警告
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「あ、でもね、未央達は入ったばっかだけどちょっと気をつけた方がいいかも」
楽しそうに回転していた凛が不意に動きを止めた。人差し指をピンと立てて未央と黒川の方を見る。
「どういうこと?」
未央が尋ねると凛は辺りをキョロキョロと見回して誰もいないことを確認してから、
「この組織が表立った活動はしてないって話は森さんから聞いた?」
凛の問いに未央は頷く。
「森さん」というのはこの地下組織の代表者の男性である。気さくで明るい人物でとにかくよく笑う。しかもその笑い声が異常に大きいと評判らしい、と本人が言っていた。
「良かった。なら話は早いよ。あのね、実はそのせいで地元警察とかが目つけてるんだよ。あまりよく思われてないみたいで」
「地元警察」と聞いて未央は黒川を睨んだが、黒川は自分ではないと必死に否定アクションを取る。
「何か変なこと企んでる怪しい組織って思われてるってこと?」
「う〜ん、多分ね。前にそういう会話を聞いちゃったことあるし〜」
顎に指を当てて明後日の方向を向く凛を見て、意外と深部の情報を得ているんだなぁと未央は感心する。
「それって危なくないの? 盗み聞きって言われたら大変よ」
「大丈夫じゃない? ちょろっと通りすがりに聞こえただけだし誰にも言ってないもん」
(今私たちに言ったよ)
未央は心の中で凛に告げた。しかも本人がその事に対して無自覚であるから心配で仕方がない。
「とにかく! その話は置いといて。いつ組織が解散するか分からないから気をつけてね!」
凛自身も危ない話だと分かったのか、両手を使って器用にアクションしながら警告する。
「ありがとう。気をつけるよ」
未央の代わりに返事をしたのは黒川だ。爽やかな笑顔で応じる黒川に凛の瞳が星のように輝いた。
「カッコいい! この人すっごいイケメンだぁ!」
(今までずっとあなたの目の前にいましたけど?)
今まさにイケメンを発見しました! と主張しそうなほど今更黒川にメロメロの凛に未央は呆れつつ心の中で伝える。
それにもし仮にこの場に芸能人のような超絶イケメンが現れたら凛の興味は即効でそっちに行くだろうと思うと単純な子だ。
実際、凛はクラス中の綺麗な顔を持つ男子全員にメロメロになっていたのだから。
「い、イケメンって……そんなことないよ」
黒川の方も結構真面目に受け取っているようで、恥ずかしそうに顔を赤らめ頭を掻いた。
(黒川さん、今だけよ、きっと)
心の中で未央は「ドンマイ!!とエールを送る。
「あ! ごめん!」
唐突に凛が未央に向かって両手をバチン!と合わせる。
「え?」
謝られる覚えがない未央は驚いて彼女を見た。
「黒川さんは未央のパートナーだったよね! あたしうっかりしてた〜」
「あちゃー!」とおでこに手を当ててしまったのポーズをする凛に未央は慌てて否定。
「違う違う違う違う! ていうか、それさっき否定したでしょーが!」
未央は唾を飛ばす勢いでツッコむ。
「ん? あ、そっか。間違えたぁ〜、アハッ☆」
舌をペロッと出す凛に「可愛くないから」と諭しつつため息をつかずにはいられない。
学校でも凛がいると何となくペースが崩れる気はしていたのだが、ここでもそうとなると凛は人のペースを崩すのが得意なのかもしれないなと未央は凛を見ながら思った。
「あ、ねぇねぇ!」
凛に呼ばれて今度は何があるのだと思いながら未央は応じる。黒川の方は純粋に凛を「元気で面白い子」だと評価していたが、未央にとっては少々やかましいクラスメイトでしかない。
と言っても未央の帰りをずっと待ってくれていた恩もあってあまりキツく言えないのがキズだ。
「廊下で立ち話もなんだしあたしの部屋においでよ!」
「え? 組織なのに自分の部屋があるの?」
未央が驚いて尋ねると、凛は大きく頷いた。
「組織に入った先着順で森さんがくれたんだよ。あたしギリギリでゲット出来たんだ〜!」
「じゃあ凛がここに入ったのって結構前なんだ」
「あ、そうなるね〜」
こういう発言を聞いていると、凛が天然なのかただのおバカなのか分からなくなってしまう未央である。何方にせよ少々扱いづらい女の子なのには変わりないのだが。
凛の部屋に着いて中を覗いた二人は圧倒された。
いくら自分の部屋だからとは言え、凛の部屋はとにかくキラキラしていた。
部屋中の小物がピンク色でハート型が多く、天井には星のおもちゃも吊るしてあった。とても高校生の部屋とは思えないほどだった。
「おー……凄いね」
若干引き気味の未央に凛はグイグイ来る。
「ね! ね!? 凄いでしょ!? 可愛いでしょ!? 我ながら気に入ってるんだよね、この部屋。ナイスあたし!」
彼女の自画自賛する姿に呆れながら未央は改めて部屋の中を見渡した。
一人部屋にしては面積も広く家具などもしっかり置かれていた。凛によると森さんに支給してもらったそうだ。
「凄いね、森さんって」
先ほど話した様子からは伺えないほど凄腕の代表の姿に未央は感心した。
「えっへへ! 凄いでしょ〜?」
一方凛は自分が褒められたかのように嬉しそうににんまりとしていた。
「じゃあ早く皆の所に戻ろう! これからの活動とか話し合うと思うし!」
凛に言われて黒川と未央は先程自己紹介をした広くて狭い会議室のような所に足を運ぶ事にした。
「あ、そうだ」
不意に思い立ち、未央は凛に告げる。
「凛。気をつけた方がいいよ」
凛は長いツインテールを揺らして未央の方を向き、不思議そうに首を傾げた。
「ほら、さっき言ってたじゃない。森さんの会話が聞こえたって」
「うん。言ったね」
平然と凛は応じる。未央は謎の不安に駆られて凛の肩を掴んだ。
「いい? こういう組織って表立ってない分上の人は好き勝手出来るんだからあんまり機密情報聞いたとかいう話したらダメよ。もし万が一それが他人に知られたくない情報だったとして、口封じに殺されたりする可能性だってあるんだよ」
「き、急にどうしちゃったの? 未央」
唐突な未央の態度の変貌に笑顔を引きつらせて凛は問う。彼女の頭に「死」という言葉が浮かんだ瞬間に凛の顔から汗が垂れてきた。
「お願い」
クラスメイトの瞳を見つめて未央は懇願する。凛が偶然聞いてしまったと言った話の内容はどこか危険な予感がしてならない。
「わ、分かったよ。気をつけるから。もう、未央ってば心配性だなぁ」
未央の肩をポンと叩いて凛は笑った。だが今までの笑いではなく、恐怖を噛み殺しているような、怯えを隠すような笑顔だった。
再び会議室へと歩き出した未央達を、黒い影が物陰からじっと見ていた……ような気がした。




