それぞれの動機
「未央じゃん! どうしたの?」
未央のクラスメイト、佐々木凛は笑顔で未央の方に駆け寄ってきた。
「自己紹介の時もまさかって思ってたんだよ。あたし後ろの方にいて見えづらくてさ」
「そうなんだ」
「うん!」
大きな声で頷き、満面の笑みを浮かべる凛。長いツインテールが可愛らしい少女だった。
「こちらは?」
黒川を見て凛が尋ねる。
「黒川さんだよ」
「へ〜。未央の彼氏?」
凛に聞かれて未央は慌てて首を振る。
「そ、そんなわけないじゃない! この人には何かとお世話になってるだけ。それに彼氏だったら名字でさん付けなんてしないでしょ」
「あ、そっかぁ〜。アハハ!」
未央の指摘に凛は明るく笑った。
やはり側から見れば黒川と未央という歳の離れた二人でもカップルに見えるんだなぁと改めて未央は思う。黒川も何となく顔を赤らめて照れていた。
「あ、黒川さん。クラスメイトの凛です」
黒川にも凛のことを紹介しておく。
凛は笑って黒川に握手の手を差し出した。
「よろしくお願いします!」
「あ、どうも」
ハイテンションの凛に若干引きながら黒川は差し出された手を握って挨拶を返した。
「ごめんなさい、黒川さん。凛元気過ぎてうるさいくらいなんですよ」
未央が言うと凛は頰をハムスターのように膨らませて抗議する。
「ちょっと! うるさいって何よ! 大人しすぎる未央よりマシだと思うけど〜」
「だって本当のことじゃない。クラスでも先生に注意されてたし」
少年院に入る前の高校生活を思い出しながら未央は告げた。実際、凛は持ち前の明るい性格で他人とのコミュニケーションもよく取れていてクラスのムードメーカーであり人気者だった。生徒からの信頼は厚かったのだが、少しうるさい部分があり教師からは密かに目をつけられていたのだ。そのため凛が喋っただけで注意するような理不尽な教師も多かった。不幸なことに未央と凛の担任もその部類だった。
「あれは先生があたしのこと嫌ってるからだよ。あたし悪くないもん」
腕を組み、フンと首を振る凛。
「まぁ、先生はやり過ぎだよね」
「だよね!? だよね!? 未央もそう思う!?」
未央が担任教師を思い浮かべながら苦笑すると、凛は怒った顔を瞬時に輝かせて未央の手を握りしめた。
「う、うん……」
凛の白熱さに引きつつ未央は頷く。
「それで何で凛はこんな所にいるの?」
未央が尋ねると、
「未央こそ。こないだやっと学校来たと思いきや」
凛は校内で未央が帰ってくるのを待っていてくれた数少ない友人だった。
未央が少年院に入院することになったと知った途端、クラスメイトの殆どが未央から距離を取り態度も冷たくなったのだ。だが凛を含め、長い付き合いの友人たちは未央を信じて帰りを心待ちにしてくれていた。
未央がそのことを知ったのは釈放されて間もない頃だった。だから凛には感謝の気持ちでいっぱいなのだ。
「うん。実は私の知り合いの弟さんが少年院に入院することになってね。勿論人の命も奪ってるし罪は償わなきゃいけないんだけど、その弟さん自身も辛い体験をしたみたいでそれが可哀想になって」
隣に立つ男を見上げて未央は言う。
「そんな時に黒川さんにこの組織のこと紹介してもらったの。知り合いの弟さんみたいに苦しい経験の末に犯罪行為に及ぶような子供がいなくなればいいなって思ったから」
「へぇ〜」
未央の言葉に凛は感心して目を丸くする。
「凄いね! ちゃんと動機があるんだ!」
「凛にはないの?」
凛は情けなさそうに笑って言った。
「いやぁ、あるにはあるんだけど」
「じゃあ話してよ。凛が何でこの組織に入ったのかも知りたい」
「あたしは……ただ単にこういう地下組織とか裏で活動するような人たちがかっこいいなって思っただけだよ。ついでに世の中が良い方向に進んでくれるんなら一石二鳥だしって感じ?」
恥ずかしそうに頭をかきながら凛は言った。
「未央みたいに人助けとかそんなこと考えずに入ったんだよ。どうせならもっとちゃんとした理由があった方が良かったんだけど」
「そんなことないよ。凛にも世の中を良くしたいって気持ちあるじゃない」
「まぁね。ついでみたいな物だけどそれがちゃんとした気持ちになるのかな」
未央は不安げに俯いた凛の手を握って、
「なるよ! 立派な理由だよ!」
未央の言葉に凛は安心したように笑った。
「そっか。良かった!」
凛は笑顔のまま黒川の方に視線を移した。
「黒川さんは何でここに入ろうと思ったんですか?」
汚れなき純粋な目で見つめられてたじろぐ黒川。
「え、え〜っと。僕はただ未央ちゃんの手伝いが出来ればいいなって思って」
「違いますよぉ〜。未央の役に立ちたいって思っただけなんだったらわざわざご自分が入ることないじゃないですか。なのに入られた理由は何ですか?」
凛はまるでスクープを撮ろうと必死の記者のようにエアーマイクを片手に黒川の口元に近づける。
「僕もこの世界をより良くしたいって思ってる気持ちは同じだから、かな」
黒川は散々考えを巡らせた後、やっとのことで絞り出して凛の反応を伺った。
実際のところあまり入った理由にはこだわっていなかった。ただ面白半分で、非日常を味わえばこの面白くない自分の毎日を刺激してくれるかも、という淡い期待に胸を膨らませていた程度だった。とても大人の考える動機ではない、自己中心的なものだった。それを高校生に素直に言えるわけもない。それと同時に先ほど口にした動機も理由の一つであり嘘ではなかった。
凛はふむふむと納得するように頷いた後、
「ありがとうございました〜!」
にこやかにお礼を言った。
「い、いえいえ」
呆れながら黒川は応じた。記者の真似事をしている凛はとても楽しそうだった。
(本人が楽しいならそれでいいか……)
目の前で動機を聞き感動したり感心したりしている少女を見ながら黒川と未央は同じことを思っていた。




