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久しぶりの出勤

「え? 動画に撮られてる?」


 深夜のある住宅内で一人の男が驚きの声を上げた。側にいる少女は黙って頷き、誰が聞いているわけでもないが声を潜める。


「はい。しかもネットにアップされてるんです。……声も入ってました」


「そうか。報告ありがとう」


 返事も他所に家を出ようとした新米刑事、黒川翔(くろかわかける)を呼び止めて日向未央(ひゅうがみお)は言う。


「あと花奈(かな)ちゃんが早乙女さんから聞いたって言ってたんです。その人って黒川さんの上司の方ですよね」


「ああ、うん。早乙女先輩なら僕の上司だよ」


 少し厳しいけど可愛いところもある先輩刑事の顔を思い浮かべながら黒川は苦笑する。割と長期間休みを頂いていることもきっとネチネチ言われることだろうと思うと気分が沈む。


(やっぱり)


 予想が確信に変わり、未央はさらに言及する。


「その方が知ってるということは既に警察は捜査を始めてる可能性が高いです」


 未央の言葉に黒川は頷き、


「明日から僕もちゃんと出勤するよ。最近はバタバタしちゃって全然出勤できてないから。勿論先輩方には怒られるだろうけどどこまで捜査が進んでるかも把握しておきたいし」


「よろしくお願いします」


 未央は深々とお辞儀をした。

 黒川は家を出ようと未央に背を向けたが、思い出したかのように振り返る。


「あ、そうだ。一つ朗報だよ」


「朗報ですか?」


 不思議そうに尋ね返す未央に頷いて、


「実は若年層による犯罪率が多いことには他にも頭を悩ませてる人たちがいてね、そういう人たちで集まって表には出ない地下組織を結成することになったんだ。未央ちゃんさえよければだけど、僕たちもその組織に入らないかい?」


「すごいです! 私たち二人じゃ出来ることは限られてますけど組織として動けば出来ることも増えてきますね!」


 目を輝かせて喜ぶ未央を見て黒川は尋ねる。


「その反応、入ってもいいってことかな?」


「はい!」


 黒川の問いに未央は嬉しそうに頷いた。


「了解。じゃあ報告しておくね」


「ありがとうございます」


 そして黒川は未央の家をあとにした。


 翌朝。久しぶりに警察署に出勤した黒川は真っ先に先輩である女刑事、早乙女千里(さおとめちさと)の元へ向かった。


「先輩」


 デスクでPCを使って作業をしていた千里は、名前を呼ばれてハッと顔を上げる。そして目の前にいる最近欠勤していた後輩に驚いた。


「黒川! あんた今まで何してたの? 無断欠勤とかあり得ないわよ」


 何度も何度も指を差しながら千里の雷が落ちる。


「すみません。ちゃんと本部の方には連絡したんですけど……」


 謝罪したはいいが直後から言い訳を始める黒川に、千里はぴしゃりと言い放つ。


「こっちにもしなさい。何かあったのかと思って心配になるでしょう」


「先輩……」


 若者心と瞳が煌めいている黒川を見て千里はツンとする。


「何よ。上司が部下の心配するの当たり前でしょう。それに本部にしか連絡しなかったあんたが悪いんだからね! 次から休む時はちゃんとこっちにも連絡よこしなさい!」


 釘を刺されてうなだれる黒川。

 千里はそんな彼を見て吐息。


「もういいわ。下がりなさい。あんたが休んでる間色んな事件が起こって調査資料のまとめとかが大変なのよ」


 中央の長いデスクの上に山のように積まれたファイルを指差して、


「こっちに連絡よこさなかった罰としてあれを片付けること」


 黒川は仰天して再度尋ねる。


「え!? あれをですか?」


 千里に頷かれてもう一度確認。机に積まれた膨大な量の資料はとても一人で片付けられるものではない。それは千里も充分承知のはずだった。


「僕一人で……?」


 だが千里は平然と真剣な顔で頷く。黒川は悪魔上司にため息をつきながら、


「分かりましたよ」


 終わりが見えない作業に徹夜で命を削りつつも精を出す自身の姿を思い描き、仕方なく調査資料の整理に当たった。



「それで、あんた何で休んでたの?」


 黒川が作業開始して間もない頃、千里が不意に尋ねた。


「え? え〜っと……」


 黒川はPCを操作する手を止めて必死に言い訳を考えた。流石に少年院から釈放されたばかりの女子高校生と夜な夜な密談をしているなどとは口が裂けても言えない。


「何よ女?」


 そんな理由で欠勤する人間がどこにいるんだと呆れつつ、「当たらずとも遠からず」な千里の推測に黒川は何も言えない。実際未央は女の子だし、彼女とのことで出勤時間が取れなかったのは紛れもない事実だ。


「ち、違いますよぉ……」


 誰がどう見ても怪しまれるような口ぶりで返すのが精一杯だった。


「ふ〜ん」


 微笑みながら頬杖をつく千里。

 絶対に何かを悟られたはずだと焦りつつも黒川は気にしないように自身に言い聞かせて作業に戻るべくPCと向き合う。


(全く、何で久しぶりの職場でこんな嫌な思いしなきゃならないんだ……)


 心の中で文句を言うが自分が未央の担当刑事になったことがそもそもの原因であることは否定出来ないため、隠し通すしか道はないと腹を括る。


「ま、別にあんたが何してようと私には関係ないけどね〜」


 陽気に鼻歌を歌いつつ、千里もPCと睨めっこし始めた。悔しいやらムカつくやらで見えないように歯ぎしりしながら黒川はふと思い立つ。


「あ、そうだ。例の動画の捜査どこまで進んでるんですか?」


 PC画面を見ながら問いかけた黒川に驚き、千里が質問する。


「え? 何であんたがあの動画の捜査のこと知ってるの?」


 目を丸くして驚かれて黒川は初めて自分が何を言ったか気付いた。一番言ってはならないことを聞いてしまったのだ。最も黒川が通常通り勤務していれば焦る必要などなかったのだが。

 不可解動画として世に知れ渡っているあの動画の捜査が開始されたのは、ちょうど黒川が欠勤している最中だった。そのため普通なら黒川が知るはずもないのだ。本来は知らない話題を持ち出した後輩刑事が千里は不思議でたまらなかった。


「あ、えっと、さっき同僚に聞いたんですよ」


「あぁ、それで」


 苦し紛れに言い訳をしたが幸い千里には通用した。安堵にため息をしつつ胸を撫で下ろす黒川。


「何だ、びっくりしたわよ。何で黒川がいない間に始まった捜査のこと知ってるんだろうって思ったら聞いてたのね」


「は、はい」


 引きつりながらも何とか笑顔でやり過ごす。黒川は再びPCを見つめながら自身に言い聞かせた。

 これから動画に関しての発言には充分注意をしなければならない、と。

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