心当たり
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玄関の外へ出て早乙女親子を見送る少女。
母親がパートで家を開けている時は一人暮らしと変わらない状況であるためやはり少し寂しかった。そんなタイミングで信頼できる刑事が訪問してくれたことに花奈は感謝していた。
エンジンを蒸した車が視界から消えたところで花奈は家に戻ろうと方向転換する。
「今の人たち誰?」
背後から肩を叩かれて振り向くと、目前には見慣れた笑顔があった。
「未央先輩!」
自分の肩を叩いた少女の名を呼び、顔をほころばせる。
「さっきの人たちは……友達?」
車が消えた方向をチラリと見つつ未央は尋ねた。花奈はその問いに頷いて、
「お世話になった刑事さんです。定期的に家に来てくれるんです」
そう説明した。それを聞いて未央の脳裏にもある人物の顔がよぎった。
(黒川さんの上司の女の人か……)
いつぞやの夜に自宅に来た新米刑事を思い浮かべ、未央はなるほどと納得する。
「ねねね、そんなことよりさ、今暇?」
「は、はい、特に何も用事はないですけど」
「じゃあさ、お邪魔してもいい?」
「どうぞ!」
未央に問われて頷き、花奈は二回目の客人を自宅に迎え入れた。
「今日はどうされたんですか?」
二階への階段を上り、自室に通してから花奈は問う。
「うーん、特に何も。暇だったから花奈ちゃんあいてるかなーって思って来たんだ」
「そうだったんですね。嬉しいです」
「急に押しかけちゃってごめんね」
申し訳なさそうに手を合わせる未央に花奈は両手を振って精一杯アクション。
「いえいえ! とんでもないです。ひとりぼっちじゃ寂しいですし先輩が来てくれて良かったです」
そう言って花奈は微笑む。母親がパートタイムから帰ってくるまでにはまだまだ時間があるし、一人で寂しく過ごすよりは誰かと一緒に過ごす方が何倍も楽しいものだと思ったのだ。
「花奈ちゃん……やっぱり優しいね」
感激のあまり目を潤ませながら花奈の手を握りしめて未央は泣き出しそうな声で言う。
「せ、先輩、泣かないでくださいよ!」
花奈は慌てて涙を流して泣き出した未央にハンカチを渡した。
「ありがとう」
未央は震える手で受け取ると、ビーンと鼻をかんだ。
「先輩、意外と豪快ですね……」
「はぁ、すっきりした。ありがとう、花奈ちゃん。実は鼻がムズムズしてて涙出そうだったんだよ」
「えっ……」
予想の斜め上を行く衝撃な真実に花奈は面食らった。
涙を流している人を見て一目で「あ、この人鼻がムズムズしてるんだ」とわかる人が果たしてこの地球上に何人いることだろうか。
「そ、そうだったんですね」
内心でドン引きしつつも笑顔で返すと、未央は花奈の笑顔を上回るくらいのビッグスマイルで頷いた。
「うん! 本当に助かったよ〜。あ、勿論ちゃんと洗って返すから」
未央はまたビーンと鼻をかんでチロリと舌を出した。
先輩のそんなお茶目な姿に苦笑いしていた花奈だが、急にあることを思い出した。
「あ、そうだ。先輩」
「ん?」
未央がきょとんとした顔で花奈を見る。
「さっき早乙女さんに教えてもらったことなんですけど、最近ネット上を騒がせている動画があるみたいなんです」
「動画?」
聞き返す未央に頷いて花奈は続ける。
「はい。何か音声だけなんですけど放火の直前を捉えたものみたいで。それでその動画に出てくる声が「ドン!」って言う女の子の声らしくて。早乙女さんが仰るには多分高校生だろうって」
「そ、そうなんだ……」
「先輩のお友達とかで怪しい人みたいな方いらっしゃったりしますか?」
未央は先週から高校に通い始めていて、やっと一週間が終わった今でもだいぶ友人との仲は修復できたようだった。だからこそ未央なら何か知っているかもしれないと睨んで花奈はこの質問をしたのだ。
「うーん、私の周りじゃそんな人いなさそうだよ。って言っても女子って表裏激しいし一概には言えないけどね」
「そうですか」
未央の発言に「なるほど」と頷きつつ花奈は考えを巡らせる。
どこに出没しているかも分からない女子高校生だが、千里が注意喚起をしてくれた以上は花奈にとっても決して無関係とは言えない。何かしら対策はしておいた方が身のためだ。
「ありがとうございました。すみません、何か先輩のお友達を疑う感じになっちゃって」
花奈は申し訳なさそうに謝罪した。単なる質問とは言え、他人の友達を疑うような聞き方をせざるを得なかったことがものすごく申し訳ない。未央には関係が無いわけでもないが、自分の友達を疑うような発言をされていい気分になる人はいないだろう。その点でものすごく悪いことをした気持ちになった。
「大丈夫大丈夫。怖いもんね、そんな人。それに花奈ちゃんの周りじゃ高校生って言ったら私くらいでしょ? 聞きたがるのも当たり前だよ」
「ありがとうございます」
未央の優しさに花奈は胸がいっぱいになった。やっと寄りを戻せつつあった友人たちに疑いの目を向けてしまった後輩にも何事もなかったかのように優しく接してくれる未央。花奈は少年院に入院している頃からそんな優しい彼女が大好きだった。だが今の出来事でその思いが増幅した。
一方未央はスマホを弄り、花奈の言っていた動画を探していた。
(あ、これか)
ネットに上がっていた動画の再生ボタンをタップしてその音声を聴いてみる。
シンと静まり返った中で動画は始まり、確かに女子高生らしい「ドン!」という声が聞こえた直後、何かが燃えるような音が聞こえた。
「……先輩?」
花奈は動画が終わっているにも関わらず、スマホ画面を見たまま硬直している未央の目前で掌をヒラヒラさせた。
「……あっ、ごめん」
我に返った未央はやっと花奈に気がつくと、笑顔を見せた。
「先輩、大丈夫ですか? 何か固まってましたけど……」
花奈は心配そうに未央の顔を覗き込んだ。もしかしたら未央にはこの動画の心当たりがあるのだろうかと思った。だが動画を聴いて硬直してしまった彼女を見た後ではとてもそんなことは聞き出せない。
モヤモヤした気持ちを抑えつつ、未央の我が返ったことに胸を撫で下ろした。
未央は「大丈夫だよ」と笑顔で応じたあと、再びスマホを弄った。
そして時計を見やって、
「じゃあもう私帰るね」
「え? もうですか?」
「うん。あまり長居しても悪いし」
「……分かりました。じゃあまた」
「うん。ありがとね。突然押しかけたのに紅茶まで用意してくれて」
花奈は頷いて未央を玄関先まで送った。いつの間に時間が経っていたのか、外は薄暗くなっていた。
「じゃあまた。ありがとう」
未央は手を振って花奈に背を向けた。
動画を見た後の未央の硬直が未だに花奈の心に引っかかっていた。
その日の夜。
ピーンポーン。今度は未央の家のベルが鳴った。
「はーい」
未央は相手が誰か分かっているのかのぼけた声で応じた。ドアを開けるとそこに立っていたのは新米刑事の黒川翔だった。
黒川は未央がドアを開けるや否や不安そうな顔で答えた。
「メール見たけど何かあったの?」
黒川の問いかけに未央は頷いて彼を家に通した。




