちゃんの部屋か〜」
感心したように呟く凛に未央は尋ねる。
「凛知らなかったの? 私より長くここに居るのに」
「うん。今まで泉ちゃんの部屋が何処かとか考えてなかったし」
鼻歌を歌いながら凛は上機嫌。憧れの追跡も出来て舞い上がっている。
「じゃあ何で尾行してまで泉ちゃんの部屋を急に知りたくなったの……?」
ツッコミどころがあり過ぎて未央はただただ息を吐くしかなかった。
だが凛はそんな未央にはお構いなし。未央が気づいた時には「ヤッホー! 泉ちゃん〜!」と小学生顔負けの元気な挨拶をしてそのドアを開いていた。
「えっ……?」
急に扉破りに来られた少女は固まるしかなかった。




